【発表のポイント】
◆近傍の棒渦巻銀河M83において、銀河回転速度から大きく異なる高速度で運動する分子雲を10個発見しました。
◆近傍銀河で従来は観測されてこなかった分子ガスから成る高速度雲が銀河円盤に流れ込む様子を系統的に調べた先駆的な研究です。
◆銀河外からの高密度なガスの流入を捉えたことにより、銀河が星形成活動を長く維持するメカニズムを理解する手がかりになると期待されます。
近傍銀河M83の電波画像と発見された10個の高速度雲の位置、高速度雲の電波画像(詳細は図1参照)
【概要】
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の長田真季大学院生、附属天文学教育研究センターの江草芙実准教授らによる研究グループは、天の川銀河と似た構造をもつ近傍の棒渦巻銀河M83(注1、2)を対象に、アルマ電波望遠鏡 (ALMA)(注3)の分子ガス(注4)データを解析し、10個の高速度雲を発見しました(図1) 。
銀河は、主に星とガスからできており、ガスは星の材料となります。私たちの住む天の川銀河では、外部からガスが供給されなければ星形成は約10億年で止まるとされますが、実際には100億年以上にわたり星がつくられ続けています。その有力な供給源として注目されているのが、通常の銀河の回転とは異なる速度で動く「高速度雲」です(図2)。今回発見された雲は超新星爆発の痕跡と一致せず、外部から流れ込んできた分子ガスである可能性が高いと考えられます。こうしたガスの流入は、銀河の進化を支える重要なしくみのひとつです。外部起源のガスを広がった水素原子ガスではなく、高密度な分子ガスとしてとらえた点で、本研究は先駆的であり、その実態解明に向けた重要な手がかりを提供します。
図1:(a)棒渦巻銀河M83の可視光画像(Credit: ESO)。(b)電波の画像と見つかった高速度雲の位置。(c)高速度雲の電波画像。(d)高速度雲の範囲で平均した一酸化炭素(CO)輝線スペクトル。
(a)チリ・ラシーヤにあるESO/MPG 2.2メートル望遠鏡に搭載されたヨーロッパ南天天文台(ESO)の広視野撮像装置(Wide Field Imager)によって撮影された画像です。(b) 背景画像は、ALMA によって観測されたCO輝線の積分強度図で、黒い部分ほど分子ガスが多く分布していることを示しています。マゼンタ色と水色の楕円は、それぞれ銀河円盤の回転速度からプラスとマイナス50 km/s以上のずれを持つ高速度雲の位置と大きさを表しています。(c) 矢印で示した位置にある高速度雲のCO輝線の積分強度図です。赤い部分ほど分子ガスが多く、白い点線の楕円はこの高速度雲の広がりを示しており、(b)で示した楕円と同じ範囲に対応しています。(d)同高速度雲の範囲で平均したCO輝線のスペクトルです。横軸はガスの速度、縦軸は電波の強さ(輝度温度)を表しています。左の緑色の領域に銀河円盤のガス、右の赤い領域に高速度雲の成分が現れ、速度の違いが確認できます。
図2: 銀河外部から流入する高速度雲のイメージ (Created with ChatGPT/DALL·E)
【発表内容】
銀河は、主に星とガスからできており、このうちガスは、星をつくるための材料になります。銀河は、ガスを星へと変えていく「星形成」と呼ばれる活動を通じて進化しています。
私たちの住む天の川銀河では、もし外部からのガスの供給がなければ、内部にあるガスは約10億年で使い尽くされ、星形成は止まってしまうと考えられています。しかし実際には、天の川では100億年以上にわたって星がつくられ続けており、これは銀河の外部からガスが流れ込んでいる可能性を示唆しています。
天の川銀河では、銀河の回転とは大きく異なる速度で動くガス雲が見つかっており、「高速度雲(こうそくどうん)」と呼ばれています。これらのガス雲は、銀河の外から供給されるガスの有力な候補と考えられています。その起源については、いくつかの説があります。ひとつは、銀河外部から直接流れ込んできたガスであるという説、もうひとつは、銀河内で起きた超新星爆発によっていったん外へ吹き出されたガスが、重力によって再び降ってくるという説です。これまでの高速度雲の研究は、天の川銀河内にある中性水素原子ガス(注5)の観測を通じて進められてきましたが、私たちが銀河内部にいるため、ガス雲までの距離を正確に測ることが難しく、その物理的性質や空間的位置はよくわかっていませんでした。
本研究では、天の川銀河と構造および星形成活動性が似ている近傍の棒渦巻銀河M83を対象としました。M83は外部から全体像を観測できるため(図1(a))、南米チリのアルマ電波望遠鏡 (ALMA) が取得した高感度な分子ガス(一酸化炭素)輝線データの詳細な解析を行いました。その結果、分子ガス成分としては珍しい高速度雲を合計10個発見しました(図1(b))。これらの多くは、超新星爆発の痕跡とは一致せず、また仮に超新星爆発によって加速されたと仮定した場合、その運動エネルギーは単一の爆発では説明がつかないことがわかりました。これらの特徴をふまえると、観測された高速度雲の多くは、銀河の外部から流れ込んできた分子ガスである可能性が高いと考えられます。
