KAKEHI’S TALK Cafe
筧 善行(香川大学長)× 野口 里美(企画総務次長)

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大学改組やコロナ禍…激動の6年間

野口 2017年10月に学長に就任されて、私は教育学部で教職大学院の立ち上げにかかわった後、大学改組で学長とガッツリご一緒してきました。
 理事時代から10年、ありがたいことに大学改組の責任者を務めさせてもらえました。創造工学部、医学部、経済学部、農学研究科…大学全体で新学部や研究科が一斉スタートしたのが2018年4月。他大学から2年遅れの改組で、結構むちゃくちゃ走りましたね。経験豊富な野口さんがかかわってくれるタイミングもよかった。ご自分が納得しないと前に進まないけど、いったん切り替わると早い人だから、大変助かりました。
野口 教職大学院、地域マネジメント研究科、ロースクール、創発科学研究科、医学部臨床心理学科の修士課程と、多くの改組にかかわる機会をいただきました。創発科学研究科は2022年スタートでしたね。
 あの時も文科省とのやりとりが大変でしたが、高等教育をよりよくしたいと思う気持ちはきっと同じ。ちょうど世の中が学問の領域を縦に閉ざしていてはだめだと認識し始めていた頃でもあり、損得勘定抜きに心から「やりたい!」と思う我々の意欲を理解してもらえました。コロナ禍で文科省との会議もオンラインになって、香川大の先生方が全員参加でき前向きな姿勢を伝えられたのもよかった。学長としての6年間は半分以上がコロナ禍と重なりますが、損をしたとは思っていません。

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香川大学生らしいインパクトを醸成したい
 大学にはそれぞれの学風があると言われます。学風というと恰好良すぎるので「出し汁」の様なものかも知れません。学長になるに当たって、香川大の学生に香川大ならではの「出汁」が沁みてほしいと思いました。卒業生は就職先で「規律正しく我慢強い」と高評価ですが、ひねくれた私は「もうちょっとインパクトのあるプラスアルファが欲しい」と思う。やたら元気がよくて、怖いものなしで上司にバンバン提案する、まるで野口さんのような人材を育てるためのキーワードが「デザイン思考」と「柳のようにしなやかに」です。どんな危機が来るかわからない世の中で、人の役に立ちながらたくましくやっていくには、元気よく提案する裏でちゃんとリスクマネジメントができる、したたかな人間になって欲しい。最近は企業の人事担当者から「香川大の学生はよく発言してくれる」と聞くようになり、ちょっと出汁が沁みてきたかなと感じています。
野口 「柳のようにしなやかに」は、リスクマネジメントとともにレジリエンスにもつながりますね。アントレプレナーの起業部ができるなど、今までなかった動きも生まれています。
 それが偏差値で計れない力です。どこの大学にも熱心な学生は一定数いて、それを刺激して増やせるかどうかが大学の力でしょう。デザイン思考でいいアイデアを出すには、年齢も国籍も多様な方がいい。創発科学研究科で社会人や香川大職員を受け入れているのも多様性のひとつです。3割が地元出身で年齢的にも似通っている香川大に、たとえば首都圏の学生、女子大生、単科の農業大学生などが混ざるだけでも互いに刺激になります。必ず効果があると思って、積極的に交流を進めました。18歳人口が減る中で地方の国立大学が多様性を確保するには、ますます「外から呼び込む」方向に進むでしょう。

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大きな研究を育む分野横断の風土
 香川大には有名な希少糖研究以外にも、微細構造デバイス、中赤外分光分析をはじめ非常に先端的な研究が多数あります。ただ、全体的に横のつながりが希薄でした。私は大学院の4年間を基礎研究室で過ごし、医学部以外の人や企業の研究員と接する機会をたくさん得て、広い視野を培いました。予算が潤沢でトップレベルの科学誌にバンバン論文を出す大きな研究室と、予算も研究員も少ない地方大学が同レベルで戦っていくには、分野を横断する横のつながりを学外にまで広げて大型化を図るべきです。大学院時代の経験が創発科学研究科やイノベーションデザイン研究所(ID研)の発想の源であり、香川大の分野横断の風土を創り出してきたようにも思います。
野口 22年には産学共創リサーチ・ファームも採択されました。
 実際に「横」をつなげてみて、いくつか新しい芽も出てきています。それを発展させるのが今後の重要課題となるでしょう。私自身にとっては、ID研立ち上げに当たって、生まれて初めて本気の寄付金集めに奔走しましたが、そこで県内企業の方々と知り合えたことが今も生きています。単なる資金集めでは無く、大学と企業の方々との距離が近くなる良いきっかけになりました。

