SPECIAL TALK SESSION
筧 善行(香川大学長)×藤本 智子(理事・副学長内部統制・ダイバーシティ推進担当(非常勤)・弁護士)
×柴田 潤子(副理事・法学部 教授 男女共同参画推進室長)×黒澤 あずさ(男女共同参画推進室 特命講師・コーディネーター)

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個性も価値観も可能性も、十人十色で当たり前
カラフルな未来が、ここから始まる

香川大学は2021年10月1日、四国の大学として初のD&I推進宣言を発表しました。
これまでの男女共同参画推進の取り組みからさらに一歩進んで、
より広い視野で多様性の実現を目指します。

藤本 本学のD&I推進宣言は、学生、教職員など構成員一人一人の多様な個性や価値観、考え方が等しく尊重され、誰もが自分らしく活躍できる大学を目指すものです。D(ダイバーシティ)は多様性を意味し、性別・人種・国籍・障害・年齢などの属性だけでなく、性的指向・性自認、宗教、ライフスタイルなど、気づきにくい価値観なども含んでいます。I(インクルージョン)は包摂、包み込むことを意味し、「違いを受け入れ、個性を認め、活かし、参加できる環境をつくる」ことと理解されます。通常はDのみにとどまりがちなところにIを含めて、多様性を尊重し共に活動する方針を示した点が特に先進的だと感じています。
 ことさら先進的であろうと意識したわけではなく、自分たちがやるべきことを宣言し、退路を断つ意味の方が強いですね。本学を受験してくれる高校生や社会人、その保護者、産業界や自治体など大学と協働してくださる皆さんをはじめ、大学にとってのステークホルダーとなる方々に我々が向かっていく方向を示すことは、一緒に進んでいただく上で重要だし、受験生にとって一定のアピールになると期待もしています。
 以前、お茶の水女子大学の学長として、性自認が女性であるトランスジェンダーの学生を女子大に受け入れると決断された室伏きみ子先生にお話を伺う機会があり、もっと多様に考えなくてはいけないのだと気づきました。ジェンダー平等についてはSDGsにも盛り込まれていますし、これまで推進してきた男女共同参画の範囲をさらに広げ、D&Iの理念の下にすべての人が幸せに暮らせる社会をつくっていく試みです。
黒澤 ジェンダー平等は、SDGsの17項目すべてにかかわります。これまで男女共同参画推進室でやってきたことが活かされるのではないでしょうか。
柴田 私の専門である法学は、法や組織の仕組み、よりよい秩序の在り方を分野横断的に研究する学問です。SDGsが向かっていく方向を法的にどのように支えていくかもこれからの課題ですね。
藤本 私はSDGsの「誰も取り残さない」という理念がとても重要だと思っています。私たちは多様なバックボーンと価値観を持ち、社会に受け入れられないと生きづらさや孤独を感じるものです。私は、本学の宣言には、その孤独を安心感や希望に変え、誰もが思い切り学び、働き、活躍して欲しいというメッセージも込められていると思います。それと同時に、本気で行動していく決意や覚悟も示していると感じています。
 学長として、本当の意味でのD&Iが大学の活力を上げると考えています。本学で4年ほど前から取り組んでいるデザイン思考教育は、多様なスモールグループがベースです。性別や人種、年齢がなるべく多様であればあるほど、イノベーションにつながりやすい。その観点から、D&Iを通じて「取り残さない」だけでなく「イノベーションのパワーを上げて多様かつ頑丈な組織を目指す」ねらいがあります。
藤本 その点で、大学は最もD&Iを取り込みやすい場ですね。本学は共学で、留学生や外国人教員も多く、今後は社会人学生も増えて、かなり多様性が出てくるのでは。
 旧工学部は女子学生が少なくていろいろな課題もあったんですが、建築・都市環境コース、造形・メディアデザインコースができて女子学生の比率が上がると、ガラッと雰囲気が変わり、学部全体のイメージも一新されました。今以上に、優秀な女子学生たちが自信を持てるようにしていきたいと思っています。優秀学生表彰を受けるのは圧倒的に女子が多いけれど、彼女たちが社会に出たらどうなるのだろうと、表彰状を与えながら心配になることもあります。日本社会自体が抱えている問題が、まだ根深い。
柴田 優秀な女子学生が多いのは私も感じるところで、学生たちには自立心をしっかり持って社会に出るようにという話はよくします。大学まではあまり男女差で不利益を受けることはないものの、社会に出るとまだまだそうはいかないですから。少しずつ変わっていくとは思いますが。

