香川大学医学部自律機能生理学の倉原琳准教授、李高鵬博士らは、香川大学バイオインフォマティクス解析センター、香川大学医学部ゲノム医科学・遺伝医学、香川大学医学部附属病院病理診断科、東京大学医科学研究所、内蒙古農業大学との共同研究により、炎症性腸疾患(IBD)の慢性炎症に細胞老化が深く関与することを明らかにしました。

 腸炎モデルマウスでは、血管・間質系の細胞にp16陽性老化細胞が蓄積し、炎症の増幅と上皮修復の低下を伴いました。一方、プロバイオティクスProbio-M9の投与またはp16陽性細胞の選択的除去により、老化細胞の蓄積と炎症が軽減されました。さらに、香川大学バイオインフォマティクス解析センターによるヒトIBDデータの解析でも、老化関連シグナルが炎症の程度や生物学的製剤への反応性と関連することが示されました。

 この研究成果は、2026年8月19日 学術誌Engineeringに掲載されました。

【発表のポイント】
・ 炎症性腸疾患の炎症部位では、p16陽性の老化細胞が血管・間質系の複数の細胞集団に蓄積することを、老化細胞を可視化できるマウスで示しました。
・ プロバイオティクス「Lacticaseibacillus rhamnosus Probio-M9」の経口投与は、腸内細菌叢と代謝機能を変化させ、老化細胞の蓄積、炎症性シグナル、組織障害を軽減しました。
・ p16陽性細胞を選択的に除去すると腸炎が限定的に改善したことから、老化細胞が単なる炎症の結果ではなく、炎症を持続させる原因の一つであることが示されました。
・ 患者組織と公開遺伝子発現データでも、老化関連シグナルは炎症の強さや治療反応性と関連しており、細胞老化を標的とするIBD治療の可能性が支持されました。

【研究の概要】
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【研究の背景】
潰瘍性大腸炎とクローン病に代表されるIBDは、寛解と再燃を繰り返す慢性疾患です。生物学的製剤などの治療は進歩していますが、炎症が十分に治まらない患者や再燃する患者も多く、慢性炎症を持続させる仕組みの解明が求められています。
細胞老化は、傷害や強いストレスを受けた細胞が増殖を停止する現象です。老化細胞は単に活動を止めるだけでなく、SASPと呼ばれる炎症性物質を周囲に放出し、免疫反応や組織修復に影響を及ぼします。また、IBDでは腸内細菌叢の乱れが重要ですが、腸内細菌、代謝、細胞老化がどのように結びついているかは十分に分かっていませんでした。

【主な研究成果】
1. 炎症部位に多様な老化細胞が蓄積
研究グループは、p16を高発現する老化細胞を赤色蛍光で追跡できるPTマウスと、同細胞を選択的に除去できるPDマウスを用いました。DSS(デキストラン硫酸ナトリウム)腸炎マウスでは、p16陽性赤色蛍光がCD31陽性血管内皮細胞、α-SMA陽性平滑筋細胞、PDGFRα陽性線維芽細胞、c-Kit陽性カハール介在細胞に蓄積しました。これらはSASP因子の増加、マクロファージ浸潤、STAT3活性化、上皮再生の低下と並行して認められました。
2. Probio-M9が「腸内細菌―代謝―細胞老化」軸を調節
Probio-M9は体重減少、結腸短縮、脾腫、粘膜傷害などを軽減し、p16陽性細胞の蓄積と炎症性シグナルを抑制しました。腸内細菌の構成や菌同士のネットワーク、トリプトファン生合成などの推定代謝経路にも変化が認められました。p21やp53を大きく変化させなかったことから、既存の老化細胞を直接除去するのではなく、腸内環境と炎症・代謝ストレスを改善して新たな老化細胞の発生・蓄積を抑える可能性が考えられます。
3.老化細胞の除去により、炎症の因果的役割を確認
p16陽性細胞を選択的に除去すると、SASP因子、炎症性サイトカイン、STAT3活性化、マクロファージ浸潤が減少し、上皮の再生能とAMPK活性が回復しました。これは、老化細胞が組織傷害に付随する目印にとどまらず、炎症を増幅・持続させる能動的な要因であることを示します。
4.ヒトIBDでも老化関連シグナルが疾患活動性と関連
ヒトIBD生検組織、5つの公開トランスクリプトームデータセット、単一細胞RNA解析データを用いて、ヒトでの臨床的関連性を検証しました。ヒトIBDでは、正常部、非炎症部、炎症部の順に老化関連スコアが上昇し、内視鏡的活動性と正の相関を示しました。抗TNF抗体インフリキシマブへの反応性との関連も認められ、単一細胞解析では炎症性ミエロイド系免疫細胞に老化関連シグナルが強く認められました。患者生検でも、炎症部でp16陽性細胞が増加していました。

