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Research

薬工連携 マイクロ流体デバイス(バイオMEMS ) “新たな細胞刺激応答解析技術の実現へ向けて”

香川大学 創造工学部 機械システム工学領域 寺尾研究室
(寺尾京平 准教授/微細構造デバイス統合研究センター副センター長)
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研究の目的

細胞への様々な刺激と、それに対する応答の入出力関係を得ることは,細胞の複雑なシステムを理解するための基本的な実験技術です。新たな刺激を細胞に与える技術が開発されれば、これまで計測できなかった細胞応答とその機能について解析することが可能になります。
細胞への刺激を行う上で有効な方法の一つに,細胞の大きさと同程度以下のマイクロメートルサイズの微細構造を利用する方法があり,細胞の操作や細胞周囲の流体の高度な調節が可能になります。特に1細胞をターゲットにした刺激応答計測は、従来の試験管や培養ディッシュベースのマクロ実験で得られる平均化された情報とは異なる不均一性に関する情報が得られ、その重要性は、バイオテクノロジー分野において医薬品の研究開発、再生医療研究の進展と共に急速に高まっています。我々はマイクロ・ナノスケールのMEMS加工技術と流体操作を融合したマイクロ流体デバイスを開発することで、様々な1細胞刺激応答計測の実現を目指しています。


微細構造による局所薬剤刺激

 バルク溶液に薬剤を一滴たらせば,たちまち薬剤は周囲に拡散します。そのため、細胞への刺激は薬剤を含んだ均一な溶液環境に細胞を置くことで細胞表面全体に対して行われてきました。それに対し、薬剤を空間的に限定された領域に留め、部分的に細胞に対して刺激を与える手法が提案されています。本手法により、細胞内の不均一性や細胞間の相互作用といった、細胞の重要な機能について解析が可能になることが期待されます。我々は、複雑な流れパターンを生成でき、薬剤を局在化できるマイクロ流体プローブ[1]や、細胞サイズよりも小さな微小孔を介して局所的に薬剤を与えるマイクロ流体デバイス[2]を開発しています。
 微細孔に捕捉した1細胞に局所的に薬剤刺激を与えることで,細胞極性が誘導される現象を観察し、また,細胞塊を捕捉し,微細孔から細胞塊の中の1細胞に薬剤刺激を与えることで,刺激応答の細胞集団内での伝搬を計測することができました。さらに、本技術は一部分のみに薬剤刺激を長時間安定に与えることができるため[3],分化誘導のように数日間に渡る薬剤刺激が必要な実験に対しても局所的な刺激が可能です。この特徴を生かし、本技術を発生メカニズムの解明や細胞塊サンプルの調製に応用するため、開発を進めています。


微細構造による機械刺激

細胞への刺激の一つに,細胞の形状を物理的に変形させる機械刺激があります。特に、血液中を循環するがん細胞への機械刺激が、がん転移に関わることから注目を集めています。血液中を循環するがん細胞は,毛細血管の狭窄部を変形しながら通り抜け,生き残り,性状を変化させながら,他の臓器への転移に至ると考えられています。この過程を生体内で,1細胞単位で計測することは極めて困難です。そのため、変形による機械刺激を受けた後のがん細胞の応答と転移への影響は明らかになっていません。
そこで我々は,狭窄部を変形しながら通過するがん細胞の応答反応を得るため,生体内の毛細血管狭窄部と同形状・同サイズの円形断面を有した微細な狭窄構造を作製するとともに,流れを抑制した領域を狭窄部の直下に配置することで,通過変形後の細胞形状回復や細胞内動態の観察を行うマイクロ流体デバイスを開発しました。本デバイスを用い,狭窄部通過による機械刺激が,がん細胞の性状,特に転移能に与える効果を解析することに取り組んでいます。


[1] K. Takahashi, S. Kamiya, F. Shimokawa, H. Takao, K. Terao, “Stainless microfluidic probe with 2D-array microapertures”, AIP Advances, 11, 015331 (2021)
[2] K. Terao, M. Gel, A. Okonogi, A. Fuke, T. Okitsu, T. Tada, T. Suzuki, S. Nagamatsu, M. Washizu, H. Kotera, “Subcellular Glucose Exposure Biases the Spatial Distribution of Insulin Granules in Single Pancreatic Beta Cells”, Scientific Reports, 4, 4123 1-6 (2014)
[3] K. Kusunoki, S. Konagaya, M. Nishida, S. Sato, H. Takao, F. Shimokawa, K. Terao, “Microfluidic device for differentiation induction of iPS cells-derived embryoid bodies with local chemical stimulation”, Electronics and Communications in Japan, 106(1), e12393 (2023)