香川大学医学部薬理学のキッティクゥス ワララット氏、中野 大介准教授を中心としたグループは、マウスにおいて急激な障害から腎臓が回復する際のメカニズムを発見しました。その成果は、2021 年 6 月 28 日にアメリカ生理学会の公式科学誌に掲載されました。 

ポイント
・ 心血管手術や、腎がんに伴う腎部分摘出などの際に、腎臓の機能が急激に低下することがあります。これを急性腎障害と言います。
・ 急性腎障害において、腎毛細血管周皮細胞(ペリサイト)が貪食活性を獲得することを明らかにしました。
・ この細胞を単離し、腎障害マウスに移植すると、腎保護効果を示しました。
・ これらの所見は、腎ペリサイトが、既に知られている線維化促進作用だけでなく、組織保護的な役割を持つことも示しており、腎細胞の多様性解明と障害からの回復をサポートする治療戦略の構築に繋がることが期待されます。

概  要
急性腎障害では、腎臓の尿細管細胞に急激なストレスがかかり、広範な領域に細胞死が生じます。死んでしま った尿細管細胞は、尿細管から剥がれ落ち、尿の通り道を塞いでしまいます。これが広範にわたって生じると尿を生成できなくなり、死に至ります。これを防ぐために、マクロファージや貪食能を得た尿細管細胞が死細胞のクリアランスを担うことが知られています。
プロテオグリカンである NG2 は腎臓ではペリサイト(毛細血管周皮細胞)に発現しています。我々は腎虚血再灌流による急性腎障害において、NG2 陽性細胞の数が増加し、毛細血管から剥がれることを見出していました(Zhang et al. Kidney Int. 2018)。今回の研究においては、この NG2 陽性細胞の性質の一部について解き明かすことに成功しました。すなわち、一部の NG2 陽性細胞はマクロファージマーカーである F4/80 や CD11b を発現し、貪食活性を獲得していることを発見したのです。この貪食細胞化したペリサイトを、急性腎障害を起こしたマウスに養子移植(静脈内投与)すると、急性腎障害からの回復が早まりました。
ペリサイトは虚血再灌流後において、コラーゲンを発現する筋線維芽細胞様性質を獲得することは報告されていましたが、今回発見した貪食能を有する NG2 陽性細胞ではコラーゲン発現は増えておらず、抗炎症性物質の発現が亢進しておりました。このような多様な細胞集団が、急激な臓器障害後に出現して、臓器機能回復に一役買っていることが明らかとなりました。

成  果
ペリサイトは毛細血管を支持する細胞として認識されていましたが、近年の研究で周囲の環境に合わせて様々な形質を持つことが確認されています。血液脳関門に存在するペリサイトは、脳血管障害などにおいて貪食能を獲得し、クリアランスに貢献することが知られていました。しかし、末梢毛細血管におけるペリサイトも同様の性質を有しているかの研究はありませんでした。
我々は腎臓の虚血・再灌流障害において、ペリサイトマーカーの 1 つである NG2 を発現した細胞が間質内多数確認できるようになることを観察しておりました。間質にただようペリサイト(だった細胞)の性質としては、筋線維芽細胞へと形質転換した後の、組織線維化増強作用が知られていました。我々は、ペリサイトはこうした負の側面だけでなく、組織保護的な作用も有しているのではないかと考えました。そこで、中枢におけるペリサイトのように貪食活性を有しているかの検討を行いました。
マウスに腎虚血再灌流障害を施すと、腎組織障害は 3 日目に最も重篤となっていました。一方で、NG2 陽性細胞数は 1 日目から増加しだし、3 日目にピークを迎えていました。この NG2 陽性細胞群において、フローサイトメトリーおよび免疫染色を用いて、貪食細胞であるマクロファージのマーカー(F4/80 および CD11b)を調べたところ、これも 3-5 日目に有意な発現増加を認めました。この NG2 発現細胞を単離し、ディッシュ上でビーズに対する貪食活性を調べたところ、一部の細胞が活発にビーズを貪食する像が観察されました。このような細胞は筋線維芽細胞マ ーカーである α-smooth muscle actin 陰性でした。加えてこれらの細胞では、IL-10 などの抗炎症性サイトカインの発現も増大していました。
続いて、虚血再灌流 3 日目のマウス腎臓から NG2 陽性細胞を単離し、虚血再灌流 1 日目のマウスに移植しました。被移植マウスにおいて虚血再灌流 5 日目に腎機能と組織障害を観察したところ、移植を受けていないマウスと比べて、有意な機能改善・組織保護効果が確認できました。病理組織観察においては、特に、尿細管管腔内の円柱形成が抑制されていました。
これらの結果から、腎 NG2 陽性細胞の一部は、急性腎障害において、貪食活性を獲得し(図)、死細胞のクリアランスに一定の役割を果たしているのではないかと結論付けました。

図説明:上半分は NG2 陽性細胞が貪食化する前。虚血再灌流障害(I/R insult)により尿細管細胞が傷ついた際に、NG2 陽性ペリサイトが毛細血管から剥がれ(図の下半分)、その一部はマクロファージマーカーを発現する。この細胞は抗炎症サイトカインを分泌し、さらに障害尿細管細胞を貪食していることなどが期待される。 

展  望
本研究では、どのようなシグナルがペリサイト形質転換の運命を決定づけるのかが不明です。このシグナル系が判明すれば、障害発生時に、ペリサイトにおいて筋線維芽細胞でなく、貪食クリアランス細胞への形質転換を誘導できるようになります。これにより急性腎障害からの早期の回復が見込めるだけでなく、慢性腎臓病化に対する予防効果が期待されます。

謝  辞
この研究は、JSPS科学研究費基盤C(15K19456、15K08236)、基盤研究B(18H03191)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化) (15KK0346)および香川大学次世代リーディングリサーチ経費(2017 年、2018 年)による助成を受け、行われました。

論文情報
American Journal of Physiology Renal Physiology
Renal NG2-expressing cells have macrophage-like phenotype and facilitate renal recovery after ischemic injury
Wararat Kittikulsuth1, Daisuke Nakano1, Kento Kitada1, Norio Suzuki2, Masayuki Yamamoto3, Akira 
Nishiyama1 

1. 香川大学医学部薬理学
2. 東北大学大学院医学系研究科附属創生応用医学研究センター酸素医学分野
3. 東北大学東北メディカル・メガバンク機構

https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/ajprenal.00011.2021?rfr_dat=cr_pub++0pubmed&url_ver=Z3 9.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org 

054_qrコード.jpg

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

□ 問い合わせ先
□ 香川大学 医学部 総務課 広報・法規担当 立石 晃一              
□ TEL:087-891-2008
□ FAX:087-891-2016
□ E-mail: kouhou@med.kagawa-u.ac.jp