【研究の意義と今後の展望】
本研究は、IBDの慢性炎症を「免疫反応」だけでなく、「老化細胞」と「腸内細菌・代謝」の相互作用から捉える新しい枠組みを提示しました。将来的には、セノリシスだけでなく、プロバイオティクスや代謝介入によって老化細胞が蓄積しにくい腸内環境をつくる治療につながる可能性があります。
ただし、本研究の中心はマウスモデルであり、IBD患者に対する有効性と安全性はまだ確立していません。また、腸内細菌の代謝機能はゲノム情報から推定したもので、代謝物を直接測定した検証が必要です。今後は、雌雄双方の動物での再現性、線維化や大腸がんへの影響、作用する細胞集団と代謝物の特定、臨床試験による検証を進める必要があります。

【用語解説】
・ 炎症性腸疾患(IBD):主に潰瘍性大腸炎とクローン病を含む、消化管に慢性炎症を起こす疾患の総称。
・ 細胞老化/p16陽性細胞:細胞がストレスなどにより増殖を停止した状態。p16は老化細胞の代表的な指標の一つ。
・ TAM:タモキシフェン。タモキシフェンの投与により、p16を発現している細胞の内部で CreERT2 酵素が核内へ移行し、これにより目印となる蛍光タンパク質tdTomatoが発現して老化細胞が赤く光る。
・ SASP:老化細胞が炎症性サイトカインやケモカインなどを分泌する性質。周囲の炎症や組織機能に影響する。
・ Probio-M9:母乳(初乳)から分離された Lacticaseibacillus rhamnosus-M9 のプロバイオティクス株。
・ セノリシス:老化細胞を選択的に除去すること。本研究では遺伝子改変マウスとジフテリア毒素(DT)を用いて検証した。
・ STAT3:炎症性サイトカイン応答に関わる転写調節因子。
・ AMPK:細胞のエネルギー恒常性を調節する酵素。


【論文情報】
論文名:Probio-M9 and Genetic Senolysis Attenuate Experimental Colitis by Targeting Inflammation-Associated Cellular Senescence
和訳:Probio-M9と遺伝学的老化細胞除去は、炎症関連細胞老化を標的として実験的腸炎を軽減する
著者:李高鵬, 赵志鑫, 赵飞燕, 石川昌和, 隈元謙介, 大通清美, 石川亮, 山崎聡, 孙志宏, 倉原琳(責任著者)
掲載誌:Engineering
DOI:10.1016/j.eng.2026.07.037

【研究助成】
本研究は、科研費(25K10003, 21K11699)、香川大学(26K0C003)、香川大学ダイバーシティ推進室、JST SPRING(JPMJSP2163)、中国国家自然科学基金(32325040)の支援を受けて実施されました。

 

▶お問い合わせ先
香川大学 医学部 自律機能生理学
准教授 倉原 琳(くらはら りん)
E-mail : kurahara.rin@kagawa-u.ac.jp
TEL : 087-891-2100