1.研究の目的・意義・解決すべき課題等 |
瀬戸内海は国内最大の閉鎖性海域である。その周辺には臨海工業地帯を有し、約3,000万人が住み、漁業生産、工業生産、海上交通および観光の場として重要である。この海は人間活動と密接に係わっており、「環境管理の実験海域」とも言われてきた。高度経済成長期には著しく富栄養化が進行し、「瀕死の海」と呼ばれるまで瀬戸内海の環境は悪化していた。このような状況下で、1973年に瀬戸内法が制定され、水質を中心に環境改善の努力が続けられ、その結果、赤潮発生件数の減少に代表されるように水質はかなり改善された。
しかし、瀬戸内海がきれいになった一方では、イワシ類やアサリ等の漁獲量は低迷を続け、特に、養殖ノリの収穫期である冬季に栄養塩が不足してノリが色落ちし、最盛期に比べて1/3程度まで生産量が減少するという深刻な問題が起きている。
近年の海水中の栄養塩濃度の急激な減少の要因とそのメカニズムを明らかにすることは、ノリの色落ち対策を立てる上でも、また、植物プランクトンを餌とするイワシ類やアサリ等の漁獲量の低迷要因解明とその対策をたてる(水産業のための適正な栄養塩濃度の設定)うえでも、非常に重要であると考えられる。
本研究では、以上のような、近年の瀬戸内海に見られる栄養塩異変の原因について、陸域からの栄養塩負荷量の見積もりや、干潟・藻場が栄養塩循環に及ぼす役割など総合的に解析する。さらに、近年の栄養塩濃度の減少(ノリの色落ちに代表される)が、海洋生態系の低次栄養段階の生物(植物プランクトンの生物量と種組成など)に及ぼす影響、また、適切な栄養塩管理について検討する。また、将来に向けて、健全な栄養塩循環のために、干潟や藻場が沿岸海域の栄養塩循環に及ぼす役割を明らかにし、その保全利用法についても研究、提言する。さらには、近年の研究対象海域における低濃度の栄養塩濃度下でも、効率良くノリ養殖ができるような方法についても検討・提言する。
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2.年度別の具体的な到達目標及び研究実施計画
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平成22年度
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【到達目標】
①瀬戸内海東部海域での調査の実施
調査を実施、栄養塩データ取得、データ解析の開始
②原単位法によるN・P負荷量の見積もり
原単位法によるN・P負荷量の見積もりのためのデータ収集、解析の開始
③干潟・藻場の生物機能(栄養塩循環に及ぼす役割)の解明
干潟・藻場の調査、人工浮き藻場の検討
④効率的なノリ養殖法の検討
効率的なノリ網の張り方等の検討
⑤干潟域保全利用の方策の検討
現地調査、他の地域の事例調査、地元の香川県や高松市などとの検討会議
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【研究実施計画】
沿岸海域の栄養塩濃度調査
瀬戸内海東部海域(播磨灘)で、定点観測を実施する。同海域において、栄養塩濃度、植物プランクトンの生物量およびその種組成について観測を実施する(一見・多田・山口)。さらに、過去のデータとの比較検討にも着手し、長期的変動について解析する。
原単位法によるN・P負荷量の見積もり
瀬戸内海東部海域で、瀬戸内海を代表すると考えられる河川を選定する。原単位法によるN・P負荷量の見積もりを行うためのデータ(流域面積、人口、河川流量、河川のN・P濃度など)の収集を行い、見積もり計算を開始する(石塚)。
干潟・藻場が沿岸海域の栄養塩循環にはたす役割の解明
高松市郊外の新川・春日川河口干潟において、定点観測を実施し、溶存物と懸濁物、および有機物と無機物等の各態窒素・リンの調査を実施する。また、干潟の微細藻類(主に珪藻類)や大型藻類(毎年この干潟に多く見られるアオサ類など)に注目し、その出現種やそれらの増殖生理について検討する(一見・東江)。また、アマモ類の栄養塩循環にはたす役割について明らかにするために、アマモ藻場の調査を実施するとともに、アマモの増殖生理研究のための人工浮き藻場を用いて実験を行う(多田・井面)
効率的なノリ養殖法の検討
低濃度の栄養塩のもとでも、より良質のノリを生産するため検討の第一段階として、ノリ養殖場の潮流の把握を行う。潮流観測結果を踏まえ、適切なノリ網の張り方を検討する。数値実験と模型を用いた室内実験を実施する(末永)。