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相違と盲点を補い合って多角的に物事を見よう

 黒澤さんはどのようなご経歴で本学へ?
黒澤 昨年6月に本学に着任する前は、男女共同参画を推進する民間団体にいました。1941年にできた「日本女性学習財団」という、女性のエンパワメントを学習の場で支える公益財団法人です。暴力と女性、災害と女性、教育と女性などのテーマで月刊誌をつくって情報提供をしたり、全国の自治体と協働事業をしたり、学び直したい意欲を持つ女性の再出発を支援したり、さまざまなサポートに取り組んできました。
 活動の場を大学に変えて、ギャップを感じることもあったのではないですか?
黒澤 確かに今までいた組織に比べると、物事が一気に進まない部分はあるかもしれません。ただ、D&Iはトップダウンとボトムアップの両方から進めていくべきで、学長が宣言されたことで指針が確立したのは重要だと思います。
 D&I推進の動きも、これまで柴田先生をはじめ男女共同参画推進室が進めてきた取り組みがあればこそです。
柴田 本学の男女共同参画推進プロジェクトは、個性や相違を尊重し、多様な人材が活躍できる環境づくりの一環です。特に力を入れてきたのは、まず女性研究者の活躍。女性研究者が生き生きと活躍できる大学なら、女子学生もきっと活躍できるでしょう。四国の5大学と企業、香川県ではアオイ電子株式会社と一緒に、ダイバーシティ研究環境調和推進プロジェクトを進めてきました。研究補助者をつけたり、論文投稿の費用援助をしたりといった女性研究者の研究環境改善活動を通じて、それなりに貢献できた手応えも感じるところです。それから、働き方改革。女性だけでなく全教職員に向けてワークライフバランスを推進するセミナーを開催しました。また「女性研究者の会」を立ち上げ、本学をよりよくするために必要なことを女性研究者の観点から検討する機会を持ち、情報交換や啓発活動を行っています。学生向けには、多様性や男女共同参画に重点を置いた授業を開講していることも挙げられますね。
 本学の女性研究者の割合は約2割、それでも国立大学の中ではやや高い方ですが、女性研究者が2割いるなら教授会の2割が女性でもいいはずなのに、なかなかそうならない。おそらく日本全国どこの大学もそういう状況でしょう。研究者としてキャリアを積むには論文業績が必須で、女性はそれが積み上げられない環境にあるとすれば、D&Iを通じてサポートすべきところです。一体何が障害になっているんでしょう?
柴田 研究者の2割が女性という本学の割合は、全国平均17%より若干高いけれど、女性の採用割合が四国の大学では低いかもしれません。
 その点については数年前から、同程度のポテンシャルを持つ男女が並んだ場合、なるべく女性を採用するように是正しつつあります。教育研究評議会という、各学部長と各学部から選出された評議員が中心となる、大学内で最も重要な会議があるんですが、それほど大事な会議なのに、今までは柴田先生以外に女性メンバーがいませんでした。そこで2年前より、文系理系学部から1人ずつ、女性教員に評議会で意見を述べていただくことにし、良い効果が出ています。詳細は省きますが、先日も女性ならではの発言をもとに、我々の方針が決まったのです。こういうことがどんどん起きてくるのではないかと楽しみです。
藤本 女性が増えることで違う角度から物事を見るチャンスが増えるのはいいですね。男性は、組織の中で画一化・統一化されている印象を受ける時があります。そういう時は私も「こういう考え方もある」と提案していこうと思っています。
黒澤 組織の中で女性が少ないと、その女性が「女性代表」みたいになってしまう場合がありますから、女性が複数、それこそ多様な人がいるのが重要です。
 自分では気がつかない盲点がお互いにあるでしょうから、それを補うには多様でなくてはならないですね。

