研究成果のポイント 
●空間多重技術に基づく次世代光スイッチ「コア選択スイッチ」の低損失化(2. 5 dB以下)と超広波⻑ 帯域化(130 nm)に世界で始めて成功しました。
●本成果は、光通信⼯学分野で最も権威ある国際会議OFC 2021にて、最⾼得点論⽂(Top scored paper)に選出され、6⽉9⽇にオンラインで発表される予定です。
●本技術を⽤いることで、来たるべき6Gモバイル通信時代を⽀える超⼤容量光通信ネットワークを、経 済的かつ⾼性能に実現することが可能になると期待されます。

研究成果の概要
香川大学創造工学部の神野正彦教授と小玉崇宏講師の研究チームは、次世代の空間多重(1)光ファイバに対応可能な光ネットワーク「空間チャネルネットワーク(2)」と、その主要構成デバイスである「コア選択スイッチ(3)」を世界に先駆けて提案しています。今回、同研究チームはコア選択スイッチの低損失化と超広波長帯域化に世界で初めて成功しました。

従来の光スイッチが波長多重された光信号を波長単位で切り替えるのに対し、コア選択光スイッチは空間多重された光信号をコア単位で切り替えることで、光通信装置の大幅な低コスト化を実現します。ここで、コアとは光ファイバ内に光信号を閉じ込めて伝搬させるための光の導波路のことで、次世代の空間多重光ファイバ内には、10本から数10本程度のコアが配置されることが想定されています。コア選択光スイッチの利点を最大限に活用するためには、低損失化と動作波長帯域の拡大が急務でした。同研究チームは、半導体加工技術を用いた高精度光ファイバコリメータアレイとMEMS(4)(微小電子機械システム)ミラーアレイの採用により、コア選択スイッチの低損失化(2.5 dB以下)と超広波長帯域化(130 nm)に成功しました。今回達成したコア選択スイッチの低損失化により、伝送可能距離を従来の1.5倍~2倍に、広波長帯域化により伝送容量を従来の2倍~3倍に向上させることが可能になると期待されます。

本成果は、光通信工学分野で最も権威ある国際会議OFC 2021(5)の技術プログラム委員会にて最高得点論文(Top scored paper)に選出され、6月9日にオンライン講演が予定されています。また、本成果の詳細を記載した招待論文がIEEE/OSA Journal of Lightwave Technologies誌の2022年1月号に掲載される予定です。

本技術を用いることで、来たるべき6G(6)モバイル通信時代を支える超大容量光通信ネットワークを経済的かつ高性能に実現することが可能になると期待されます。

なお、本研究成果の一部はJSPS科研費(JP18H01443)の助成、ならびに国立研究開発法人情報通信研究機構委託研究(採択番号20401)により得られたものです。

研究の背景
[1] 既存光ファイバの通信容量限界を打破する新構造の光ファイバの開発が加速
現在、第5世代(5G)モバイル通信サービスの商用導入が開始され、その次の第6世代(6G(6))のモバイル通信技術の研究開発がすでに始まっています。第6世代モバイル通信サービスにおいては、データ通信量のさらなる増加が見込まれ、これを支える光ファイバ通信システムには一層の大容量化と経済化が求められています。一方、現在、世界中で広く使用されている単一モードファイバを用いた最新の通信システムの伝送容量は毎秒10テラビットを超えており、単一モードファイバの容量の物理限界(~毎秒100テラビット)に肉薄しています。このため、単一モードファイバに変わる新構造の光ファイバとして、光ファイバ内に複数のコアを配置するマルチコアファイバ(7)(MCF)等の研究開発が盛んに行われています。ここで、コアとは光の導波路のことであり、ファイバ中に1つのコアしか有しない現状の単一モードファイバに比べて、MCFはコア数分だけ光ファイバ当たりの伝送容量を増やすことができます。これまで、光ファイバ当たり4~36本のコアを有する各種MCFが報告されています。このように、複数の光導波路を空間的に並列配置する技術のことを空間多重技術と呼びます。

[2] 新構造光ファイバに対応し大容量かつ経済的な光ネットワークの実現が急務
一方、国内外の様々な都市との間で大量のデータをやり取りするためには、各都市を、光ファイバで相互に接続し、光信号を送受信できる仕組みを構築する必要があります。そのような仕組みのことを光ネットワークと呼びます。様々な相手と通信するためには、ネットワーク中に配置した複数の光スイッチを適切に制御して、光信号の通信経路を設定する必要があります。これは鉄道網でいえば、線路のポイントが切り替えられて列車が別の線路に進んだり、途中駅で別の路線を走る列車に乗客が乗り換えたりすることに相当します。現状の光ネットワークでは、単一モードファイバのコアに,複数の波長の光信号を多重化して伝送し、波長選択スイッチ(8)と呼ばれる光スイッチを用いて、波長ごとに光信号の経路を細かく切り替えています。しかし、将来の空間多重技術に基づく光ネットワークにおいて、従来の波長選択スイッチを使用しつづけることは、必要な波長選択スイッチ数の激増を招き、コストと設置スペースの面で現実的ではありません。このため、今後、導入が進むと予想されるMCFに対応可能で、大容量かつ経済的な光ネットワークの新たな構成法(アーキテクチャ)として、香川大学創造工学部の神野正彦教授と小玉崇宏講師の研究チームはこれまでに空間チャネルネットワークアーキテクチャ(2)を提案しています。
今回の研究成果は、この空間チャネルネットワークで使用されるコア選択スイッチの高性能化に関するものです。

