香川大学 経済学部経済学科(観光・地域振興コース)
講師 髙橋 昂輝
人文地理学・エスニック研究・北米地域研究
2018/07/30 掲載

研究結果の概要

 カナダ・トロントにおいて、都市空間の再編現象(ジェントリフィケーション)、都市政策(BID)などに注目し、移民街の変容プロセス、移民街の観光地化、および移民街内部における経営者間のローカル政治を明らかにしました。これら一連の研究に対して、2018年6月、「2018年度地理空間学会・奨励賞」を受賞しました。

高橋講師

研究の背景

 トロント市は、北米第4位の人口を有する大都市であり、カナダ国内では最大の都市です。カナダ経済の中心でもあるトロント市には、世界のさまざまな国や地域から移民が集まり、現在、市内総人口(約270万)の約50%を移民が占めます。これは、北米の大都市で最も高い値です。また、合計200超のエスニック集団が居住するとされ、トロント市は、北米における多民族都市の先進例を提示します。
 トロントにおいて、従来、移民エスニック集団は、都市内部の特定の空間にエスニックネイバーフッド(ethnic neighbourhood)などと呼ばれる移民街を形成し、そこで居住・生活してきました。逆説的に言えば、都市内部の空間は、より高い社会経済的地位にあるカナダ生まれの人々には敬遠される傾向にありました。この結果、都市内部には相対的に低所得の移民エスニック集団が、他方、郊外にはカナダ生まれの中高所得者が居住・生活し、両者の間には、比較的明確な住み分けが生じていました。
 しかし近年、産業構造の転換、都心部への近接居住の志向、多文化・多民族に対する評価の変化などにより、これまで郊外に居住してきたカナダ生まれの中高所得者が都心部に還流しています。結果として、都市内部に位置する移民街の住民構成は変化し、それとともに商業機能などの地区内の他の要素も再編されつつあります。こうした現象は、ジェントリフィケーション(gentrification)と呼ばれ、カナダのみならず、アメリカ合衆国、ヨーロッパなどの都市でも同様に認められています。これまで私は、ジェントリフィケーションを背景とした、都市内部の伝統的移民街の変化や動向をフィールドワークに基づき、検討してきました。

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               トロント市街地の概観(2013年7月 高橋撮影)

研究の成果

1.「ポルトガル系移民街の脱ポルトガル化」
 ポルトガル系移民を取り上げ、移民コミュニティの空間構造を、①居住空間、②社会活動空間、③ビジネス空間の3つに分節化し、分析しました。分析の結果、彼らの空間構造が、機能ごとに時系列で、都市内部の移民街(リトルポルトガル(Little Portugal))から郊外へと分散化していくプロセスを解明しました。これにより、移民コミュニティの空間構造の変容プロセスにくわえ、リトルポルトガルの脱ポルトガル化の過程が明らかになりました。

 

2.「都市政策BIDと移民街の観光地化」
 1970年にトロント市が考案した、「業務改善自治地区(Business Improvement Districts、略称BID)」と呼ばれる都市政策が、移民街に与えている影響を論じました。BIDは、特定の地区内の土地所有者が自発的に追加の税金を支払うことにより、それを活動資金として、自らの地区の経済的活性化のために活動する地域自治制度です。トロント市では、1980年代以降、複数の移民街で同制度が活用されてきました。この研究では、近年、移民街の役割が“移民の居住・生活空間”から、観光などを通じて“移民のエスニシティを消費する空間”へと変化していることを指摘しました。また、BIDという都市政策が、移民街の観光地化を制度的な側面から後押ししていることを明らかにしました。

3.「移民街における経営者間の社会関係とローカル政治」
 ポルトガル系移民街において、経営者の間での社会関係に焦点を当て、移民街内部におけるローカル政治を明らかにしました。具体的には、1960年代以降、この地区で経営を続けてきたポルトガル系経営者と2000年代以降、ジェントリフィケーションとともに流入してきたカナダ生まれの非ポルトガル系経営者が、空間的には混在化する一方、社会的には分断化されていることを実証しました。また、商業機能の活性化を目的とするBID政策が、結果として、ポルトガル系・非ポルトガル系という社会集団の差異を明確化させ、両者の間でのコンフリクトを助長していることもわかりました。まちづくりの中核を担うBID役員会の主導権は、非ポルトガル系経営者により掌握され、古参のポルトガル系経営者は、リトルポルトガルという都市空間内部において、周縁化されていることを明らかにしました。

 

研究の魅力

 地理学は野外科学であり、地理学者はフィールドにおける観察を研究の核とします。私の場合も、トロントの移民街に毎回数ヶ月間張り付いて調査をしてきました。当然、他の学問分野と同様に、文献を読み知識を得ることも大切ですが、フィールドワークを通じた、地元の人との何気ないコミュニケーションのなかに、研究の本質的なヒントが潜んでいたりします。フィールドワークとデスクワークが結びつき、地域の本質に突き当たった(であろう)瞬間は、「そういうことだったのか!」と全身に電流が流れる(ような)感覚に陥ります。
 また、査読付き学術雑誌に投稿し、自分が「視た・聞いた・感じた・思考した」集大成としての論文が、他の研究者(査読者)の目に触れ、彼らとのやりとりを通じて、磨かれていく過程も刺激的です。

