香川大学 工学部材料創造工学科
教授 舟橋正浩
有機機能化学、有機エレクトロニクス、
液晶化学、高分子化学、有機合成化学
2018/03/22 掲載

研究結果の概要

舟橋教授顔写真

 2017年12月21日発行のヨーロッパの化学系学術電子ジャーナル"ChemistrySelect"に、先端マテリアルコースの舟橋教授らの研究論文が掲載され、そのジャーナルの表紙を飾りました(ChemistrySelect, 2, 11934–11941 (2017).)。ChemistrySelectはChemPubSoc Europeが、代表的な学術出版社であるWiley社より発行する重要な学術雑誌です。 我々のグループでは、アルキル側鎖にオリゴシロキサン部位を導入した液晶性フタロシアニンを合成しました。

研究の背景

 材料というと、金属やセラミックスなどの固い材料が思い浮かぶでしょう。しかし、人類は、天然繊維や皮革など、柔らかい材料も古くから活用してきました。第2次世界大戦後の石油化学の発展に伴い、様々な合成高分子・プラスティックも広く用いられるようになりました。とはいえ、実用的に用いられている柔らかい材料は、容器や衣類など、構造材料です。我々の研究室では、液晶や高分子のような柔らかい材料に注目し、光や電子に対する機能を持つ材料の研究を進めています。ナノメータースケールで分子の集合状態を制御して、曲げたり伸ばしたりできる電子デバイスや外部からの刺激を感じる材料の開発を目指しています。酸蒸気で不溶化する有機半導体、イオンと電子を流す液晶材料、電圧で色が変わる材料(エレクトロクロミズム)、発電できる液晶材料、円偏光発光材料などを既に実現しています。このような研究分野を「ソフトマターエレクトロニクス」と名づけました(J. Mater. Chem. C, 2, 7451-7459 (2014).)。我々の研究グループは当該分野では指導的な立場にあり、国際的に高く評価されています。

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研究の成果

 フタロシアニンは不溶不融の粉末で、顔料として使用されていました。半導体としても優れた特性を示し、太陽電池への応用が検討されていますが、薄膜作製には真空プロセスが必要でした。有機溶媒に可溶で光伝導性を示す液晶性フタロシアニンもこれまでいくつかのグループによって合成されていますが、室温で結晶性の粉末であり、均一な薄膜の作製は困難でした。
 今回開発された液晶性フタロシアニンは、側鎖にシリコンオイルの部分構造であるオリゴシロキサン部位を導入しているため、有機溶媒への溶解性が高く、室温でワックス状の液晶状態です。液晶状態では分子が一次元的に積層したカラム凝集体を形成しており、カラム凝集体を基板に平行に、あるいは、垂直に立てて並べる事ができます。また、電子とホールがカラム凝集体に沿って効率的に伝導します。
 液晶状態では、電子機能を持つ結晶的なカラム凝集体と液体的なオリゴシロキサンがナノメータースケールで相分離しているため、液体的な柔軟性と結晶的な電気伝導性を併せ持つ凝集構造が形成されます。ジャーナルの表紙の画像は、液晶状態での分子凝集構造を青い海に島々が点在する瀬戸内海の風景になぞらえて表現したものです。

実験風景1
実験風景2

研究の魅力

 私は元々理学部出身ですので、既存の科学を覆す新しい概念の提示に魅力を感じています。
 私が幼稚園から小学校のころ、マジンガーZが大人気でした。兜博士や弓教授、光子力研究所など、理工系の香りただよう名作漫画・アニメでした。当時の科学技術を反映してか、マジンガーZに使われている材料は合金Zなどの金属材料でした(重すぎて空を飛べない)。これが、90年代に入って制作された新世紀エバンゲリオンになると、ロボットの構成部品にゲル状のバイオマテリアルが使われるようになります。これは、研究者によって新しい概念や材料が提案され、材料工学の対象とする研究領域が、構造材料から機能性材料へ、また、固い材料から柔らかい材料へ拡大した事を反映していますね。新しい概念を提示することにより、人類の認識の地平そのものを変えていくことを目標にしています。

研究を始めたきっかけ

 高校生までは歴史が好きで、文学部志望でした。理学部化学科で有機合成化学を学び、有機合成屋として生きていくつもりだったのですが、たまたま、電気系の助手になり、物性評価やデバイス作製も含めた機能性材料の研究を行うようになりました。
 後から色々な理由づけはできますが、幸いにして自身のおかれた環境が恵まれていたため、私の精神の根底にあるデュオニッソス的な衝動が犯罪や体制破壊に向かわず、学問的な創造に向かったという事なのでしょう。

この研究の将来的な展望

 生きているうちに実現できるか微妙ですが、究極的には「考える」ソフトマターを開発してみたい。ナノ相分離の概念を活用して、π電子共役系とイオン伝導部位を組み込んだ分子によってネットワーク状の超分子構造を形成する。次いで、電子による電流やイオン電流が相互作用して、新しい信号を発生させる......漠然としたイメージは頭の中にあるのですが、これを実現するには、残された人生はあまりにも短い......

今、お読みの本を教えてください

 對馬達雄 『ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か』 (中公新書、2015年11月)

趣味

 趣味はクラシック音楽鑑賞です。10年前はRichard Wagnerの楽劇を聴きながら論文を書いていました(やたら長い論文になりました)。最近は、Ludwig van Beethovenの凄さを改めて痛感しています。Hammerklavierソナタは壮絶です。終楽章のフーガは、私の研究テーマであるナノ相分離型光電子機能材料のコンセプトと共通しています。