研究成果の内容
図1にコア選択スイッチ(3)の構成と動作原理を示します。コア選択スイッチは、MCFアレイ(図2)と微小レンズアレイからなるMCFコリメータアレイ(図3)、MEMS(4)(微小電子機械システム)ミラーアレイ(図4)から構成された独自の空間光学系を採用しています。MCFアレイは、中央に配置された入力MCFと、その周囲に配置された出力MCFから構成されています。入力MCF中の5つのコアを伝搬してきた各光信号は、直後に配置された微小レンズにより、出射角度の異なる5つの光ビームに分かれて空間を進み、集光レンズによって、直径1 mmの5つのMEMSミラー面上にそれぞれ結像します。各MEMSミラーの角度を個別に調整することで、各光ビームが出力すべき出力MCFに結合し、出力されます。図5にコア選択スイッチのプロトタイプの外観を示します。MCFコリメータアレイとMEMSミラーアレイを採用したことで、全長約50 mmの非常にコンパクトな光スイッチが実現されています。

図6にコア選択スイッチプロトタイプの挿入損失と偏波依存損失の波長依存性を示します。コア選択スイッチプロトタイプは、非常に広い波長帯域(1500 nmから1630 nm)にわたって、小さな挿入損失(2.5 dB以下)と偏波依存損失(0.25 dB)を持つことがわかります。現在の光ネットワークでは、光信号帯域として1530 nmから1560 nmのCバンドが用いられていますが、光ファイバの伝送容量を拡大するために、Sバンド(1450 nmから1530 nm)とLバンド(1560 nmから1630 nm)の波長帯の利用が進められようとしています。今回の実験により、開発したコア選択スイッチは将来の光伝送にも十分に使用可能な超広波長域特性を有していることが確認されました。さらに、Cバンドの全波長域を専有する5つの光信号を空間多重し、これを波長選択スイッチプロトタイプでスイッチングし、そのビット誤り率を測定しました。その結果、空間多重光信号を信号品質の劣化なしにスイッチング可能であることが実験的に確認されました。

研究成果の意義
コア選択スイッチは、従来の波長選択スイッチに比べて非常にシンプルな構成であるので、光スイッチ1台あたりの製造コストは従来の波長選択スイッチと同等以下となることが期待されます。その一方で、スイッチング容量はMCF内のコア数(4~数10)だけ増加させることが可能になります。本成果は、将来の6Gモバイル通信時代に必要な超大容量光通信システムを経済的に実現するための基盤技術として、国内外の情報通信インフラの発展を支えるとともに、我が国発のオリジナル技術として、我が国の産業競争力の一層の強化に貢献することが期待されます。

研究助成等
本研究成果の一部は、JSPS科研費(JP18H01443)の助成、ならびに国立研究開発法人情報通信研究機構委託研究(採択番号20401)により得られたものです。

論文情報
1. Masahiko Jinno, Itsuki Urashima, Tsubasa Ishikawa, and Takahiro Kodama, “Ultra-wideband and low-loss core selective switch employing two-dimensionally arranged MEMS mirrors,” Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2021 (OFC 2021), W1A3, (OFC Top Scored Paper) .

用語解説
(1) 空間多重技術:並列に近接配置された複数の光導波路を用いることで,システム容量増を図る多重化方式
(2) 空間チャネルネットワーク:空間チャネル(光ファイバの1本のコアで伝送可能な全スペクトルを使用して転送される光信号)をスイッチ単位とする将来の光ネットワーク
(3) コア選択スイッチ:入力マルチコアファイバ中を異なるコアを用いて空間多重伝送された複数の光信号のうち,任意の光信号を任意の出力マルチコアファイバに出力可能な1入力多出力の光スイッチ
(4) MEMS:Micro Electro Mechanical Systems(微小電子機械システム)の略称であり、半導体基板などに機械要素部品のセンサ・アクチュエータと電子回路をまとめて実装したミクロンレベルの構造を持つデバイス
(5) OFC (Optical Networking and Communication Conference & Exhibition)は光通信工学分野において最も権威ある国際会議・展示会であり、毎年3月に5日間にわたり米国西海岸で開催され、査読審査を経た600編以上の論文が発表されます。今年はコロナ禍の影響で6月6日から6月11までオンラインで開催されます。
https://www.ofcconference.org/en-us/home/
(6) 6G:現在導入が進められている第5世代移動通信システムのさらなる高速無線伝送、多数端末無線接続、低遅延無線伝送、カバレッジ拡大の実現を目指す将来移動通信システム。Beyond 5Gとも称されます。
(7) マルチコアファイバ:1本の光ファイバに複数のコア(光の導波路)を配置する次世代ファイバ
(8) 波長選択スイッチ:入力単一モードファイバ中を異なる波長を用いて波長多重伝送された複数の光信号のうち,任意の光信号を任意の出力単一モードファイバに出力可能な1入力多出力の光スイッチ

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■お問い合わせ先
⾹川⼤学 創造⼯学部 情報通信コース
教授 神野 正彦
Tel: 087-864-2242
E-mail: jinno.masahiko@kagawa-u.ac.jp

■上記不在の場合
⾹川⼤学 創造⼯学部
庶務係 岡⽥
Tel: 087-864-2000
E-mail: koshomut@kagawa-u.ac.jp