香川大学 教育学部美術領域
特命教授 谷川博史(artist name・原博史)
現代美術表現と美術展オーガナイズ
2020/10/28 掲載

研究結果の概要

私は、現代美術のアーティストとして「素の美」をテーマにドローイング作品を約17年間作品制作し国内外で発表を続けている。そして様々なOff Museumのアートイベントに参加しインスタレーションの作品展示も行っている。そして、創作活動と並行しアーティスト主導の展覧会もオーガナイズしている。
ドローイングは、和紙にドーサ液で描き墨や藍を吹き付けその痕跡を浮かび上がらせる「水刻のドローイング」と呼ぶ手法と、墨を作る原料となる油煙から発する煤を直接、和紙とキャンバスへ写しとる「焔のドローイング」と言うオリジナルな二つの技法で制作している。「水刻のドローイング」は、和紙に透明なドーサ液を特殊な筆を使い描く。その痕跡はつぎの過程まで見えない。そのことにより描く行為そのものがより純粋なものになる。和紙に残るドーサの「痕跡」は、私の「行為」の痕跡で和紙や墨の持つ特性生が鮮明に現れる。私と和紙と墨のコラボレーションだ。「焔のドローイング」は、微細な粒子の状態で「黒色」を表現し、煤で「焔(ほのお)」の形を写し取っている。これらの二つのドローイングは、意識と無意識との表現でもある。
そして、美術展オーガナイズ活動は、国内外の現代美術に精力的に取り組むアーティスト達に呼びかけ香川県の中山間地域で現代美術のOff Museum Exhibition、合わせて参加アーティストたちによる独自のワークショップも開催している。その一つ「かがわ・山なみ芸術祭」は、2013年より開催し高松市、三豊市、観音寺市、綾川町、まんのう町の3市2町の広範囲で開催され過疎化の進む中山間地域での実績が注目を集めている。私は、主に地元のまんのう町エリアを担当してきた。

研究の背景

現代美術の世界で平面作品の限界論がよく語られる。私は、あえて平面作品の可能性を信じ創作の原点から見直すことで、まだまだ未開発の表現領域があることを確信している。また現代美術は大都市圏を中心とした経済活動が盛んな地でこそ認知度が高いと言う現状もあるが「Off Museum」の表現活動は、それを根底から変える力を持っていると考えている。その考えにたち、展覧会を過疎高齢化に悩む中山間地域を選んで企画開催している。このことは、一極集中型の社会構造が進むことへの挑戦とも言える。この問題解決には、社会の構造改革の他に人々の既成概念や意識の変革が必要と感じている。現代美術は、既成概念を打ち破る力を有し、人々の意識の変革を促し、持続可能な未来社会の像が描ける可能性があると信じている。

研究の成果

私のドローイング作品は、約20回ほどの個展、グループ展で紹介されてきた。ニューヨーク市、バンクーバー市、香港、台北などの国際都市での発表では、日本人としてのアイデンティティーに基づく現代美術として評価を受けた。国内でも東京都、香川県などのギャラリーが私の企画展を随時開催してくれている。そして、東京の島々で開催されるアートアイランズTokyoでは、伊豆大島、新島、父島、福島市の月光醤油アートスペースなどでは、開催地の特徴を生かしたインスタレーション作品を発表してきた。
2013年よりトリエンナーレ形式で開催している「かがわ・山なみ芸術祭」まんのう町エリには、延べ84名のアーティストが参加し、外国人アーティストやキュレーターとの連携でフランス、埼玉県とのアーティスト交流事業も実施した。参加アーティストによるワークショップも開催し、開催地の教育委員会との共同企画で、こども園、小学校、中学校に出展作家が出向く芸術家派遣事業として学校教育に今までにない刺激を与える場も創出することができた。さらに2017年からは、「旧琴南中学校」を会場としたアニュアル形式の「山の小さな展覧会」が住民会議である「ことなみ未来会議・旧琴南中学校利活用促進連絡会議」主催で開かれている。この会議が3年間の実証実験で行った4部門の活動成果により「旧琴南中学校」は、2021年より琴南地域活性化センター「ことなみ未来館」として生まれ変わる。このような廃校や廃屋を利活用する活動の他に、地域の歴史の掘り起こしから、かつてこの地にあった廃城跡周辺の整備が住民主体で計画されていることなど、住民意識の変革を感じることができる。尚、展覧会のオーガナイザーとして今年開催される「さいたま国際芸術祭」のシンポジウムにパネラーとして参加しその成果を報告する。

研究を始めたきっかけ

ドローイングを制作するきっかけは、2003年に行ったアーティストとしての活動姿勢の見直しがきっかけとなっている。また、展覧会のオーガナイズについては、兵庫県芦屋市で誕生した前衛作家集団「具体」グループの活動が大きな刺激となっている。「具体」は、先駆的役割を果たし広く海外にも影響を与えた。私は、こうした活動に触発され大学時代から自分の生まれ育った香川県において様々な現代美術の実験的活動を続けてきた。1980年代には、空き店舗を活用した実験的表現の場を友人とともに運営し、瀬戸大橋着工で何かと騒がしかった坂出市の沖にある島で「アースアート」を行うべく「アルスアイランド計画」を立て拠点として廃屋をリニューアルすべく仲間たちと酷暑の中、清掃作業に日参した。また、‘90年代には、高松市中央商店街を舞台としたパブリック・アートイベント「アートコンポ香川」を実行委員会委員長として企画運営した。こうした経緯を経て一人の作家として作品制作活動を行うだけでなく、自ら美術展をオーガナイズする現在の活動に至っている。

この研究の将来的な展望

作品発表においては、新たな展開を行う予定がある。展覧会のオーガナイザーとしては、この8年間で見えてきたことに是々非々で臨みたい。新たに生まれた住民会議と行政と連携で長期間のアーティストインレジデンス事業も可能となり期待が持てる。さらに地域の学校教育と連携した芸術家派遣事業も活性化を図り、学校教育への貢献も充実していけると考えている。

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