瀬戸内圏研究センターSeto Inland Sea Regional Research Center

平成23年度 香川大学瀬戸内圏研究センター学術講演会
 小路 淳氏 「海の「ゆりかご」藻場がはぐくむ瀬戸内海の魚たち」

【講演内容】      
 広島大学の小路と申します。よろしくお願いします。      
 演者の私がこういうことを言ってはいけないかもしれないのですが、今日の午後、すでに3人の先生からご発表がありました。私自身も最初から興味深いお話を伺いまして頭がいっぱいといいますか、新しい知識をだいぶいただきましたし、感動もしました。皆さんも、もしかするとかなりお腹いっぱいのような状況になっておられるかもしれませんが、気楽に聞いていただけたらと思います。      
 
 私は普段海の中のこういった藻場に住む魚を相手に研究をしています。今日はこのような立派な会場で他の先生方と一緒のメンバーに加えていただき、発表の機会を作っていただきましたことを心より御礼申し上げます。本城先生、それから関係のスタッフの皆さん、どうもありがとうございました。では早速発表に入らせていただきます。 


 最初に簡単に氏素性だけでも明らかにしようかと思います。
 普段は広島県の竹原という所にあります、広島大学の水産実験所に勤務しています。竹原はご存知の方もいらっしゃると思いますが、こういった古い町並みの保存地区があって、お酒造りなんかでも有名な所です。中には「メバルの里」といいまして、バス停の名前が、あるいは町の地名がメバルという所もあります。「魚へんに休む」と書いてメバルと読みますが、地域ぐるみで藻場を大事にして地域の活性化に繋げようとしているところもあります。私の仕事はメインキャンパスでの講義もしていますが、夏休みになると水産実験所で学生さんのお世話を泊りがけでさせていただいています。

 イントロがてらにこういうスライドを作ってみました。私自身が香川県に対して持っているイメージと、それから今日の講演の中身とうまく皆さんの知識が繋がればと思ったわけですが、香川県は県外の人間にとっては讃岐うどんが非常に有名です。今日も多田先生や本城先生とお昼を食べに行って、聞いてみると、やはりイリコだしが使われていると教えていただきました。まんざら魚とうどんの繋がりが0ではないなと思います。
 あとは天ぷらやかまぼこに地元の魚を使っている会社もたくさんありまして、我々がスーパーで目にしない、あまり刺身とか焼いて食べないような魚、エソとかグチとかが加工場に運ばれて、そこですり身になって登場する。そういう形で我々の口に入っていることも多いにあります。

 もう1つ有名なのは、ハマチの養殖で、香川県東部の引田という地域が発祥だと言われています。各県がいろんな魚を県魚にしていますが、おもしろいことに香川県は県の魚がブリという魚の正式名称ではなくて、出生魚の途中の段階のハマチであるという点で、非常にユニークな県です。全国で当時は4位のシェアを占めていまして、県の中では海面養殖や生産額の3分の1を占めて、まさに香川県のシンボル的な魚と言えます。

 少し話が脱線しましたが、何が言いたかったかといいますと、ハマチの養殖は難しくて、特に卵を産ませて小さい段階まで育てるというのが当初は非常に困難でした。近年、手法は確立されていますが、昔は天然の稚魚ですね、モジャコを海で取る専門の漁師さんがおられて、それを買って育てる。そのモジャコが生息しているところは藻場が切れて水中に浮かんだ藻、流れ藻です。流れ藻はこういう風に潮目になっているところを漂っていて、大きな網ですくって、モジャコを集めて売るということもなされています。
 そういう意味では香川県の魚を藻場が育てているという、強引な繋がりかもしれませんが、私の藻場の講演を聞いていただけたらと思います。

