瀬戸内圏研究センターSeto Inland Sea Regional Research Center
香川大学瀬戸内圏研究プロジェクト

瀬戸内圏における地域連携パスと生涯健康カルテ(EHR)ネットワーク構想

1.研究の目的・意義・解決すべき課題等
 政府は2001年に「e-Japan戦略」、2006年に「IT新改革戦略」、そして2009年に「i-japan戦略2015」を策定し、日本の成長戦略の最重要課題として医療のIT化、特に遠隔医療と電子カルテネットワークを推進している。
 香川県において、すでに1998年度には県のモデル事業として妊娠管理を目的とした電子カルテのネットワーク化(周産期ネットワーク)に取り組み、2003年度には香川県と香川県医師会、香川大学医学部が一体となって運用する遠隔画像診断の支援を主体とした「かがわ遠隔医療ネットワーク(略称:K-MIX http://www.m-ix.jp/)」が稼働した。本ネットワークは香川県の一般財源で実現したもので、全県的な取り組みとしては全国でも初めてであり、現在沖縄県含むを89の医療機関が参加し全国から注目されている。厚生労働省は、崩壊しつつある地域医療の再生を目指して、2,350億円(1県あたり50億円)の地域医療再生基金を予算化した。その内容をみると、大部分の地域で地域医療連携を目的とした電子カルテネットワークが計画されており、K-MIXはその先行モデルとして全国から注目されている。
 本研究では、これまで開発してきた、周産期電子カルテと画像診断支援を主目的としたK-MIXの機能をさらに増強し、胎児・新生児期から乳幼児、学童期、成人、そして高齢者までを管理できる、瀬戸内圏に住む住民の生涯の健康を管理する、いわゆる「EHR(Electronic Health Record)」を実現することにある。また成人の慢性疾患を対象とした糖尿病地域連携パス、C型肝炎の地域連携パスの開発も行う。実際には、香川県、香川県医師会、IT関連企業の協力体制のもと、瀬戸内住民への医療及び健康に関するサービスの向上や各施設における事務の効率化を目指し検討を進めている。
 平成20年度には、①電子親子手帳の活用、②電子成人手帳の開発と活用、③電子長寿手帳の開発と活用、④生涯健康カルテ(EHR)の基本設計に取り組み、妊娠から死亡に至るまでの健康福祉情報の一元管理を行うシステム基盤の構築ができた。平成22年度は、平成21年度に開発を行った各コンテンツを生涯健康カルテ(EHR)として機能統合し、個人の健康情報を生涯にわたって利活用できる基盤の構築を行うとともに、電子処方箋システムおよび地域連携パスシステムの開発に取り組み、地域の病院と診療所、調剤薬局にて医療情報を共有するネットワークをさらに充実する。
 医療情報の共有により、病名・検査情報閲覧による薬剤師の充実した服薬指導や、調剤薬局からの副作用情報を参照することによる安心・安全な処方を実現する。
2.年度別の具体的な到達目標及び研究実施計画
平成22年度
【到達目標】
平成21年度に開発を行った地域連携パスシステムの機能拡張及び新規開発に取り組み、病院と診療所の医師及び看護師が医療情報を共有し、患者に対して画一的な治療を行うチーム医療のネットワークの構築を平成22年度の到達目標とした。具体的目標を以下に示す。
 1.糖尿病クリティカルパスシステムの機能拡張およびシステム活用
 2.地域連携パスシステムの開発(C型肝炎、メニエール病、高血圧)
【研究実施計画】
1.糖尿病クリティカルパスシステムの機能拡張およびシステム活用
 糖尿病は、いつ頃どのような検査を行い、どのような場合に教育入院を勧めるか、患者にどのような指導を行うかなど、診療計画の統一化により、専門医・コメディカルと非専門医との循環型(双方向型)の診療が可能な疾患である。平成21年度では、病院で行った検査・処方情報を共有することによる診療所での診察支援や、専門医が患者の診療計画を作成し、病院と診療所で共有することによるチーム医療の確立に取り組んだ。
 平成22年度では、21年度構築システムでの医療機関での実証に取り組み、その有益性の検証を行うとともにシステムの機能拡張に取り組む。具体的な機能拡張の内容を以下に示す。
