香川大学 法学部法学科
四国グローバルリーガルセンター
 教授 柴田潤子 
2021/2/2 掲載

研究結果の概要

経済社会のあり方を法律、特に経済法という観点から研究しています。アレキサンダー・フォン・フンボルト財団の奨学生として、ドイツのマックスプランク研究所(Max-Planck-Institut für Innovation und Wettbewerb, München)に留学したのを契機に、経済社会においてドミナント・独占的な地位にある企業・事業者の濫用規制を研究課題にしています。2010年には、「不可欠施設へのアクセス拒否と市場支配的地位の濫用行為」(香川法学)で横田正俊記念賞を受賞しました。従来法的な独占が容認されていた、設備拘束性のある公益事業分野の規制緩和の中で生じた問題であり、独占事業者が、その所有する不可欠施設(エッセンシャル・ファシリティー)と称される電力・通信・鉄道・システム等のネットワークや施設に、競争者のアクセスを拒否する問題について、ドイツ競争法・欧州法を手掛かりに明らかにしました(参考:舟田正之編「電力改革と独占禁止法・競争政策」有斐閣、2014年)。

現在、独占・ドミナントな企業というとGAFAや「Big Tech」と呼ばれる巨大データプラットフォーム(以下、DPF)が想起されます。現在、これらの巨大DPFに対しては、世界の競争当局が競争法などの違反手続きに着手しており、最近の法実務を意識しながら、次のような観点からの研究に重点を置いています。
まず、EUの欧州委員会による決定「Google Search(Shopping)」(係属中)に見られるような、マルチサイドで活動するDPFによる濫用行為です。ここでは、総合検索市場でドミナントな地位にあるGoogleが、その検索エンジンのアルゴリズムに基づき、自己のGoogleショッピングを検索結果の上位結果に表示したという、レバレッジによる自己優遇行為が問題視されています。DPFが実施する「自己優遇」という行為は、様々な形で問題になり、競争者に対して不当な排除効果を持つことがあります。自らの事業を優遇すること自体は違法と言えませんが、独占的なDPFがこれを行う場合、市場を跨いだ効果についての評価・規制理論を明らかにし、日本の場合、どの様な解釈により独占禁止法で規制を実施するのかという課題があると考えています。

さらに、現在、注力している研究は、DPFの取引相手方に対する搾取的な濫用行為規制のあり方です。特に、注目しているのは、ドイツのFacebookに対する競争法違反の最高裁判所の決定です。個人ユーザーはSNSであるFacebookを無料で利用していますが、その対価としてユーザーの個人データが収集され、DPFは広告市場で収益を得るという、個人データの経済的価値に着目したDPFのビジネスモデルが背景にあります。Facebookがユーザーの同意を得ることなく、SNSであるFacebookと第三者リソース(子会社Instagram, WhatsAppのサービスを含む)から収集したデータをFacebookユーザーアカウントに統合したことは、濫用行為に当たるとされたケースであり、個人データ処理に関する「同意」の理解、消費者への搾取的な不利益、ひいては、競争者であるSNSの妨害が、濫用行為の問題として提起されています。ここで重視されているのは、Facebookが、独占的な力を持っていることを利用して、他に選択肢がないところで、SNSの利用を止めたくないがデータの提供を必要最低限にしたいユーザーの利益を考慮していないこと、この意味で、ユーザーの情報に関する自己決定権が制限されていることです。ユーザーの情報上の自己決定権は、真正かつ自由な選択の可能性を前提とするものであり、欧州の一般データ保護規則(GDPR)の原則を競争法に結びつけることによって、全体の法秩序の関連性・整合性の中で違反行為が根拠づけられることに注目しています。経済取引におけるそれぞれ取引主体の自主的な判断を維持する法的な仕組みについて、重要な手掛かりを与える事例であると考えています。

<関係する最近の発表論文など>
柴田潤子, グーグルの市場支配的地位濫用とEU競争法,法律時報1135号2019年3月
柴田潤子, ドイツ「Facebookケース」最高裁決定について,Nextcom(ネクストコム)44号2020年12月
柴田潤子, データエコノミーにおけるドミナンス規制,日本国際経済法学会年報 29号 2020年11月
ディスカッション・ペーパー(DP) 立教大学法学部東條吉純教授と共同研究「オンラインプラットフォームにおける搾取型濫用行為規制の理論 ~フェイスブックケース(ドイツ連邦カルテル庁決定)を手掛かりとして~」(CPRC・公正取引委員会競争政策研究センター最終報告2021年2月19日)
 Junko Shibata, Kagawa University, Amazon Commitment (Abuse of Superior Bargaining Position) Case in Japan; Developments in Competition Law in ASIA 2020 [1], 27 February 2021
日本経済法学会2021年度大会 シンポジウム報告予定(2021年10月)

