3月第2木曜日(令和5年度は3月14日)は世界腎臓デー(※1)です。慢性腎臓病(chronic kidney disease、 CKD※2)の患者数は全世界で約8億人と推計されており、今後も高齢化に伴ってその数が増加すると予測されている深刻な問題です。CKD発症後は腎臓の機能が徐々に低下していきますが、この低下を食い止めることができず末期腎不全となった場合は、透析や腎移植なしでは生命維持が困難な状況となります。
 世界で最も高齢化が進んでいる国のひとつである日本においてもCKDは深刻な問題で、成人の8人に1人、すなわち1,300万人がCKDであると考えられています。また、透析を受けている患者数は約35万人にのぼり、世界第2位の透析大国となっています。透析は生命維持に欠かせない治療ですが、頻繁な通院や長時間の拘束などにより、患者はもちろんのことその家族の生活の質も著しく低下させます。さらに、年間400~500万円にものぼる高額な医療費や透析液の製造・廃液処理などによる環境負荷も大きな問題となっています。
 末期腎不全を回避するためには、腎機能の低下を出来る限り早期に発見し、適切な治療介入を行うことが重要であることは明らかです。しかしながら、近年実施された研究によると日本における早期CKD患者の診断率は10%未満と報告されており、早期発見・早期介入は不十分であると言わざるを得ません。
 本研究では、CKD診療の実態を明らかにするため、日本を含む世界3か国においてCKD患者の臨床アウトカム、医療費、治療薬の服用状況を調べました。
 対象患者の多くが軽度~中等度の腎機能低下である本研究において、CKD診断後の入院イベント・死亡のリスクが高かったこと、腎保護薬の服用割合が低かったことが明らかになりました。これらの結果は、効果的な治療選択肢が存在しているにもかかわらずCKD患者の多くは高いリスクを抱えたままになっていることを示唆しています。CKDを早期に診断し、薬剤等を用いた適切な介入を出来る限り早期に行うことで、透析導入回避や生命予後改善に繋がり、患者利益はもちろんのこと経済的な利益がもたらされると期待されます。

調査方法
 OPTIMISE-CKD研究は、電子カルテデータや医療費請求データを用いた観察研究で、日本、スウェーデン、米国の成人CKD患者を対象とした試験です。日本ではメディカルデータビジョン社のデータベースを使用しました(データ期間:2016年1月1日~2022年12月31日)。

結果と考察
 CKD基準を満たした日本の患者75,965例(3か国全体では449,232例)の年齢中央値は81歳、54%が男性でした。また、2型糖尿病の併存はおよそ2割となっており、これは3か国全てで同様でした。
 CKDや心不全の診断を伴う入院イベントは、動脈硬化性疾患(脳卒中、心筋梗塞、末梢動脈疾患)の診断を伴う入院イベントよりも高頻度でした(図1)。また、CKDや心不全の診断を伴う入院・外来の5年間の累積医療費はいずれの疾患においても患者1人あたり90万円を超えており、動脈硬化性疾患よりも高額でした。CKDの推定患者数である1,300万人に当てはめて考えると、1年間で2億3,400万円が使用されている計算になります。原因を問わない入院および全死亡の発生率はそれぞれ93.5 および14.1 件/100人年でした。これは、大多数の患者がCKD診断後1年以内に入院を経験すること、さらに、およそ15%の患者が1年以内に死亡するリスクがあることを示しています。

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図1. CKD診断後の入院リスクと医療費
A.CKD、 心不全、脳卒中、心筋梗塞、末梢動脈疾患の診断を伴う入院(イベント数/100人年)​
B.CKD、 心不全、脳卒中、心筋梗塞、末梢動脈疾患の診断を伴う入院・外来の累積医療費​

 また、CKD患者における入院および死亡リスクは2型糖尿病有無に関わらず同様でした(表1)。2型糖尿病はCKDや心不全、神経症、網膜症など多くの併存症があることから、これらの併存症に注意を払って診察が行われています。2型糖尿病併存のない患者においても、2型糖尿病併存患者と同等のイベント発症リスクを有していたことから、実臨床においては2型糖尿病の有無に関わらず、高血圧や心血管疾患などがあれば一層、患者の腎機能をモニタリングすることが必要になります。特に、早期CKD患者の多くはかかりつけ医で診察を受けていると予想されることから、血圧の上昇や浮腫などの兆候を見逃さないことが重要です。