診療所版機能の作成
現在の診察画面は、検査・処方情報の切り分けは行わず、病院・診療所同じ項目の入力を行う画面になっている。しかし、病院と診療所では行う検査項目は異なるため、現行の画面では診療所の医師が入力するには適切な画面構成とはなっていない。平成22年度では、診療計画をもとに診療所で実施する検査項目を表示し、診療所での運用に適した画面構成とする。
他科診療機能の作成
糖尿病は通常健診のほかに他科の検査・管理が必要な疾患である。現在のシステムはエンドポイントなど他科の情報を入力する画面を有してはいるが十分ではない。平成22年度では、眼科・神経障害・腎障害・歯科をはじめとする各診療科の画面を構築し、他科との連携を可能とする。
診療情報提供書出力機能の作成
医師が他の医師へ患者を紹介する場合に発行を行う診療情報提供書の出力機能の開発を行う。診療情報提供書内にシステムにて登録を行っている症状・治療計画・現在までの治療(サマリー)を記載することで診療所と病院間での患者紹介の効率化を図る。
2.地域連携パスシステムの開発(C型肝炎、メニエール病、高血圧)
 地域の中核的病院と地域の病院、診療所等との間で行われる連携パスプロセスの抽出に関しては、まず症例別のアルゴリズム、並びに地域の特性に応じた医療機関連携のあり方に関して分類し、最適な連携のアルゴリズムを地域連携パスシステムとして構築する。
 症例別のアルゴリズムに関しては、症例ごとに専門医と検査結果規準、治療計画など最適な管理法を確立する。
 中核病院と診療所、さらには複数の診療科に渡った連携パスとして、どのような医療データを連携すべきかという観点で以下3症例に関して地域パスの策定を行い、システム構築する。
  ① 高血圧
  ② C型肝炎
  ③ メニエール病
 アルゴリズム化された連携パスに基づき、症例管理に不可欠なMEDIS-DC標準マスターを活用した標準化を行う。また画像診断の進展に伴い、DICOMやSR(超音波診断)及びMFERへの対応を行う。
平成23年度
【到達目標】
平成22年度では、糖尿病をはじめとする4疾患の地域連携パスシステムの構築を行った。平成23年度は新規の地域連携パスとして精神疾患のパスシステムの構築を行う。また、既存の医療情報システムの機能拡張に取り組む。具体目標を以下に示す。
 1.精神疾患のクリティカルパスシステムの開発
 2.Web母子手帳の機能拡張
【研究実施計画】
1.精神疾患のクリティカルパスシステムの開発
 現在、糖尿病等特定の疾患に関しては進んでいるが、精神科におけるクリティカルパスが中々進まない現状である。原因としては、医師との調整不足による看護中心のパスとなっていたり、精神科の対象とする病気は同じ疾患であっても症状は多彩であるため、一概に作成したパスがあてはまらないことが多いためと考えられる。しかし、医療の質の均一化の維持と向上及び患者の満足度の向上のためには精神疾患の治療を標準化し、クリティカルパスを実用化することは不可欠である。
 これら背景のもと、平成23年度は精神疾患クリティカルパスシステムの構築に取り組む。具体的には、うつ病や総合失調症、アルコール依存症などの精神疾患の入院から退院までの標準化したクリティカルパスシステムを構築し、実用化にむけて評価、修正を行いながら患者の共通データを収集し、傾向分析と有益性の検証を行う。
2.Web母子手帳の機能拡張
 香川大学医学部附属病院小児科では、Web母子手帳「すくすく」を開発し、運用を行っている。Web母子手帳により母親と医師のコミュニケーションの充実や、赤ちゃんの一日記録や育児日記などによる母親の満足度・安心感の向上につながっている。 平成23年度では、日記機能の強化や提供情報の充実化(離乳食の追加)など機能の追加に取り組む。
【研究組織】
 研究代表者:原  量宏     瀬戸内圏研究センター・特任教授
 研究分担者:横井 英人     医学部附属病院・教授
          千田 彰一    医学部附属病院・教授
          伊藤  進     医学部・教授
          岡田 宏基    医学部・教授
          小川 晃子    岩手県立大学
          飯原なおみ    徳島文理大学