外部からのガス供給は、星の材料を絶やさず、銀河の星形成活動を持続させるための重要な仕組みのひとつです。特に、外部起源のガスを広がった中性水素原子ガスではなく、すでに高密度な分子ガスの塊として流入していることをとらえた点において、本研究は先駆的であり、その実態を明らかにする貴重な手がかりを提供するものになります。今後は、このような分子ガスがどのように形成されたのか、中性水素原子ガスとの関係や、降着している分子ガスが円盤のガスと衝突することで星形成を引き起こすかどうか、といった点についても解明を進めていく予定です。
【発表者・研究者等情報】
東京大学 大学院理学系研究科
天文学専攻
長田 真季 修士課程
附属天文学教育研究センター
江草 芙実 准教授
河野 孝太郎 教授
諸隈 佳菜 助教
大阪電気通信大学 共通教育機構
数理科学教育研究センター
前田 郁弥 講師
香川大学 教育学部
徳田 一起 講師
Stony Brook University Department of Physics and Astronomy
幸田 仁 教授
【論文情報】
雑誌名:The Astrophysical Journal
題 名:High-Velocity Molecular Clouds in M83
著者名:Nagata,M.; Egusa,F.; Maeda, F.; Tokuda,K.; Kohno,K.; Morokuma-Matsui,K.; Koda, J.
DOI: 10.3847/1538-4357/addab7
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/addab7
【注意事項(解禁情報)】
日本時間7月1日午前4時(米国東部夏時間:6月30日15時)以前の公表は禁じられています。
【研究助成】
本研究は、科研費「潮汐矮小銀河中の分子雲衝突現象から解明する星形成が起きるための普遍的な物理条件(課題番号:23K13142)」、「ALMA受信機を活用した中性炭素原子輝線の広域分光撮像による低金属量分子雲の研究(課題番号:20H00172)」、「超伝導工学・大規模数値計算・データ科学で解明する宇宙最初期の重元素生成過程(課題番号:23K20035)」、「集積超伝導分光器技術とデータ科学で切り拓くサブミリ波輝線強度マッピングの新展開(課題番号:24H00004)」、国立天文台ALMA共同科学研究事業「ALMAによる星形成初期段階の解明(課題番号:2022-22B)」、国立天文台ALMA論文出版助成金(課題番号:NAOJ-ALMA-355)、NSF助成金「Mapping Molecular ISM in the Whole Disk of the Barred Spiral Galaxy M83(課題番号:2006600)」、「ALMA-FACTS: ALMA FundAmental CO 1-0 Transition Survey of Nearby Galaxies(課題番号:2406608)」の支援により実施されました。
【用語解説】
(注1)棒渦巻銀河
銀河の中心に棒状の構造があり、そこから渦巻状の腕が伸びている形の銀河です。私たちの天の川銀河もこのタイプに分類されます。
(注2)近傍銀河M83
地球から約1500万光年の距離にある、天の川銀河とよく似た構造をもつ棒渦巻銀河です。外側から全体像を観測できる典型的な近傍銀河のひとつです。
(注3)アルマ電波望遠鏡 (ALMA)
南米チリのアタカマ高地、標高約5,000メートルの場所に設置された電波望遠鏡群で、66台のアンテナから構成されます。特に分子ガスの観測に優れ、世界最高水準の観測性能を持っています。
(注4)分子ガス(水素分子・一酸化炭素など)
宇宙空間に存在するガスのうち、分子の形をとったものです。主に水素分子(H₂)で構成され、一酸化炭素(CO)などの分子を通じて観測されます。中性水素ガスよりも高密度・低温な領域に存在し、星形成が起こる場所に多く集まっています。
(注5)中性水素原子ガス(HIガス)
電子と陽子が結びついた中性の水素原子からなるガスで、波長21cmの電波を放射します。銀河内に広く分布し、比較的密度の低い領域に存在しています。分子ガスが形成される前段階のガスと考えられています。
【共同プレスリリースURL】
東京大学
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10842/
大阪電気通信大学
https://www.osakac.ac.jp/news/2025/3577