表1. CKD患者における入院および死亡リスク
イベント件数/100人年
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 現在、CKDに対しては腎保護薬であるRAS阻害薬(日本での適応は高血圧症のみ)やSGLT-2阻害薬(※3)などの治療選択肢があります。CKD基準を満たした時点でのこれらの腎保護薬を服用している患者の割合を調べたところ、 2型糖尿患併存患者で約4割、非併存患者で約2割となっており、日本が3か国の中で最も低い値でした(図2)。また、腎保護薬の服用割合は、CKD基準を満たしてからの12か月間で変化がありませんでした。これらの結果は、CKD診断時点において腎保護薬が十分に服用されていないことを示しています。CKDは早期段階では症状がほとんど無いため、腎機能の検査値に異常が生じた時点では診断・介入がなされないことが多くあります。加えて、透析が必要になること、心血管疾患の発症リスクが上昇することなどCKDのリスクが十分に理解されていないことも、医師による対応が不十分になる要因と考えられます。CKDと診断され、介入が始まる時点では、すでに腎機能が正常の半分程度に低下していることも珍しくなく、早期診断・早期介入が望まれます。

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図2. CKD診断後の腎保護薬の使用状況
A-C.  2型糖尿病非併存患者における、CKD診断前3か月から診断後12か月までの腎保護薬(RAS阻害薬および/またはSGLT-2阻害薬)の使用割合​
D-F.   2型糖尿病併存患者における、CKD診断前3か月から診断後12か月までの腎保護薬(RAS阻害薬および/またはSGLT-2阻害薬)の使用割合​

※1:世界腎臓デー:腎臓病の早期発見と治療の重要性を啓発する国際的な取組として、国際腎臓学会と腎臓財団国際連合により開始された。毎年、世界各地でイベントが開催されている。
※2:CKD:CKDは血液検査のeGFR(推算糸球体濾過量)値と蛋白尿の程度で評価され、3か月以上腎機能障害が継続するものと診断されます。
※3:SGLT-2阻害薬:SGLT-2阻害薬は腎臓での糖の再吸収を阻害することで血糖を下げる糖尿病治療薬として発売されましたが、その後の解析からSGLT-2阻害薬ダパグリフロジンによる治療は糖尿病併存/非併存に関わらず腎保護効果が認められました。

掲載論文:
雑誌名:Kidney360
論文名:Mortality, Healthcare Burden, and Treatment of Chronic Kidney Disease - A Multinational, Observational Study (OPTIMISE-CKD).
デジタルオブジェクト識別子(DOI):doi: 10.34067/KID.0000000000000374
https://journals.lww.com/kidney360/abstract/9900/mortality,_healthcare_burden,_and_treatment_of.323.aspx
執筆者名: Tangri N1, Svensson MK2, Bodegård J3, Eryd SA3, Thuresson M4, Gustafsson S5, Sofue T6(祖父江 理).
執筆者所属先:
1.University of Manitoba Max Rady College of Medicine, Winnipeg, MB, Canada
2.Department of Medical Sciences, Renal Medicine, Uppsala University, Uppsala, Sweden
3.Cardiovascular, Renal and Metabolism Evidence, BioPharmaceuticals Medical, AstraZeneca, Gothenburg, Sweden
4.Statisticon AB, Uppsala, Sweden
5.Sence Research AB, Uppsala, Sweden
6.香川大学医学部循環器・腎臓・脳卒中内科学講座
資金:本研究はアストラゼネカ社(英国本社)の資金援助を受けた。

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お問い合わせ先 
香川大学医学部附属病院 腎臓内科 講師 祖父江 理
TEL:087-891—2150
E-mail:sofue.tadashi@kagawa-u.ac.jp
※上記不在の場合 香川大学医学部総務課広報法規・国際係 
TEL:087-891-2008 
E-mail:kouhou-m@kagawa-u.ac.jp