香川大学医学部神経機能形態学の太田健一助教、鈴木辰吾准教授らの研究グループは、株式会社カネカとの共同研究により、幼少期に母子分離ストレスを受けたラットモデルに認められる社会的認知能力の低下が、乳酸菌(Lactiplantibacillus plantarum KABP-051株)またはビフィズス菌(Bifidobacterium longum KABP-042株)の加熱殺菌体摂取により改善することを明らかにしました。これらの成果は、生菌を含まない加熱殺菌体が、幼少期ストレスによって引き起こされるような長期的な行動異常を改善し得ることを示しています。本研究成果は、2026年9月発行の国際学術誌「Food Bioscience」に掲載されました。

【研究の背景】
 幼少期のストレス経験は、その後の認知機能や社会性に長期的な影響を及ぼし得ることが報告されています。特に社会性は、集団の中で生活するうえで重要な高次脳機能であり、その発達への悪影響を軽減するための安全性の高い介入法の確立は重要な課題となっています。
 近年、腸内細菌やその代謝産物が脳機能に影響する「腸脳連関」が注目され、腸内環境を介した脳・行動機能への介入が期待されています。さらに、生菌を用いず、加熱処理などにより不活化した菌体やその成分を利用する「ポストバイオティクス」[1]は、微生物が増殖しないことから生菌を用いるプロバイオティクス[2]と比べて安全性や保存性の面で利点が期待され、近年注目されています。しかし、幼少期ストレスによる長期的な影響に対して、ポストバイオティクスがどのような効果をもたらすのかは十分に明らかになっていませんでした。

【研究内容と成果】
 研究グループは、母子分離によって幼少期ストレスに曝露したラットモデルを用い、離乳後に加熱処理したLactiplantibacillus plantarum KABP-051株またはBifidobacterium longum KABP-042株を摂取させ、その後の行動、脳機能、腸内環境の変化を解析しました。
 その結果、幼少期ストレス群では3-chamber social test(3-CST)[3]において社会的認知能力の低下を示す行動変化が認められましたが、両菌株の摂取によって改善しました。また、作業記憶を評価するY字迷路試験[4]では、Lactiplantibacillus plantarum KABP-051株の摂取によって幼少期ストレス群で認められた成績低下が改善しました。一方、社会性に関わる内側前頭前皮質[5]の組織学的解析では、幼少期ストレス群において神経活動の低下などの変化が認められましたが、Bifidobacterium longum KABP-042株の摂取によってその一部が改善しました。
 さらに、幼少期ストレスによって変化した腸内細菌叢や酪酸産生関連指標などを含む腸内環境についても、各菌株の摂取による改善が認められ、特にLactiplantibacillus plantarum KABP-051 株ではより広範な効果がみられました。
 以上の結果から、今回用いられた加熱殺菌体の摂取が、幼少期ストレスによる長期的な影響に対して改善効果を示すことが明らかとなり、その効果の現れ方は菌株によって異なることも示されました。


▼ 図1 幼少期ストレスによる長期的影響と加熱殺菌体摂取による改善効果
0930press.png

【社会的意義と今後の展望】
 本研究の成果は、ラットモデルにおいて、幼少期ストレスによる長期的な行動変化が、離乳後のポストバイオティクス摂取によって改善される可能性を示したものです。ヒトへの応用にはさらなる検証が必要ですが、乳酸菌・ビフィズス菌の加熱殺菌体は、生菌を用いないことから食品素材として扱いやすい特徴を有しており、将来的には腸脳連関に着目した新たな介入法の開発につながることが期待されます。
 今後は、作用の特徴が異なる2 つの加熱殺菌体を組み合わせることでより高い改善効果が得られるかを検討するとともに、これらの加熱殺菌体による腸内環境や脳機能の変化が行動改善にどのように関与するのか、その作用機序を明らかにし、ヒトへの応用可能性についても検討を進める予定です。

【論文情報】
論文名 : Heat-killed bacterial preparations ameliorate maternal separation-induced social deficits in rats through species-associated effects.
著者 : Ken-ichi Ohta, Haruki Kumei, Naoki Arai, Shinichi Honda, Yuji Tominaga, Masakazu Ishikawa, Kaoru Matsumoto, Tomomi Kuwahara, Haruyuki Nakayama-Imaohji, Shingo Suzuki
掲載誌 : Food Bioscience
DOI : 10.1016/j.fbio.2026.109597

【用語解説】
[1] ポストバイオティクス
加熱処理などによって不活化された微生物やその成分を含み、摂取することで健康への有益な作用が期待される調製物。本研究では、乳酸菌およびビフィズス菌の加熱殺菌体を用いました。

[2] プロバイオティクス
適切な量を摂取することで、健康に有益な作用をもたらす生きた微生物。乳酸菌やビフィズス菌などが広く利用されています。

[3] 3-chamber social test(3-CST)
3つに区画された装置を用いて、ラットやマウスの他個体に対する社会性や、既知の個体と新しい個体を見分ける社会的新奇性を評価する行動試験。本研究では、「社会的新奇性」を解析し、社会的認知能力の指標として評価しました。

[4] Y 字迷路試験
Y 字型の三つの通路を自由に探索させ、その通路への進入パターンから作業記憶を評価する行動試験。

[5] 内側前頭前皮質
脳の前方に位置する前頭前皮質の一部で、社会行動、情動、意思決定などの高次脳機能に関わる領域。本研究では、社会行動時の神経活動や特定の神経細胞に関連する変化を評価しました。

▶ お問い合わせ先
 <研究に関すること>
 香川大学医学部神経機能形態学 助教 太田 健一
  TEL : 087-891-2087
  E-mail : ota.kenichi@kagawa-u.ac.jp
 香川大学医学部神経機能形態学 准教授 鈴木 辰吾
  TEL : 087-891-2087
  E-mail : shingo.suzuki@kagawa-u.ac.jp

 <報道に関すること>
 香川大学医学部総務課広報法規・国際係
  TEL : 087-891-2008 / FAX : 087-891-2016
  E-mail : kouhou-m@kagawa-u.ac.jp