研究を始めたきっかけ

 私が地理学の研究の道に進んだきっかけは、主に3つあると思います。まずは、家庭環境が挙げられます。幼い頃から、実家の一室には、大判の世界地図と日本地図が貼られていました。保育園児の頃から、父親とサッカーのワールドカップを観ながら、相手国の選手の肌の色や応援席の観客の服装などに関心をもち、各国の位置を世界地図に照らしながら確認しては、世界の国や地域について、地理的な想像力を働かせていました。
 2つ目は、大学生時代、1年間休学をしてトロントで生活した経験です。トロントでは到着間も無く、仕事探しに奔走しました。そんななか、英語を全くと言っていいほどに話せなかった私を雇ってくれたのが、イタリア系移民の3兄弟の経営者でした。毎日のように彼らと働くなかで、カナダに暮らしながらも、出身国の文化を維持している移民に自然と興味を持つようになりました。
 帰国後、大学に復学し、選んだゼミでの合宿調査は3つ目のきっかけになったと思います。島嶼部(奄美大島)での1週間に及ぶ調査は、日本国内においても、様々な地域があり、また、人々の価値観も多様であることを強烈に認識・理解させてくれました。

この研究の将来的な展望

 国の内外を問わず、地域の活性化を志向する種々の政策は、往往にして美辞麗句に彩られています。しかし、トロント市のBIDのように、一見して輝きを放つ地域やそれを支える政策にも、負の側面が認められたり、または潜在していたりします。トロントでの研究は、社会経済的に低位にある移民エスニック集団がそうした負の影響を被っていることを示すものでした。
 21世紀に入り、人口減少社会に突入した日本においては、今後、これまで以上に国外で生まれ育った人々が多く流入し、日本で生まれ育った人々とともに暮らしていくことが予見されます。こうしたなかで、国外から来た人々の権利の保護を含め、日本社会がどのように外国生まれの人と向き合っていくのかが問われています。多文化・多民族社会によって特徴づけられる、カナダ・トロントの事例は、今後の日本社会の在り方にも示唆を与えるものです。これまでのトロントでの研究は、受け入れ地域の様々な違いを考慮することにより、今後、日本国内における移住者と地域との関係性に注目した研究へと接続されます。

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                         カナダ人研究者との日本での合同調査の様子(2018年5月 G. Masuda氏撮影)

今、お読みの本を教えてください

・「場所をめぐる問題:人文地理学の再構築のために」ロン・J・ジョンストン著・竹内啓一監訳、古今書院.
・「アホウドリを追った日本人:一攫千金の夢と南洋進出」平岡昭利著、岩波書店.
・「世界地図の下書き」朝井リョウ著、集英社.

趣味

・「料理」
 学生・院生時代には、日本とカナダのイタリア料理店で合わせて約4年間アルバイトをしていました。同じ材料を同じ分量で調理しても、火の使い方や具材を入れるタイミングなどで出来上がりが全く変わってくるのは、ただただ面白いです。また、失敗作からも反省を得ることができ、それに基づき、次に作る時には色々なアプローチで改善もできます。試行錯誤することも、料理の醍醐味かもしれません。また、これらの点は研究に相通じる部分とも言えます。
・「音楽」
 カントリー、フォーク、パンクロック、奄美シマウタなどなど、今は“聴く”専門でイロイロと楽しんでいます。
・「スポーツ」
 幼い頃から、主にサッカーと野球を“する・観る”の両方で楽しんできました。が、最近はめっきり運動不足で、観る専門になってしまいました。

発表論文

“Little Portugal and the changing spatial structure of the Portuguese community in Toronto” Geographical Review of Japan Series B 88(1): pp. 1-22. February 2016.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geogrevjapanb/88/1/88_880102/_pdf

『北米都市の業務改善自治地区BID—トロントにみるローカルガバナンスとエスニックブランディング—』地理空間9(1):1-20頁.2016年6月.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jags/9/1/9_1/_pdf/-char/ja

“Toronto's Little Portugal: gentrification and social relations among local entrepreneurs” Urban Geography 38 (4): pp. 578-605. April 2017.
http://www.tandfonline.com/eprint/9EXgazevjPFzeRJ9uxRJ/full

『奄美大島におけるIターン者の選別・受入を通じた集落の維持—瀬戸内町・嘉鉄にみる「限界集落論」の反証—』E-Journal GEO 13 (1):50-67頁.2018年3月.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejgeo/13/1/13_50/_pdf/-char/ja


図書
『移民社会アメリカの記憶と継承―移民博物館で読み解く世界の博物館アメリカ―』学文社.2018年3月.矢ケ﨑典隆編.(第5章,第5章コラムを執筆)
https://www.gakubunsha.com/book/b357746.html

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