 もう1つ繋がりという意味から。今日、私を含めて4つの講演がありますが、それをうまく繋げられないかなと。こういう話しをすると聞いていただいた方も少し納得して帰っていただけるのではないかなと思って考えました。
 まず1つ目です。それぞれの先生方のホームページから頂いて、この場限りで使わしていただいているのですが、福岡先生から食や健康のお話がありまして、私も衝撃を受けました。例えば栄養を取る時にバランスという言葉がありましたが、お魚だとか海藻サラダなんかを女性の方に食べていただくことで、海も貢献できるのではないかと考えます。
 それから神田先生の方からはレジャーですね。観光、それから教育、あるいは海を見るのが好きだという人は、そこに海があって見に行くだけで心が癒されて、そのために駐車場代を払うとか、そういう意味ではこれは後で説明しますが、文化サービスというものに当ります。そういった意味では海の貢献というのは非常に大きいですね。
 それから古賀先生からも有明海の貴重な生き物、もちろん食べる上でも大事ですが、そこにしかいない生物が有明海にはたくさんいます。こういったものは生物多様性なんていう言葉を最近使います。このように海の生き物というのは我々の食ですとか文化的なことですね、それから自然環境、生物多様性といった大事なものを持っていることでこれらを含めて生態系サービスと言います。これについても今日の講演の中で少しお話したいと思います。あと、藻場と魚も大事な要素になっています。

 今日のアウトラインですが、大きく分けると3つに分かれます。ほとんどがこの部分ですけど、タイトルにもありますように魚を育てる藻場の役割というのを最初にご説明します。それから今申し上げました生態系サービスをご紹介します。最後に我々が行っている、なるべく広く環境をみる、長く海をみる、そういう姿勢についての最近の知見を紹介します。
 瀬戸内海というのは非常に風光明媚で、私が非常に好きな香川県の写真の1枚で、皆さんご存知だと思いますけど、銭形砂絵です。昔時代劇で「銭形平次」という今から考えれば叱られるような、コインを投げて悪者をやっつける時代劇がありました。私も好きでよく見ていましたが、今は研究でこういった浜に来ることになりました。まさかそれが香川県にあるとは知りませんでした。我々が見れば分かるのですが、こういった所にたぶん藻場があります。今日はみなさん陸から普段海を見られていると思いますが、こんなふうに水中に潜ったつもりになってこれからの私のスライドを一緒に見ていただければと思っております。

 最初に藻場についてご説明します。実は藻場には2種類あります。大きく分けるとどちらも「かいそう」と書きますが、こちらは「海草(うみくさ)」と読みます。こっちが「海藻(かいそう)」ですね。どちらも海の中で繁茂して陸上の森林のような様相になったものを藻場と呼ぶと定義されています。ですからこちらはどちらかというと英語でseagrass、これは海の草原という意味ですね。牧草とか草原に例えられます。こちらの方は海の森とか海の林に例えられます。

 海草の方は実は海で進化したのではなくて、陸上にある稲のような植物がだんだんと海に進んで、今の海草藻場を構成するようになりました。ですから、これ高校の時に私も習ったのですが、根と茎と葉と、維管束と言いまして栄養や水分が通る束があるんですね。我々が食べるとお腹を壊しますけれども、ジュゴンですとかマナティなんかはこの海草、アマモを直接食べることができます。アマモとかコアマモが非常に有名で、砂とか泥の底の内湾の波の穏やかな所に藻場は形成されます。
 一方、海藻の方は食にも関係しますし、緑藻、紅藻、褐藻なんかがあります。今日、ひじきを食べてこられた方もいらっしゃると思いますが、我々が食べるのはこちらの海藻の方ですね。英語では海の雑草という意味ですけど、あんまり良い言葉ではありません。seaweedとか、あとはalgaeといいます。algaeは植物プランクトンって意味がありますが、それが大きくなったもの、進化の過程でこちらは海で元々進化した植物なのでmacro-algaeなどと言われます。このように両者は全然違うところから進化してきたということを覚えていただけたらと思います。