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学生の参画に手応え

藤本 今回の宣言で新たに盛り込まれた要素が2つあります。まず、女性だけではない多様な構成員のニーズに寄り添うこと。もう1つが、現行の取り組みを基盤にした全学横断的な体制を整備し、多様な構成員一人一人の困難な状況を見える化して、学内環境改善を図ることです。具体的には、全学構成員を対象に、D&Iに関する意識実態についてアンケートを実施します。構成員のニーズを意識しながら、現場が抱えている一つ一つの課題を丁寧に分析・検討し、環境整備のための企画立案を行います。また、SDGsの理念と同様、誰一人取り残さないために、コンシェルジュ機能を持った相談体制を確立します。些細な困りごと、どこに相談していいかわからないことを、まず相談してもらえる窓口の整備ですね。相談内容に応じて適切な窓口につないだり、必要な専門機関、学内の部署と連携しながら、きめ細かく対応していく方針です。
 私から推進室にお願いしたのは、基本情報の収集を徹底することです。今は大きなリセットのチャンスで、最初の段階でなるべく情報を網羅しておきたい。取り残されかけている人ほど表立って声を上げにくく、課題を取り逃したまま整備すれば、永久に解決しませんからね。できれば、今まで気づいていなかった意見がたくさん上がってくるとうれしい。例えば、本学はムスリム学生のためにお祈り部屋を整備しましたが、そういう各論のレベルで、気づいていないことが他にもいろいろあるのではないかと思っています。学園祭のミスコンテストの問題なども、ぜひ広く意見を聞いてみたいですね。
藤本 当たり前だと受け止めてきたことも、そこに違和感やモヤモヤを抱える人はいたと思います。今までは「そのような人はいない」と思っていたかもしれない。でも「知らない」と「いない」は全然違います。傷ついている人が本当にいないのか、いるのを知らないだけなのか、きちんと理解した方がよいと思っています。
 一方で、誰もが傷つかないよう配慮すると、きわめて神経質な社会になる危険もはらんでいます。ミスコンもそういう類の問題として、学生にD&I宣言を浸透させる格好のテーマでもあるのでは?昨年、本学の学生たちと話す機会がありました。彼らはミスコンを、ルッキズムではなく内面を評価し大学愛を伝える場にしたいという思いがあるようです。ミスコンをテーマに、先生方と学生たちの対談を企画したら面白いかもしれないですね。
黒澤 学生たちへの浸透という点では、コロナ禍で問題になった「生理の貧困」をテーマにしたいという教育学部の学生が現れました。生理についてもっとみんなで考えようとプロジェクトを立ち上げたりもして。他にも、法学部の学生が性の多様性を学んで政策提言をしたいなど、いろいろな動きが生まれています。
柴田 ちょうど本学が宣言を出した頃のことで、一層はずみがついたといいますか、学生にも徐々に浸透している証ではないでしょうか。
 学生の参画といえば、国立大学協会が発行する雑誌で、大学の業務改善のDX化について、学生も交えてアイデアを出したことが大きく取り上げられました。少子高齢化が進むと、年齢差のある人たちが一緒に社会を改革していくことになります。多様であるほど物事が進みやすい、そのような未来を象徴するイメージになったのかもしれません。
柴田 DX化の一環で相談事業のオンライン化を検討していますが、そこにも学生が関わってくれています。今の学生たちは本当に頼りになるなと思います。
 学生たちの手でアプリ制作を内製化する取り組みもあります。高いお金を払って企業に外注するのではなく、使いやすいオーダーメイドのアプリを自分たちでつくるのです。これから厳しい時代がくるでしょうが、そのような社会で役に立つのはどういう人材か、かなり明確になりつつありますね。積極的に参加し、分野は問わず何でもやる学生たちの資質はとても必要です。職業も分野も超えてサバイブできる人ほど強いはずです。
藤本 私は、多様性を意識するためには、他者への温かいまなざし、広い心、想像力が必要だと思います。インクルーシブな人材が増えれば、さらに魅力的な大学になりますし、そうであることを期待しています。

行政・企業と連携し地域の発展を支える

 これからの地域の発展には女性と外国人の力が不可欠ですが、まだ十分ではありません。大学としても、県の「女性が輝く香川づくり事業」と連携し、高等教育を通じて輝く人材を輩出するとともに、企業のグローバル化のサポートも進めています。
黒澤 県職員の大卒程度の採用者に占める女性の割合は40%を超え、全国でも上位にあります。今後どんどん人材が育っていくとよいですね。
柴田 企業連携では現在、アオイ電子において女性の活躍をサポートしていますが、サポートする地域の企業をもっと増やしたい思いもあります。
 世界的に見ると、理系の女子学生で修士・博士号を取得して、企業でキャリアアップして、結婚や出産をしても研究員としてキャリアをつなげる人が出てきています。しかし、そういう人は日本の企業にはまだ少ない。
黒澤 対立意見も尊重しながら、建設的に進んでいければよいですね。気づかない・気づかれにくいといった問題にも通じますが、これまで当たり前と思われてきたことをいったんリセットしなくてはいけない時期が来ています。良い・悪いの2択で結論付けるのではなく、その間のグラデーションを本学でも議論し探っていく必要があります。その中で、私たち一人一人の力を発揮できるのではないでしょうか。
柴田 D&I推進を通じてキャンパスの雰囲気がもっとカラフルになって、楽しい可能性にあふれた大学になればよいなと願っています。