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人の心を打つのは技術ではなくアート
 危機にあふれた未来をしたたかに生き抜き、人々に幸福感をもたらす人材を育成するに当たって、どうしても切り離せないのが人工知能の話です。2050年に今の仕事の半分はAIに取って代わられる予測がありますが、最近はもっと厳しく、今まで安泰だと思われたクリエイター業すらAIが台頭する時代。私の専門である医学の領域も、病気自体がなくなることはないでしょうが、医療にAIやロボットが入ってくるのは間違いなくて、今と同じことをしていては生き残れない人が出てきます。しかし、あらゆる職種でそうなっていくことを、私自身はそれほど悲観していません。地球上で生きる主体が人間であり生物であることは、病気がなくならないのと一緒なんです。
野口 AIがさらに進歩したら、大学もカリキュラム体系を変えていくべきですか?
 医学の世界は特に変化が激しいので、そうなる可能性はあります。私が大学を卒業した1980年代初頭は、医学の情報が2倍に増える時間が7年と言われましたが、2020年代は73日だそうです。一つの情報の寿命はせいぜい5~7年、専門知識も相当リニューアルされていくので、大学も年中同じことを教えているわけにはいかなくなります。そこをカバーするのがAIなのではないかと感じています。
野口 映画や小説などエンターテイメントの世界では、症状を入力したらAI診断してくれる医療描写もあります。ああいう技術が進歩した場合、医師には別の能力が求められるのでは?
 医師が電子カルテの入力画面ばかりを見て目の前の患者を見ない、という指摘は以前からあるんです。カルテは口で喋れば文字になる時代だし、本当に見るべきは目の前の患者さんですから、「頼れる医師」像は昔に回帰していくと思いますよ。翻訳なども、自動翻訳機が進化していますが、人の心を伝えるのは機械ではありません。

爆発的なイノベーションは「燃える心」から生まれる
野口 なくしていいものとなくしてはいけないものがある中で、大学はどう考えていけばよいでしょうか。
 情報量が爆発的に増え、人間の頭で全部処理するのは無理ですから、機械もAIも躊躇なく徹底的に利用して作業時間を短縮するべきです。しかし、コミュニケーションを成立させるには何らかのプラスアルファ、つまり人間の工夫が必要です。AIにできること・できないことを見極めて、AIが出してきたものを翻訳し、最終的に「ハートにタッチ」させるのは人間の力なんですよ。
野口 それは「愛」ですか?
 大きい意味では愛です。大学も臨機応変に対応できる組織でなくては、激しい変化についていけなくなります。そういう点で、「変化しやすく・こだわらない」創発科学研究科の体系はフィットしてるかもしれませんね。香川大は新しいテクノロジーをどんどん開発しようとしてるけど、先日、「文化的処方」について東京藝術大学の日比野克彦学長と話していて、「世の中に愛されるイノベーションには必ずアートが介在している」という点で大いに共感し合いました。アップルの商品が象徴的です。背景にはものすごいイノベーションがあるんだけど、ハートを打つのは技術ではなくフォルムや手触りで、日本人がアメリカ人以上にアップルの製品を使うのも、どこかで心に触れているんだと思う。爆発的なイノベーションを仕掛けたいなら、ユーザーの心に火をつけなくてはいけない。イノベーションは成果ではなくて発明の手法や過程のことであり、テクノロジーとアートのかけ合わせそのものかもしれません。イノベーションに日本語訳を当てるなら、「文化的×科学的処方」といったところでしょうか。
野口 最後に、香川大を目指す学生たちにメッセージを。
 学生たちには香川大でいい体験をしてもらいたいし、我々には「入学してよかった」と思える学びを提供すべき大きな責任があります。受験生の皆さんには大いに期待していますよ。ぜひ飛び込んできてください。ここで何かを掴むのはあなたです!