 今度のスライドで、藻場自慢ではないですけども、藻場がどのくらいすごいかということを図にして皆さんに分かっていただきたいと思います。
 これは熱帯雨林です。きれいな鳥がいたり、いろんな果物があったり生産性の高い所と言われていますが、その熱帯雨林とアマモ場とを比べてみます。地球上の平均ですけども、現存量、すなわちある面積にどれだけの樹木、葉っぱがあるかということを比べると100対 1で、藻場は全然及びません。ところが生産量、1年でその面積でどれだけ伸びるかということで比較してみますと、熱帯雨林には確かに樹木はありますが、伸びている部分というのはそんなにはないですね。ですからこれで勝負すると2対1となり、大分追いついてきました。
 最後にこれは少し偏った計算の方法かもしれませんが、例えば生き物の成長を比べる時に、ゾウとネズミではどちらが成長早いか、と言われてもなかなか分かりにくい。そういう時には体重で割って成長速度を計算するという手法を研究者はよく使います。それで計算しますと、アマモ場の方がそんなに草木は生えてないけれども、この割合からみて生え変わる率が非常に高いので、熱帯雨林に対して50倍ぐらいの生産速度という見方もできます。こんなふうに見かけは葉っぱだけなんですが、生産速度が非常に速い場所であるということをお分かりいただけるかと思います。


 次は瀬戸内海のお話をします。瀬戸内海は日本の内湾域で藻場とか干潟が世界のトップクラスの生産力を誇っています。先ほど、話のあった有明海と並べて瀬戸内海、それから海外の名だたる湾で、チェサピーク湾、北海、バルト海、地中海です。これらの海域で1年間、1km四方でどれくらいの水揚げがなされているかということで比べると、日本の内湾はトップクラスです。他と大きく差を開けて生産量が圧倒的に高いです。これにはいろいろ理由があります。1つは陸からの栄養供給が豊富であることです。

 ただ瀬戸内海はその名前の由来でもありますように、狭い瀬戸といわれる部分が所々にあって、そこで速い潮流が生まれます。一般的に、水中の有機物は一度海に入ったら底に沈みますが、瀬戸内海の場合はこれが潮流の力でもう一度巻き上がります。こういうのを鉛直混合とか再懸濁と言います。それをプランクトンが食べて、それを魚が食べるという、非常に効率的な生産の仕組みがあります。さらには、昔から日本の漁師さんたちは工夫を凝らして集約的な漁業をされているので、こういった高い生産率につながっているとも言えます。ぜひですね、瀬戸内海の生産量は世界一であることを心に留めて帰っていただけたらなと思います。

 ここからは藻場の話へとシフトします。
 これは香川でも広島でもなく山口県周防大島という所の藻場の写真です。瀬戸内海は透明度が低くて、柏島の10分の1くらいの透明度かもしれません。遠くまで見えずに藻場が見えなくなるところまで鬱蒼としていて、ちょっと幻想的な風景を見ることもできます。実はここに1匹魚がいるだけですけれども、こういう所で網を使ってサンプリングをしますと、実はこの中にいろんな魚が住んでいることが分かってきました。
  これがいつも調査をしている風景です。これは潮が引いたところの藻場です。ここを調査用の大きな巻き網を使いまして10m×10mのきちっとした正方形を作って、網を絞って口を閉じて、そこの中にいる魚を陸に上げて取るという、定量採集を行います。定量採集を行って、季節の違いとか場所の違いの変化を量として測ることを行っています。
 このスライドに挙げたのが魚ですね。例えばこれらはクロダイとかシロギスとか、ベラですね。キュウセンもいます。たった10m四方の所でも1年間続けていると、70種以上取れることが分かってきました。
 赤で囲んだのはメバルです。メバルは藻場には非常に多くいる魚なので「優占種」と言います。この魚について少し紹介していこうと思います。

