瀬戸内圏研究センターSeto Inland Sea Regional Research Center
香川大学瀬戸内圏研究プロジェクト

干潟を含めた浅海域の生態系研究

 香川県沿岸は海面養殖発祥の地であり、水産養殖が盛んな反面、過去の赤潮被害は大きく、また近年はノリの色落ち問題に苦しんでいる。そこで、これまで赤潮研究・干潟研究で実績のある香川大学が、地元自治体など連携し、干潟を含めた浅海域の生態系について理解し、「海のゆりかご(魚の産卵場、幼稚魚の生活場)」とも言われる干潟が、浅海域に果たす役割を明らかにする。さらに、「好漁場は浅海から」のコンセプトのもと、水産養殖場の環境管理も含めて、地元水産業の活性化を考えるとともに、浅海域の生態系をどのように守り維持していくかということを、自然科学および社会科学の立場から追求し、情報発信、政策提言を行う。
 本プロジェクト研究は、干潟域を含めた浅海域について、その生態系や環境保全だけでなく、地元の基幹産業である水産業の視点からもその将来(現状と未来)を考えることを目的としている。さらに、浅海域の環境とそこに生息する生物、あるいは水産環境に関する総合的な分野横断型の研究を、地元の自治体などとの連携研究により実施するものである。なお本研究は、平成20年度文部科学省・連携融合事業(3年間)に採択されており、その一環としても実施される。
具体的には、下記の4つの研究課題に取り組む。
1.干潟域の生物生産と物質循環
2.藻場・干潟域の植物の生物機能
3.浅海域の生物生産環境の長期・短期的変動
4.浅海域の環境保全
 現在、干潟域を含めた浅海域の生態系とそこに生息する生物、あるいは水産環境に関する総合的な分野横断型の研究は、非常に限られている。特に、干潟を含めた浅海域の生物と化学の境界領域の研究、さらには物理過程も含めての研究については、関連学会である日本海洋学会や日本水産学会等の学会においても、実施している機関は見当たらない。従って、干潟を含めた浅海域の生態系あるいは生物機能を明らかにし、地元自治体とも協力して、その保全をどのように行い、かつ、地元水産業の活性化をいかに図るかという問題が、解決すべき課題である。
 本研究プロジェクトは、下記の10名よりなる研究者集団、「チーム瀬戸内海」により実施されている。
【研究組織「チーム瀬戸内海」】
 研究代表者:多田 邦尚    農学部・教授
 研究分担者:田島 茂行    農学部・教授
          田村 啓敏    農学部・教授
          中山  充     連合法務研究科・教授
          末永 慶寛    工学部・教授
          石塚 正秀    工学部・准教授
          井面 仁志    工学部・教授
          一見 和彦    瀬戸内圏研究センター・准教授
          山田 佳裕    農学部・准教授
          東江(野村)美加 農学部・准教授
以下、本プロジェクト研究で取り組む4つの研究課題について紹介する。
1.干潟域の生物生産と物質循環
 平成17・18年度に実施されたプロジェクト研究(チーム瀬戸内海)により、干潟域の付着性および浮遊性微細藻類が、極めて高い増殖ポテンシャルを持っていることが明らかになった。これらの藻類は、干潟生態系を支える重要な役割を担っていることが予想される。そこで本研究では、微細および大型藻類についての光合成活性を測定し、その栄養塩類の吸収・固定量についても評価する。
 また、現在、干潟域でアサリが何を主な餌としているかはわかっていないが、おそらくこれらの微細藻類を餌としていると予想している。そこで、アミノ酸組成を指標として、その主な餌を特定する。
 更に、年間を通して干潟調査を実施するとともに、アミノ酸組成を指標として、干潟域の食物連鎖構造を明らかにする。また、干潟域の生物を支える微細藻類の一次生産量の見積もりを行う。それらの結果を通して、干潟域の低次生産の特徴を明らかにするとともに、生物活動に伴う栄養塩類(N、P)の挙動や食物連鎖過程における干潟の生物による浄化作用を明らかにする。