干潟域の保全と利用
高松市郊外の新川・春日川河口干潟において、上記の調査研究の成果をアピールしつつ、この干潟を、健全な栄養塩循環の維持のために、将来に向けて保全・利用してゆく方策を検討する。本干潟の実状調査、他の地域の事例調査(大坂市野島公園など)を実施する(中山)。本干潟の保全・利用の実現に向けた条例のあり方を検討するとともに、香川県、高松市の関係部署と協議する(三野・中山)。
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平成23年度
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【到達目標】
①瀬戸内海東部海域での調査の実施
調査を継続、栄養塩データ取得・解析
②原単位法によるN・P負荷量の見積もり
原単位法によるN・P負荷量の見積もりとその解析。
③干潟・藻場の生物機能(栄養塩循環に及ぼす役割)の解明
干潟・藻場の生物機能の解明、人工浮き藻場の有効性の実証
④効率的なノリ養殖法の検討
効率的なノリ網の張り方等の検討
⑤干潟域保全利用の方策の検討
地元の自治体などとの協議と提言
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【研究実施計画】
沿岸海域の栄養塩濃度調査
平成22年度に引き続き、栄養塩濃度、植物プランクトンの生物量およびその種組成について観測を実施する(一見・多田・山口)。また、平成22年度に引き続き、観測で得られた結果と同海域の過去のデータを合わせて解析する。特に、平成23年度は植物プランクトンの種組成の変化と栄養塩濃度変化との関係について検討する(多田・一見・山口)。また、河川から負荷された栄養塩の湾内における行方について、水温・塩分分布と潮流データから推定する(多田・山口)。
原単位法によるN・P負荷量の見積もり
平成22年度に引き続き、瀬戸内海東部海域で、原単位法により河川からのN・P負荷量の見積もりを行う。同時に、河川の過去のN・P負荷量の見積もりを行うためのデータを収集し、過去のN・P負荷量の見積もりも行うとともに、負荷量の歴史的変化を明らかにする(石塚)。
干潟・藻場が沿岸海域の栄養塩循環にはたす役割の解明
新川・春日川河口干潟において、定点観測を継続し、得られた観測データを解析する。また、干潟の微細藻類や大型藻類の出現種やそれらの増殖生理について検討し、その栄養塩循環に及ぼす影響を明らかにする(一見・東江)。また、アマモ藻場の調査を継続し、アマモ類の栄養塩循環にはたす役割についても明らかにする。アマモの増殖生理研究のための人工浮き藻場の有効性を実証する(多田・井面)。
効率的なノリ養殖法の検討
ノリ養殖場の潮流観測結果、数値実験および、模型を用いた室内実験の結果を踏まえて、ノリ養殖場において現場実証実験を実施する(末永)。
干潟域の保全と利用
高松市郊外の新川・春日川河口干潟において、上記の調査研究の成果を踏まえて干潟の重要性をアピールしつつ、この干潟を、健全な栄養塩循環の維持のために、将来に向けて保全・利用してゆく方策を検討する。地元自治体と協議し、条例制定のための具体的な方向性を提言する(中山・三野)。
まとめ
以上の結果を総合して、瀬戸内海における近年の栄養塩濃度減少(栄養塩異変)の原因を明らかにする。また、この栄養塩の減少が、ノリの色落ち、植物プランクトンの生物量や種組成に及ぼす影響、さらには、適切な陸域からの栄養塩負荷、湾内の栄養塩管理について提言する。また、将来に向けて、健全な栄養塩循環のために、干潟や藻場が沿岸海域の栄養塩循環に及ぼす役割を明らかにし、その保全利用法についても研究、提言する。また、近年の低濃度の栄養塩濃度下でも、効率良くノリ養殖ができるような方法についても検討・提言する。
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【研究組織・チーム瀬戸内海】
研究代表者:多田 邦尚 農学部・教授
研究分担者:中山 充 連合法務研究科・教授
三野 靖 法学部・教授
末永 慶寛 工学部・教授
石塚 正秀 工学部・准教授
井面 仁志 工学部・教授
一見 和彦 瀬戸内圏研究センター・准教授
東江(野村)美加 農学部・准教授
山口 一岩 農学部・助教
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