 藻場の役割の1番目は種の多様性の維持です。どれだけたくさんの種類の魚がいるかということですけども、これは我々がフィールドにしている無人島です。こちらが砂浜、こちらが藻場になっていて、非常に近いエリアで藻場があるかないかの環境の違いを評価できるフィールドです。
 先ほど話しをしましたような方法で、統計学的に差を検出するために100㎡すなわち10m四方のエリアを、繰り返し4回ぐらい定量採集して比べてみますと、このように魚の数がやはり藻場で多かったり、そこに住んでいる魚の重量が多かったり、さらに倍ぐらい藻場の方で魚の種類が多いことが統計学的に有意な差で判りました。こういったことはいろんな場所を変えても同じような傾向が見てとれまして、やはりこれまで言われていたように藻場では魚の種類が多いということを、科学的にも実証することができています。

 先ほど言いました非常に多い魚、優占種であるメバルがどのように藻場を利用しているかというのを調べたのが、この図です。メバルは2月から3月ごろに藻場にやってきて、3月頃から数が増えて、4月ごろにピークになります。また夏にかけて個体数は減っていきますが、その間に体長2 cmで訪れたメバルが夏には8 cmぐらいまで成長します。メバルは、その間、藻場にあるエサを食べ続けており、比較的長い期間にわたって藻場を利用しているタイプの魚と言えます。
 他にはたまに藻場にやってきてすぐに出ていっていくような「偶来種」と言いますが、そういったいろんな形で藻場を使うタイプの魚もいます。このように藻場の2番目の役割は優占種や偶来種の住処です。

 藻場の役割の3つ目は餌場です。よく言われるのが藻場に魚が寄ってくるのは、隠れているのか、あるいはエサを食いに来ているのかということです。これは両方です。メバルの場合はエサを熱心に食べています。浮遊・群泳生活と書きましたけども、2 cmから8 cmの稚魚の時は浮かんでいまして、こういう粗い群れを作って藻場の上の方を泳いでいます。捕まえて胃の中を開けると、こんなふうに動物プランクトンのカイアシ類と呼ばれるものが9割以上を占めています。
 ところが次の年になって10 cmぐらいになりますと、今度は藻場から外れた所の底近くでこのように並んで上を向いてじっとしているんですね。それを捕まえてお腹を開けると今度はプランクトン食ではなくて、ヨコエビとかアミの仲間といった底にいる甲殻類を主に食べるようになります。だから少し藻場からは離れるけれども、非常に長い間藻場の周りにいて、そこからエサを得ていると言えます。

 もう1つの役割は隠れ家「シェルター」です。今日はもしかすると魚よりも陸上の昆虫とか動物にも興味のある方もおられるのではないかと思います。例えばナナフシという生き物は草むらの中に緑色のナナフシがいるとはほとんど分かりません。チョウチョウは裏と表で全然色が違いますね。羽の裏側は枯れ葉のような色をしています。こういったものを擬態と言います。
 魚にも実は擬態をしていると考えられるものがあります。これはコショウダイという魚ですが、大きい時には隠れる必要はないのですが、小さい時は海の中でいろんなものに食べられて死んでいきます。実はこれがコショウダイの正体ですけども、しっぽの部分が透明になってちょうどゴミが浮かんでいるようにも見えます。
 それからこれはカマスの稚魚です。親はどう猛でどちらかというと相手をやっつけて食べる生物ですが、稚魚の時はこんなふうに木の枝とかアマモといっしょに浮かんで波に揺られながら漂っています。このように、特に小さい時というのは魚の身を守る術というのを発達させています。

 
 藻場のシェルターとしての側面は、2つに分けられます。1つは遊びでいうとかくれんぼに近い、もう1つは鬼ごっこに近いものと考えていただけたら良いと思います。
 例えばヨウジウオという、葉っぱじゃなくて魚で、アマモの葉っぱに擬態していると考えられています。葉に付いていると他の生物から見つかりにくくなる、隠れるという点ですね。もう1つはタイとかメバルみたいにどう見ても縦縞も入っていませんし、藻には似てはいないのですが、藻の周りで生活しています。そういったものは捕食者に見つかった時、あるいは追いかけられた時に、鬼から逃げるような感じで藻場を利用すると言われています。だから単純にシェルターといっても2つの側面で効いているということが言えます。


