瀬戸内圏研究センターSeto Inland Sea Regional Research Center
香川大学瀬戸内圏研究プロジェクト

瀬戸内圏の地域文化の発見と観光資源の創造

1.研究の目的・意義・解決すべき課題
 多島海である瀬戸内海の美しさを評価し、我々の見慣れた景観を、別の視点で見ることを気づかせたのは、江戸末期に訪れたヨーロッパ人であった。美しさに惹かれ、瀬戸内海が世界で最もパラダイスに近い風景であると紹介する記事もあった。この視点は現在の瀬戸内海国立公園の設立に結実していった。私達も現在の瀬戸内海域に、歴史や文化・地域・社会システムという学問による視点を与えることにより、今あるものを違った観点から評価し、広い意味で人を引きつける観光資源になるよう、研究をつなげていきたいと考えている。
 瀬戸内圏には古い時代から人が住み、海に接する地域特有の生活から生まれた文化の蓄積がある。例えば島嶼においては、狭い地域に限られた資源を島の住民がうまく使うための社会のシステムがあった。また瀬戸内は日本というレベルで、大量に物資を運搬する海運の要衝であった。海域がそれによって大いに栄えた時代もあった。今回の研究では、まず文化や社会システムのフィールド調査による実態の掘り起こしを目的としている。古代の海路で流通したサヌカイトや島嶼で行われる島遍路の習俗や墓地制度の実態を考えている。島であるが故に、また海に面しているが故に、形成された社会・教育や習俗、島の人の環境認識と環境教育など、島嶼・海岸域に住む人の生活の一端を抜き出したいと考えている。
 さらに、瀬戸内の観光資源として、その活用の面も考えている。海の見える景観の利用方法、また観光者の観光地等での観光に関する意識の調査も含めて考えたい。島嶼での観光に学生と教員が主体的に関わり始めた「直島プロジェクト」などを、様々なレベルでの人の行動に対しての考察する研究も含んでいる。観光資源を発見しそれを現代にマッチする形で提示したいと考える。
2.年度別の具体的な到達目標及び研究実施計画
 瀬戸内海地域が他地域と区別される点は、内海多島海という自然環境特性である。この自然環境に適応する形で人々の生活が確立されてきた。この地域の特性を参加メンバーの研究課題を緩やかに結びつける形で統合して瀬戸内海地域に形成された地域の特性を考える。具体的には次のような研究目標を考えている。
平成20年度: 【到達目標】
 稲田:香川県島嶼部の両墓制墓地の現在の状況の調査を行う。
 丹羽:瀬戸内域の原始古代のサヌカイトの流通を中心とした歴史文化の復元
 大賀:瀬戸内海島嶼の島四国の実態調査
 室井:島嶼部における環境教育の実地調査による現状把握
 古川:直島を訪れる観光客に対して意識調査を行い、直島に対する満足・不満足について明らかにする。
 金 :瀬戸内海沿岸における農村景観利用実態の基礎的調査
【研究実施計画】
稲田:香川県島嶼部の両墓制墓地を過去に行われた所も含めて全地域の調査を行う。島嶼部の両墓制墓地の現在の分布図を作製する。
丹羽:坂出市・金山の発掘調査によってサヌカイト原産地の石器生産活動を復元する。
大賀:香川県島嶼部や他県の島遍路の調査を行い島による習俗や実施の違いを調査する。
室井:直島諸島の直島と豊島を対象とした実地調査を行う。両地域とも環境学習を主眼とした外部交流、観光事業の取り組みで注目を集めている地域であるため、この点に関する現状と課題について関係者(住民、行政)にヒアリングを行い、関連資料を収集する。またそれを踏まえて、次年度実施予定の質問紙調査の調査票を作成する。
古川:直島を訪れる観光客に対して、直島-高松間の船上でアンケート調査を行い、直島の観光資源、観光商品、サービスなど、商品としての「直島」について、満足・不満足を明らかにする。また、比較研究を行ううえで必要な先進事例地での調査を行う。
 :マスツーリズムの代わりに注目を集めている、いわゆるニューツーリズムの中核である自然を楽しむ新しい観光形態は、今後さらに拡大するとの見方が一般的である。しかし、受入側である地域における受容態勢は不十分な状況が続いている。今後の需要拡大に備え、県内の好景観地域の分布および現在の利用状況等の実態分析が必要とされる。そこで、これまでの研究で明らかになった条件に合う地域を対象に調査を実施する。具体的には、GPSやGISを利用した分析に使えるデジタルデータの収集を兼ね、延べ2週間ほどをかけ現地に調査に出かけることを考えている。沿岸地域を景観や周辺の遊休地の利用可能性などの要因別に区分し類型化を行い、今後の中長期滞在地への空間利用転換可能性の検討のための基礎データ収集を行う。また、先進事例地における空間利用調査やヒアリング調査のため、2回の出張を計画している。(先進事例地に、日本海を望む沿岸好景観地の利用が好調な京都府舞鶴市を考えている:香川県と諸条件が似ているため)
平成21年度: 【到達目標】
稲田:瀬戸内地域の島嶼と沿岸に住む人が死者をどう扱ってきたのかについて両墓制を素材に考察する。また現代の変化の要因についても考察する。
丹羽:サヌカイトの観光資源としての開発を考える
大賀:スピリチュアル・ツーリズムについて提言する。
室井:質問紙調査の実施および分析を通して、直島と豊島の居住環境や環境教育事業の現状と課題を明らかにする。
古川:平成20年度に引き続き、直島を訪れる観光客に対して意識調査を行い、直島に対する満足・不満足について明らかにする。
金 :瀬戸内海沿岸における農村景観利用および観光者の行動調査
【研究実施計画】
稲田:香川県沿岸域の調査を加えて、現在の島嶼域の社会生活の変化等の観点から、墓地文化の変化を考察する。
丹羽:サヌカイトは現在楽器として開発され、一般にも知られている。楽器と石器、現代と原始古代の文化の融合、その方法を検討する。
大賀:小豆島、粟島、伊吹島、伊予大島、弓削島の島四国の実態調査およびデータの解析を行う。
室井:直島と豊島を対象に郵送法による質問紙調査を実施する。上半期中に調査票を発送、回収し、下半期は、これまでに実地調査で得た知見と絡めて、データの分析に専念する。必要に応じて、補足的な現地調査を行う。
古川:平成20年度に引き続き、直島を訪れる観光客に対して、直島-高松間の船上でアンケート調査を行う。この目的の1つは、直島の観光資源、観光商品、サービスなど、商品としての「直島」について、時間変化にともなう観光客の満足・不満足の変化を明らかにすることにある。また、目的のもう1つは、平成20年度実施の調査結果を受けて、そこで明らかとなった問題点について、より深く考察することにある。さらに、調査により明らかとなった問題点について、先進事例地との比較検討のための調査を行う。
金 :平成20年度に行った地域空間利用の実態調査をベースにした上、同地域および隣接する地域に来訪する観光者の行動を調査する。好景観を楽しむ観光者の特徴は、長期滞在と滞在地周辺での回遊行動が挙げられる。そのため、香川県を代表する観光地までの観光行動との関連や滞在する間にみせる行動特徴を調査し、地域別の特徴を明らかにしたいと考えている。そのため、観光者の行動を正確に分析するためGPSを利用した行動調査を数回にわたり、調査を行うことを考えている。また、調査・研究をまとめるため必要とされる追加調査で先進事例地への追加調査も実施することを計画している。