研究の背景

ドミナントな地位を占めつつあるGAFAや「Big Tech」と呼ばれる巨大データプラットフォームは、データの集積・アルゴリズムの利用に支えられ、支配力を益々強化している様相からは、将来、イノベーションによって、自然に自由な競争が回復されるという議論が明らかに後退しつつあると思われます。さらに、主要なDPFは、社会的にも重要な表現・コミュニケーションツールを担う主体であり、DPFの在り方は民主主義の根幹に関わる法分野を跨いだ問題となっています。その中で、経済的側面を捉え、DPFが持つ経済力・支配的な力の濫用行為を規制していくことによって、全ての経済・取引主体が実質的な経済活動の自由を回復していくことが、消費者への多様な商品・サービスの提供に連なり、経済社会の民主的な基盤の構築に資すると考えています。

研究の魅力

社会科学としての法学を研究する魅力は、社会の真理・あり方の追求だと思っています。具体的には、私は、経済社会における力のアンバランスに基づく取引問題に対する法規制に取り組んでいますが、さまざまな解釈・見方の対立の中での真理の追求は容易ではありません。競争秩序維持法制の枠組みで、ドミナントな事業者は、競争プロセスを経てその様な地位を達成したという経済社会の実態を踏まえて、ドミナントな事業者の経済活動の自由も考慮しつつ、イノベーションの促進、企業・消費者といった市場参加者が自由に経済活動を行えることを目的とする法理論の追求は、色々な意味で、自分への挑戦だと思っています。

研究のきっかけ


企業で勤務した経験もありますが、社会の仕組みを特に経済に関わる法という観点から考えてみたいと思いました。ドイツの社会、競争法が興味深く思われたのもきっかけです。ドイツ留学では、社会、研究面においても充実した経験をすることができ、研究者・実務家の方々との交流も実りあるものとなりました。ドイツと日本を比較することを通して、社会と法の相互作用を考える必要性を実感することができ、ドイツに留学したことは、研究の方向性を決めるのに有意義でした。
<参考>
https://www.web-nippyo.jp/21661/
ドイツ.jpg

将来の展望

経済社会における力のアンバランスは、常に存在します。現在は、DPFのドミナントな地位の濫用行為に着眼していますが、経済社会の展開は技術革新等の影響を受けながら徐々に変革を遂げていきます。社会事象の変化を的確に捉え、それが法にどう影響を与えるのか、ということも考えながら、ドイツ・欧州法との比較研究により、DPFを中心とした独占企業の濫用行為規制についての研究を進め、多様な経済主体が自由・公正に経済活動を行える社会の形成に貢献できればと思います。

今後の研究の具体的展望として、ユーザーとの関係では、販売のデジタル化やビッグデータの導入を契機として集積されたデータの分析によって、個人に向けてパーソナライズされた価格設定・サービスを可能とする、アルゴリズムを用いた「個別化する可能性」という新しいディメンショに着目しています。パーソナライズされた価格等をめぐる消費者・個人の利益について競争法・データ保護法等の観点からの検討が必要です。
さらに、IOTの分野で経済発展を牽引することになるデータアクセスは極めて重要な課題です。データアクセス拒絶については、従来の不可欠施設理論をベースにしつつ、データの意義についての検討は異なるディメンションが必要と考えています。データアクセスを促進するためのルールについて統一した理論の探究も意義があると考えています。 

DPFに対する国際的な法規制の動きが活発になっています。法運用だけでなく、EUでは、2020年12月にデジタルサービス法、デジタルマーケット法案が公表されています。巨大プラットフォームを「ゲートキーパー」として事前規制を課すEUの仕組みや、2021年1月に成立したドイツのデジタル競争制限防止法の改正、日本のDPF取引透明化法などを手がかりにして、国際的な視野、比較研究から示唆が得られると思っています。