 「ゆりかご」というのは英語で言うとnurseryというように訳されますね。病院の産婦人科ですと保育室があって、そこに英語で、あるいは空港に行くと赤ちゃんを置いておく部屋にナーサリーと書いてあります。これ途中で切るとナース、看護師さんのナースですね。我々は普段哺乳類の一部ですし、産んだ数の子どもというのは少ないですし、子どものケアを親がします。クジラなんかもそうです。子どもの数というのはそんなに多くないですね。
 ところが爬虫類のカメになると数百個の卵を産むものがあり、さらに魚類になるとマグロだと数百万、数千万、大きなマグロだったら1回でものすごい数の卵を産みます。特徴としては産みっぱなしです。人間はこういうことはできませんが、海の中でほとんどの魚は産みっぱなしにして、たくさん産みます。


 魚と藻場との関わりですが、今言ったようにマグロは数十万、数百万というたくさん卵を一回で産みますけれども、稚魚になる頃には1000分の1とか1万分の1ぐらいにまで数が減ります。結局、親になるのはオスとメス1匹ずつであれば、地球上の数が変動せずにキープされます。このように、毎年、毎年膨大な数の卵がいろんな所で産まれて、膨大な数が死んでいくことが繰り返されています。言わば産みっぱなしです。これとメバルを比較してみるとこういうことが言えます。

 実はメバルは赤ちゃんを産ますが、卵を産むのではなくて、メスの体の中で卵から孵った子どもが直接生まれてきます。こういうのを卵胎生と言います。交尾の時点では精子と卵ですけども、メスから生まれてくる時には仔魚の状態で生まれてきます。その数もマグロなんかに比べるとかなり少ないです。
 もし、親になるまで減る量がマグロと一緒だったらメバルはいなくなってしまいますね。だからどうしているかと言いますと、藻場などを使うことで稚魚の小さい時の死亡率をなるべく減らしているのです。結局は親になる数はマグロでもメバルでも一緒になります。こうしたメカニズムがあって、そこに藻場がゆりかごとして効いているという位置づけで見ていただけたらと思います。メバルは少なく産んで緩やかに減る。マグロなんかよりはどちらかというと哺乳類に近い、人間的な生活史を送っております。


 以上をまとめますと、最初に種の多様性という話をしました。砂浜のことをあまり説明していませんが、瀬戸内海の砂浜に行くと、ヒラメとかカレイとかハゼなんかがいます。ところが、そこに立体構造の藻場が出てくると住む魚の数も増えてきます。やはり合計すると魚の数、種の多様性というのが一気に増えるという仕組みがあります。続いて、餌とか生息場所を提供したり、シェルターとして機能するので、海の「ゆりかご」と言われています。
 今日はすべてをお話できませんでした。もし興味を持っていただけたならば、宣伝になってしまいますが、配付されている封筒の中に、最近出版された本のチラシを香川大のご厚意で入れていただいています。大きな本屋に行けばたぶん置いてあると思いますので、もしよろしかったら買ってください。とはなかなか言えませんので、立ち読みぐらいしていただけたら嬉しいなと思います。こういったところに興味を持っていただくのに、何か私の講演なり資料がお役に立てばなというふうに思っています。

 最初に少し触れました「生態系サービス」についてご紹介します。
 皆さんCOP10ってご存知ですか?去年の秋ごろ、丁度今ごろに名古屋で生物多様性条約締約国会議があって、日本が主催国となって開かれました。そこで議論されたのは地球上の生き物の多様性を守ろうとか、そういった生き物の生息場所をどうやって守っていくか、あるいは人間がどうやって利用していくかについて国の代表が集まっての会議でした。新聞やテレビでよく取り上げられていました。そこで議論になった生態系サービスですけれども、これは駅とかで配っているティッシュですけど、よくこういったものをもらったときに、「これサービスでもらったんだ」と言うと思います。

