取材日 2025年12月23日
Kadai SALON(会報第6号)
香川大学医学部附属病院
看護師
永野 那海衣さん
医学部看護学科 2021年卒業

『Kadai SALON(会報第6号)』の誌面に掲載しきれなかったインタビュー記事をご紹介します!
ご出身と、香川大学を志望したきっかけを教えてください。
香川県善通寺市の出身です。高校3年生の夏、ギリギリまで県外の看護学科への進学も検討していましたが、三者面談で先生から「今年から香川大学でAO入試が始まる」と聞き、挑戦することを決めました。
もともと香川が好きでしたし、両親や祖父母も県内にいてくれるのが安心だと背中を押してくれました。準備はバタバタでしたが、小論文や面接の練習を高校の先生と重ねて、無事に合格することができました。
看護師を目指したのはいつ頃からですか?
物心ついた時にはすでに選択肢にありました。母が看護師なので、家で仕事の話を聞く機会が自然とあったからだと思います。ただ、家で弟や妹と「学校ごっこ」をして遊んだり、人に教えることが好きだったりしたので、母には「学校の先生になる」と思われていたみたいですね。大学時代も塾講師や家庭教師のアルバイトをしていましたが、自分の中では「仕事にするなら看護師だ」と決めていました。
大学生の頃はどのように過ごされていましたか?
「楽しむ時は楽しむ、やる時はやる」というメリハリをとても大事にしていました。部活動やイベントを全力で楽しみつつ、テストや実習も手を抜かずに頑張る。そんな「ふわふわしつつも、やるべきことはしっかりやる」学生だったと思います。
水泳部のマネージャー(マネ頭)を務められていたそうですね。
はい。雰囲気が良く、人数も多かったので、普通に生活していたら関わらなかったような人たちとも交流できたのが良かったです。 タイムの計測、ドリンク作り、練習メニューの手伝いなどを行っていましたが、一番頑張ったのは「声出し」です。1年生の時から最上級生になっても、誰よりも大きな声で応援し続けました。引退時に後輩から「あの大きな声が励みになりました」というメッセージをもらった時は、自分の頑張りが届いていたんだなと本当に嬉しかったです。また、マネ頭(マネージャーリーダー)として、後輩に厳しく指導したり仕事を割り振ったりすることもあり、当時は怖がられていたかもしれませんね。
アルバイトもかなり幅広く経験されたと伺いました。
塾の講師、家庭教師、飲食店、老人ホームのお手伝い、コールセンター、結婚式場、ホテルの朝食バイキングなど、色々経験しました。実家の方でやっていたものもあれば、こちらに引っ越してきてから探したものもあります。
塾は、高校時代に通っていた地元の塾に卒業生として働きに行っていました。家庭教師の方は、塾に通えない子供たちを教えるプロジェクトに携わり、市の会議室などで教えていました。多様な環境で働いた経験は、今の仕事にも活きていると感じます。
研究や実習はどのような内容でしたか?
研究室は「環境保健科学」という分野に所属しました。当時はコロナ禍だったので、ネット上に拡散する情報の真偽についてプロジェクト形式で研究しました。病棟実習は、朝8時から夕方まで病棟に立ち、帰宅後も夜遅くまでレポートを書くハードな日々でした。今、当時の記録を見返すと、看護師になった今でも「あの頃の自分、よく頑張っていたな」と感心してしまいます。
国家試験の勉強はどこでされていたのでしょうか。
医学部キャンパスにある「図書館の自由閲覧室」です。1、2年生のテスト前からずっと利用していて、国試前はもう「住んでいる」と言えるくらい通い詰めました。24時間空いていて、周りに医学科の先輩や後輩が集中して勉強している姿が見えるんです。「自分もやらなきゃ」と刺激をもらえる、思い出の詰まった場所です。
保健師の資格も取得されていますよね。
はい。当時は学部生の時に追加で講義と実習を行えば、受験資格を得ることができました。将来、地域で働きたいと思う日が来るかもしれないと考え、選択肢を広げるために取得しました。
現在の病棟を選んだ理由は?
実習での雰囲気が良く、看護師さんたちが生き生きと働いていたからです。また、中学生の時に祖父が消化器の癌で手術を受けた経験があり、消化器看護には元々興味がありました。
現在は術前・術後のケアを担当しています。痛みや吐き気のコントロール、ドレーンの観察、そして患者さんが元の生活レベルに戻って退院できるよう支援するのが主な仕事です。元気になって退院していく姿を見た瞬間に、一番のやりがいを感じます。
大変だった時期や、それをどう乗り越えたかを教えてください。
1年目ですね。結構波があって、最初は受け持ち患者さんが少ない人数から始まり、慣れてきた頃に人数が増えて勉強量も増える……という感じで、しんどい波が何度も来ました。
自分の不甲斐なさに落ち込むことも多かったですが、そんな時は母に話を聞いてもらうことで気持ちが楽になりました。働き始めて改めて、家事や育児をしながら仕事をしていた母の凄さとありがたみを実感しています。2年目からは指導の目も少しずつ離れ、自分ができることも増えてやりがいを感じられるようになりました。今は5年目になり後輩も増えたので、忙しい時でも優しく、時にはプライベートの話で和ませながら指導することを心がけています。
看護師にはどのような人が向いていると思いますか?
人のために何かしたいと思える人、そしてコミュニケーション能力や体力がある人です。退院後の生活を見据えたご家族からの聞き取りなどでは、学生時代のコールセンターでのアルバイト経験などが今に生きていると感じますね。
医学部周辺でおすすめのお店や、お気に入りのメニューを教えてください。
カフェなら「chafu(チャフ)」がお気に入りです。学生の時から通っていて、今も夜勤明けに後輩と一緒にモーニングを食べに行ったりします。うどんでしたら「滝音(たきね)」ですね。私はいつも「牛肉ぶっかけ」を頼んでいます。
学食では「台湾まぜそば」が本当に大好きで、販売期間中は毎日食べたりしていました(笑)。
学生時代、自炊や一人暮らしはいかがでしたか?
学校の日は学食、時間のある実習の時にはお弁当を作ったりもしていました。今思うと、もっと料理をしておけば良かったなと思いますね。
一人暮らしを始めて3、4ヶ月経った頃に体調を崩してしまったことがあって。今振り返ると、環境の変化やストレスもあったのかなと思います。
これからの目標をお聞かせください。
今働いている病棟は急性期のため、急変や緊急対応が日常的に起こります。まずはそこで、アセスメント能力や知識・技術にさらに磨きをかけていきたいです。また、せっかく地元・香川で働き、保健師の免許も持っているので、将来的には地域医療にも目を向けたいと考えています。入院されている患者さんが、住み慣れた地域へ元気に帰っていく姿が一番の理想です。退院後の生活までを見据えて、患者さんの「日常」を取り戻す手助けができる力を身につけていきたいです。
最後に、学生たちへメッセージをお願いします。
少しでも興味があることや、やりたいと思ったことがあれば、若くて時間があるうちにぜひ色々なことに挑戦してみてください。それから、自分の身近にいてくれる人を大切にしてほしいなと思います。