 この研究では、個々のメンバー自身の目標は明確に設定されているが、全体的な視野からの展望を失わないように心がけることが必要である。そのため、メンバーによる全体的な問題把握、そして最終的な目標である、地域特性の解明、それを観光資源につなげて考えるための討論を何度もおこなう必要があると考えている。
 瀬戸内海地域の他地域との違いは私達の感性の点では把握できる。しかし、それを個々のメンバーの立脚する学問の問題として分析的に明らかにすることにより、他地域、または他の現象との差異を考えることができる。特に人文・社会科学の分野で現象を調査し、その特性を明瞭に把握することにおいて多くの要素が複合的に絡み合っていることが予想される。ここに他領域の人とチームワークを組んで研究することに大きな意義がある。瀬戸内海地域の特性を考えること、そのことは瀬戸内海地域の魅力を考えることにつながる。他地域に住む人には瀬戸内海に興味を持ち、そこに訪れたいと思う誘因になる。私達は学問成果を観光資源として考えることができないかと考えている。調査により得た結果を、地域に提案したいと考えている。
【研究組織】
 研究代表者:稲田 道彦    経済学部・教授
 研究分担者:丹羽 佑一    経済学部・教授
          大賀 睦夫    経済学部・教授
          室井 研二    教育学部・准教授
          古川 尚幸    経済学部・准教授
          金  徳謙     経済学部・准教授
リーフレットPDF(約1.30MB)