 実は我々の認識の中ではサービスというのは例えばサービス品とかサービス残業とか、無料でもらえるものとか無料でやり取りする行為や奉仕に使われますが、そうではなくて、生態学用語では例えば生態系が持っている機能、働き、役割として使われます。先に話したような、魚を育てる役割とか、そういったものを生態系サービスと言います。生態系の重要さを示す物差しとして、これから非常に重要となってくる指標になります。
 今日のお話の繋がりからもう1回復習がてら写真を載せましたが、例えば食とか健康、海から取れたものを我々は食べます。これは後で言いますが、資源供給サービスというものに相当します。あるいは神田先生のレジャーや観光などは文化サービスというふうに規定されて、それでいくらお金が落ちていくかということを計算することで、生態系のもつ経済価値というものを測ることもできます。
 このように、人間が自然から受ける価値、恩恵を生態系サービスと定義しています。

 生態系サービスを藻場で少し考えてみます。藻場には例えば陸から有機物が入ってきますね。こういった所に藻場が茂ることで水質を浄化したり、二酸化炭素を吸収したり、窒素固定したりします。これを下水処理場で行うとどれだけお金がかかるでしょう。これを生態系サービスでは計算することができます。あるいはここで取れた魚や海藻を売ったらどれくらいなのか。今、我々が直面している地球環境の問題とか食料の問題の解決に非常に直結する大きなテーマでもあります。
 余談ですけど、ここに石風呂と言いまして愛媛県とか広島県の一部にはまだ残っているんですけども、アマモを取ってきてですね、乾燥させたものをサウナに敷いて匂いを楽しんだり、アロマ効果があると言われています。こんなふうに文化の一部にアマモも貢献しています。

 これは東京大学の鷲谷いづみ先生が最近書かれた本からの抜粋です。生態系サービスは大きく分けるとこの4つに分かれます。
 今日お話いただいた先生方も生態系の役割から言えば、我々が食べる魚介類の生産である供給サービス、あるいは水をきれいにするような調節サービス、あるいはレクリエーションとか美的楽しみなどの文化サービスという、3つに分かれるんですね。それらを支持するような基盤サービスというものがあります。そこに樹木があったり藻場があったりする存在そのものを言います。このように生態系サービスは分けることができます。
 生態系サービスの話というのは元々陸上の樹木とか牧草とか、陸の生態系をもとに発達をしてきたので、まだ海の研究者でこれをしっかりと使っている人はいないと思います。しかし、これからますます重要になってくるかと思います。

 これはCostanzaさんというアメリカ人が10年以上前に「Nature」という雑誌に書いたデータをもとに作ったものです。1年あたり1ha、甲子園球場1個分ぐらいで、どれくらいの経済価値を生み出すかを縦軸にとって、横軸は河口、藻場、サンゴ礁、陸棚、陸水、陸域の生態系の森林、草地です。各場所が1年間に生み出す経済価値をグラフにしたものですが、藻場はトップクラスですね。河口と並んで地球上のいろんな生態系を含めた中で1番高いサービスを生み出しているのが河口と藻場です。
 特に強調したいのは、サンゴ礁とか熱帯雨林なんていうのは生物多様性が豊かで非常に大事だと言われていて、つい我々の目もそちらにいきますけども、地味な藻場とか河口が非常に高いサービスを生み出しているということがこの図から分かっていただけるかと思います。


 我々の藻場の研究では、魚を捕まえて長さや重さを測るなど、いろんなことをしていますが、結局どういうところを研究のゴールにするかというと、水産出身の私としては藻場がどれだけの魚を生み出しているか、という問いに答えられるような研究をやっていきたいなと考えております。


