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 取材日 2025年12月15日
 Kadai SALON(会報第6号)
 株式会社Japan Fruits
 代表取締役
 高尾明香里さん
 (教育学部 2018年卒業)

 

 

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『Kadai SALON(会報第6号)』の誌面に掲載しきれなかったインタビュー記事をご紹介します!

大学1、2年生の頃はどのように過ごしていましたか?
1年次はアルバイトなど学生らしい生活を楽しみ、2年次は軽音サークルでのバンド活動に熱中していました。

3年次から行動に変化があったそうですね。
はい。「人と会うこと」「本を読むこと」「自分と向き合うこと」を重視するようになりました。お会いする方のことは徹底的に調べ、数十個の質問を用意して伺うほど、一期一会の機会を大切に動いていましたね。

「さぬき讃フルーツ大使」の経験は、今にどう繋がっていますか?
それまであまり関心のなかったフルーツのおいしさに衝撃を受けました。市場や農園、研究所で生産から販売までの流れを深く学んだことが、現在のビジネスの原点です。

在学中に留学も経験されたとか。
日本の果物を世界に広めたいと考え、大学のプログラムでマレーシアへ行きました。現地の輸入業務に触れたことは、自分の人生を考える上で大きな学びとなりました。

休学しての留学に不安はありましたか?
決断するのは怖かったですが、教授が親身にサポートしてくださいました。あの時「主体」として決断した経験が、自分を外交的な性格に変えてくれたと感じています。

教育学部出身ですが、なぜ教員ではなく企業への就職を選んだのですか?
教育実習をきっかけに自分の進路を見つめ直しました。「社会を知らないまま先生になる」ことに迷いを感じ、まずは新規事業に関われる環境へ飛び込もうと大阪の企業へ就職しました。

最初の就職先から起業に至るまでの経緯を教えてください。
最初の会社は1年半で退職しました。その後、果樹農園などの現場で働きながら多くの人と出会う中で、2021年に起業という道を選びました。

起業することへのハードルは低かったのでしょうか?
両親や祖父母が経営者だったことも影響しているかもしれません。ただ、最初の一歩は勇気がいりました。周囲の大人や、すでに一歩を踏み出した人たちに相談して力を借りました。

起業時、香川大学との繋がりはありましたか?
非常に大きかったです。経済学部の先輩から人を紹介していただいたり、大学時代に出会った友人がCFO(最高財務責任者)として加わってくれたり。大学の「縁」が今の会社を支えています。

香川県出身者のネットワークについてどう感じますか?
団結力が強く、後輩のために貴重な時間を使って相談に乗ってくださる先輩が多いです。上場企業の経営者の方々からアドバイスをいただける環境は、本当にありがたいですね。

現在の主な事業内容を教えてください。
高品質なフルーツの通年安定供給や、規格外フルーツの産地直送卸売を行うBtoBモデルを軸に、生産者のバックオフィス業務サポートなども行っています。

ビジネスにおいて大切にしていることは?
「生産者の役に立ちたい」という思いです。JAや産直と並んで、生産者がフルーツを出荷する際の信頼できる選択肢になりたいと考えています。

今後の目標を教えてください。
ITの力を活用して日本のフルーツの価値を発信し、売上50億円規模の企業を目指して着実に進んでいきたいです。

フルーツ以外の事業も手掛けているのですか?
はい、宿泊業など別分野にも挑戦しています。「人に求められること」には、ジャンルを問わず柔軟に挑戦し続けたいですね。

高尾さんの現在の主な役割は何ですか?
外商、生産者との連携、そして経営における「トライアンドエラー」の繰り返しです。毎日が試行錯誤の連続です。

どのような人が起業に向いていると思いますか?
失敗しても負けない人、また次へと頑張れる人だと思います。

学生時代にこれだけはやっておくべき、というアドバイスは?
「やりたいことをやり切る」ことです。迷うくらいならやってみましょう。失敗して得るものの方が、何もしないよりずっと大きいです。

進路に迷っている教育学部の学生にメッセージをお願いします。
もし迷いがあるなら、一度外の世界を見る選択肢を持ってもいいと思います。色々な可能性を検討した上で、納得して自分の道を選んでください。

高尾さんにとって「香川大学」とは?
今の自分を支えてくれる「横の繋がり」をくれた場所です。先輩方に支援していただいた分、今度は私が後輩たちに還元していきたいと思っています。

大学時代のお気に入りの場所を教えてください。
「教育学部の北門」です。季節の移ろいを感じられますし、入学、休学、卒業という私の人生の節目をずっと見守ってくれた大切な場所です。