2.藻場・干潟域の植物の生物機能
 干潟は、時間とともに干出と水没を繰り返し、塩分、水温変化が激しく生物にとってはかなり過激な環境である。干潟域に生息する生物には、この過酷な環境変化に耐える特別なメカニズムが備わっていることが予想される。昨年度までに、チーム瀬戸内海は、アナアオサが干潟域の波打ち際で乾燥するとその形態を変化させ、逆に干潟域のアオサが満潮時に海水中に戻るとその形態を元に戻すこと、および、このような環境の変化に適応するためにグリセロールを浸透圧調節として蓄積している可能性が高いことを明らかにした。そこで、本研究では環境の変化に適応した干潟域に生息する微細・大型藻類の環境ストレス耐性(乾燥ストレス、塩ストレス)とそのメカニズムについて生理学的解析を試みる。
 また、藻場の代表的な藻類であるアマモの増殖生理(発芽条件や増殖に及ぼす環境要因)や、その栄養塩吸収機構(葉と根から栄養塩を吸収するとされている)を明らかにする。また、さらに、アマモは種子中に硫化物臭をする特異な物質を持っているが、その物質の化学同定を行う。
 アマモ場研究のための、実験用小型アマモ場の作成や、アマモ場観察システムの開発し、人工験用アマモ場を用いた実験や観察の実際とその活用法について提言する。
3.浅海域の生物生産環境の長期・短期的変動
 近年、漁業者から「海に力が無くなった」という声をよく耳にするが、これは、香川県沿岸では冬季の栄養塩不足による養殖ノリの色落ち被害などに代表されるように、その環境が変化してきたことに原因があるということが指摘されている。そこで、香川県沿岸海域の水質や植物プランクトン量の季節的変化(短期的変動)や、10年以上の長期的変動傾向についても明らかにする。
 また、瀬戸内海の特徴でもある海底まで太陽光が到達し海底でも光合成可能な海域、および、灘と瀬が連続した海域における植物プランクトンの増殖メカニズムについて検討する。
 さらに、香川県は降水量が少なく、水資源が乏しいため、河川流域では盛んに水利用がなされ、水循環が改変されている。そのため、河川における水質形成、河川-海洋における物質循環に他の地域にはみられない異変がおきている。河川から海への栄養塩供給量の年間変動の結果を解析し、さらに、香川県における水環境を総合的に考え、流域の水文環境と物質循環のメカニズムを明らかにする。河川から海への栄養塩供給(N、P)について、その供給の不連続性と、その供給形態(有機態か無機態)について調べ、海域への物質供給の実態を明らかにする。さらに、沿岸域の水産養殖場の環境保全について、特に、魚類養殖場の底質について調査する。
4.浅海域の環境保全
 浅海域では、必ず開発行為が行われており、それに伴う海域環境影響評価が必要となる。例えば、現在、大地震への対応としての港の整備が進められ、大型船の進入・停泊のための浅海域の浚渫工事が盛んに行われている。この浚渫工事に伴い発生する濁水中の粒子の広がりについて明らかにする。
 さらに、浅海における開発行為に伴う環境影響評価として、本研究で得られた結果をもとに、他海域においても活用できるような、海域特性に応じた物質輸送メカニズム分析の構築を行う。
 一方、我々チーム瀬戸内海のこれまでの研究から、高松市郊外の新川・春日川干潟が、非常に生物生産性の高い干潟であることが明らかとなってきた。この干潟を、地元自治体がどのように保全・活用していくことができるのか検討することが重要である。
 即ち、高松市郊外の新川・春日川河口干潟は、生物が豊富であり、香川県が条例を制定して干潟特別保護区を指定することなどにより、この河口干潟の環境を保全するとともに、市民の憩いと環境学習の場として活用することが望まれる。そこで、里海の観点から、そして環境共同利用権の概念を用いて、そのような条例の制定や干潟特別保護区の指定について法的問題点を検討し、瀬戸内海環境保全特別措置法に定められる自然海浜保全地区制度、自然再生法など既存の法制度の適用と改善を図り、あるいは新たな法制度の構築を試みる。
リーフレットPDF(約1.27MB)