聖マリアンナ医科大学腎臓・高血圧内科の柴垣有吾教授、香川大学医学部循環器・腎臓・脳卒中内科学の祖父江理講師、帝京大学医学部附属溝口病院第四内科学講座の河原崎宏雄准教授、九州医療科学大学薬学部の戸井田達典非常勤講師、福島県立医科大学大学院医学研究科臨床疫学分野の栗田宜明特任教授らによる研究グループは、日本全国の慢性腎臓病(CKD)(注1)患者475名を対象とした調査を実施し、腎代替療法(RRT)(注2)の選択における「共同意思決定(Shared Decision-Making:SDM)」(注3)の認識・関与してほしい職種・実施してほしいタイミングに関する実態を明らかにしました。その結果、約8割の患者が「SDMが行われた」と回想している一方で、腎代替療法選択の前にSDMの概念をよく知っていた人はごく少数(4.7%)にとどまりました。SDMの実践においては、複数回のRRT選択外来の受診(看護師の関与、時間をかけた説明を伴う外来)が寄与していたことが明らかになりました。本研究成果は、患者中心のRRT選択を支える体制整備の必要性を示唆するものであり、医療政策にも有用な示唆を与えるものです。
【本研究成果のポイント】
● 慢性腎臓病患者のうち、81.2%が「SDMが行われた」と回想する一方で、事前にSDMを「よ く知っていた」のはわずか4.7%でした。
● RRT選択の話し合いでは、日常生活への影響や経済的負担、家族への影響が重視されてお り、病気や治療法に関する情報よりも生活に関する情報が求められていました。
● SDMが行われたと感じている患者では、複数回のRRT選択外来の受診(看護師の関与、時間 をかけた説明を伴う外来)が関連しました。
● 腎臓専門医だけでなく、かかりつけ医や医療ソーシャルワーカーの関与が望まれており、多職 種チームによる支援の必要性が示唆されました。
Ⅰ.研究の背景
慢性腎臓病(CKD)が進行し、腎代替療法(RRT; 透析や腎移植)が必要となる場面では、患者と医療者が協働して治療選択を行う「共同意思決定(SDM)」が国際的にも推奨されています。しかし、日本におけるSDMの浸透度や、その実施状況、患者の希望する話し合いの内容・タイミング・関係者などは、これまで十分に明らかにされていませんでした。
Ⅱ.研究の概要
本研究では、全国49施設の腎臓専門外来に通院し、RRTをすでに選択済みのCKD患者475名を対象にアンケート調査を実施しました。調査項目には、SDMの認知状況、話し合いを希望するタイミング・頻度・内容、関与してほしい医療関係者、ならびにSDMが行われたと感じた背景因子(患者特性・施設特性など)が含まれ、多変量解析によってSDMの実施と関連する要因を評価しました。
Ⅲ.研究の成果
調査の結果、SDMの概念を事前に「よく知っていた」患者は4.7%にすぎなかったにもかかわらず、81.2%が「RRTの選択においてSDMが行われた」と感じていました。患者が重要視した話し合いの内容は、「日常生活への影響」「経済的負担」「家族の意向・状況」であり、あとどれぐらい生きられるかといった情報や、RRTに伴うリスクの情報よりも、生活実感に近い情報でした。
さらに、RRT選択のための外来(看護師が参加し、30分以上の時間が確保された外来)への複数回の参加といった要因が、SDMが行われたと感じた回答と有意に関連していました(割合比1.59、95%信頼区間:1.05–2.42)。
また、患者の多くが、RRTの必要性が迫った段階(例えば6か月前)で、複数回にわたる相談を望んでおり、早期かつ一度限りの説明ではSDMを十分に果たせない可能性が示されました。
Ⅳ.今後の展開
本研究では、CKDの患者がRRTを選択する場面において、「知らなかったが、結果的にSDMが行われていた」と感じているケースが多いという現状が明らかになりました。こうした“よく知られていないSDM”を、患者にとって実感しやすいものとするためには、対話の手順を分かりやすく示し、患者自身が納得して選択できるよう、適切なタイミングでSDMを開始することが求められます。さらに、患者の生活背景にも配慮した情報提供を行い、医療者との繰り返しの対話を重ねることで、より深い理解と納得が得られると考えられます。そのうえで、必要に応じて、かかりつけ医やソーシャルワーカーなど多職種の医療従事者が連携して関与できる体制の構築が重要です。
現在、RRTを選択する外来診療では、「腎代替療法指導管理料」として最大2回まで診療報酬が算定できますが、本研究は複数回にわたるSDMの重要性を示しており、2回以上の対話が必要であるという制度見直しの議論にも貢献する可能性があります。
本研究成果は、日本の慢性腎臓病診療の質向上に向けた重要な一歩となると考えられます。
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年5月19日、科学誌「Kidney International Reports」に掲載されました。
• 論文タイトル: Japanese Patients’ Perceptions of Shared Decision-Making in Renal Replacement Therapy
• 著者: Yugo Shibagaki, Tadashi Sofue, Hiroo Kawarazaki, Tatsunori Toida, Tomo Suzuki, Hiroki Nishiwaki, Kenichiro Asano, Hiroyuki Terawaki, Takafumi Ito, Hideaki Oka, Kei Nagai, Minoru Murakami, Kojiro Nagai, Daisuke Komukai, Takayuki Adachi, Satoshi Furukata, Takaaki Tsutsui, Kiichiro Fujisaki, Seita Sugitani, Hideaki Shimizu, Tomoya Nishino, Hiroaki Asada, Hideki Shimizu, Tatsuo Tsukamoto, Izaya Nakaya, Yosuke Yamada, Ryohei Inanaga, Shohei Yamada, Shohei Nakanishi, Atsuhiro Maeda, Mari Yamamoto, Shuma Hirashio, Takeshi Okamoto, Takayuki Nakamura, Ken-ichi Miyoshi, Hiroshi Kado, Susumu Toda, Shigeru Shibata, Keiko Nishi, Makoto Yamamoto, Tsukasa Naganuma, Ryo Zamami, Masahide Furusho, Hitoshi Miyasato, Yukihiro Tamura, Yoshihiko Raita, Chisato Fukuhara, Keita Uehara, Kosuke Inoue, Yasuhiro Taki, Nobuyuki Nakano, Noriaki Kurita
• DOI: 10.1016/j.ekir.2025.05.011
【用語解説】
(注1) 慢性腎臓病(CKD)
腎機能の低下が3か月以上続く状態。1300万人の日本人がCKDを有していると推定されています。 末期には透析や腎移植が必要になります。
(注2) 腎代替療法(RRT)
透析療法・腎移植など、腎機能が著しく低下した際に行う治療。
(注3) 共同意思決定(SDM)
医師と患者が協働して治療方針を決定するプロセス。
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