【概要】
   川崎医科大学薬理学教室(北風圭介助教、坪井一人准教授、岡本安雄教授ら)は、香川大学医学部 上田夏生教授、徳島大学生物資源産業学部 田中保教授、帝京大学薬学部 山下純教授らと共同で、細胞内で環状リン脂質メディエーターを産生する酵素を発見しました。
  研究グループは、リゾホスホリパーゼD型酵素であるグリセロホスホジエステラーゼ7(GDE7)が脂質メディエーターである環状ホスファチジン酸(cPA)を細胞の小胞体内で産生することを発見しました。cPAは乳がんの悪性化や脂肪細胞分化に関わると考えられ、この研究成果は乳がんや肥満の治療薬開発に繋がることが期待されます。本成果は2023年5月16日に国際学術誌である Communications Biologyにオンライン掲載されました。

【ポイント】
ž GDE7が細胞内でcPAを産生することを発見した
ž GDE7は活性部位(反応を触媒する部位)を小胞体内腔側に向けていた
ž 乳がん細胞株や脂肪細胞様細胞において、cPAはペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ (PPARγ)を抑制する作用を示した

【研究の背景】
   脂質メディエーターは細胞の情報伝達を担う脂質分子の総称であり、様々な疾患の発症・進展に関与することから、その受容体や代謝酵素は創薬標的として期待されています。脂質メディエーターの一つであるcPAは、血中ではリゾホスホリパーゼD型酵素であるオートタキシンによってリゾホスファチジルコリンから産生されますが、ヒト細胞内においても同一の反応を触媒する酵素の存在が示唆されていました。本研究では、小胞体膜上に局在するリゾホスホリパーゼD型酵素であるGDE7に着目し、そのcPA生成能を検討しました。

【成果の概要】
   本研究グループはこれまで脂質メディエーターの生合成・分解酵素に着目し、疾患発症機序の解明に取り組んできました。今回、GDE7が細胞内でcPAを産生することを明らかにしました。また、GDE7は活性部位(反応を触媒する部位)を小胞体内腔側に向けていたことから、小胞体内のカルシウムによって恒常的に活性化していることが示唆されました。さらに、乳がん細胞株や脂肪細胞様細胞において、GDE7が産生したcPAは核内受容体であるPPARγを抑制する脂質メディエーターとして機能していることが分かりました。PPARγは乳がんの悪性化や脂肪細胞の分化に関わることが報告されているため、GDE7およびcPAは乳がんや肥満の治療標的分子として期待されます。

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【今後の展開】
  今回の研究成果は試験管内および培養細胞レベルでの実験を基にデータをまとめたものであり、今後、個体レベルでの検討が必要です。また、GDE7はがんの再発、騒音性難聴、精神疾患などとの関わりも示唆されていますので、これらの疾患の発症・進展にcPAがどのように関わるのかについても調べる予定です。

【発表雑誌】
雑誌名:Communications Biology (日本標準時間 2023年5月16日に掲載)
論文タイトル:GDE7 produces cyclic phosphatidic acid in the ER lumen functioning as a lysophospholipid mediator
著者(#は責任著者):
  Keisuke Kitakaze#, Hanif Ali, Raiki Kimoto, Yasuhiro Takenouchi, Hironobu Ishimaru,
  Atsushi Yamashita, Natsuo Ueda, Tamotsu Tanaka, Yasuo Okamoto, Kazuhito Tsuboi#
DOI 番号:10.1038/s42003-023-04900-4

【謝辞】
  本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20K19732, JP20K11571)、公益財団法人 金原一郎記念医学医療振興財団、公益財団法人 寺岡記念育英会、公益財団法人 岡山医学振興会、奨学寄附金(帝人ファーマ株式会社、協和キリン株式会社、バイエル薬品株式会社、帝人ナカシマメディカル株式会社、大塚製薬株式会社、旭化成ファーマ株式会社、EAファーマ株式会社、泉工医科工業株式会社、CSLベーリング株式会社)および川崎医科大学プロジェクト研究費の支援を受けました。

〈用語説明〉
ž 脂質メディエーター
   細胞の情報伝達を担う脂質の総称。主に生体膜脂質から生合成され、Gタンパク質共役型受容体などに作用する。
ž リゾホスホリパーゼD
   リゾリン脂質(アシル基を1本有するリン脂質)をリゾホスファチジン酸とヒドロキシ化合物に加水分解する酵素。一部はホスファチジル基転移活性       も持つことが知られている。
ž ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)
   不飽和脂肪酸などをリガンドとする核内受容体。3つのサブタイプ(α、γ、δ)が知られており、PPARγは脂肪組織などで脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を制御する。

  

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<問合せ先> 広報について
川崎医科大学 庶務課
課長 浅沼 淳(あさぬま じゅん)
Tel: 086-462-1111(代)

<問合せ先> 研究について
川崎医科大学 薬理学教室
准教授 坪井一人(つぼい かずひと)
Tel: 086-462-1111(代)
e-mail: ktsuboi@med.kawasaki-m.ac.jp