 これは広島の藻場で繰り返して調査をして推定した結果ですが、大体10m四方の藻場に4、5年に平均すると140匹ぐらいのメバルの稚魚が育っていくということが分かってきました。これはあくまで平均値ですけどね。そこにメバルが漁師さんに取られたり、病気で死んだりしてどれくらいの速度で減少していくかということを加味する。
 さらに、メバルは餌料で取引されるんですね。だから天然で稚魚が作られてそれを売った場合にどれくらいの値段になるかとか、まさに取れた時の親ですね、これを売る時の価格なんかを代入するとメバルを何歳で収穫すると1番儲かりますよ、という話もできるようになってきました。
 稚魚で収穫するとやはりまだ小さいので、そんなに売れなくて大体野球場1個分ぐらいで70万円ぐらいです。体が大きくなると、数が減っていきます。このバランスで2年目に収穫するのが最も経済価値が高いというふうなことが言えるようになってきました。


 これで藻場の供給サービスというのがまだあまり分かっていなかったんですけど、こういう値を入れることで先ほどの藻場の生態系サービスの価値が判ると思います。これに、実は魚の生産が入っていませんでした。我々が推定した値をそこに入れてやることで、少なくとも十何年か前に世界的な規模で推定された値よりもかなり藻場の経済価値が高いという試算値が得られてきました。さらにメバルだけでこれだけの値なので、他のいろんな魚を加味していくと、これはもっともっと高くなるではないかと思われます。いろんな場所で、いろんな種類でやることによって、パズルを埋めていくことができたらなと思います。
 そこで、瀬戸内海の他の場所でも試算することで、瀬戸内海がどれだけ価値があるのか、どれだけ他と比べて変わっているのかを評価できるので、全国でやっている調査の例を最後にお示ししたいと思います。

 今日は年齢層を気にしながらスライドを作ってきました。私なんかよりもずっと長くいろんな場所で魚や海を見られてこられた方がこられていたり、あるいは、「私は香川県の海を50年以上見てきた」なんていう人も恐らくおられるのではないかと思ってこういうお話を用意しました。やはり自然の研究をする上で、ある1ヶ所で1種類の魚だけを見るのではなくて、いろんな魚を見て、他の場所と比較をしたり、あるいは長く見続けるというスタンスが非常に重要で、そのような研究をしたいと普段から考えているところです。こうやってあちこちに行って魚の研究をしていると、その場その場でおいしい魚とおいしいお酒が飲めるという動機も裏にはあるのですが。

 この2年間で、石垣島から北海道の網走にまで行きました。全国のアマモ、藻場がある所を25ヶ所ぐらい回って、先ほど言いました同じ方法の調査を、繰り返し学生さんたちと行っています。南は石垣島、鹿児島、熊本、山口、広島、岡山、香川、和歌山、京都、神奈川、東京、それから津波の被害がありました宮城、岩手、北海道に広がっています。この調査の中で「日本一の藻場」はどこにあるのか、この言葉の定義は難しいのですが、単純な疑問で調査を始めました。例えば魚の種類であったり、魚の生産速度が高い藻場がどこにあるだろうということです。

 さらに今年から白夜の頃を狙って、夜がない時に魚はどうしているだろうという興味から、ノルウェーにも調査に行くようになりました。後は赤道に近いマレーシアとかタイとか、太平洋を挟んでの向こう側ですね。我々は、普段黒潮に接して生きていますけど、同じ緯度でも向こうは北から流れている寒流があるので、そういった生態系での研究を企画することで、日本とは全然違う姿があるのではないかということを考えながら、夢ですが世界的な藻場を調査して歩くことを次のステップにしたいなと考えています。

 最後に、国内のデータを2、3ご紹介したいと思います。同じ藻場でも回っているうちに全然違うなということを感じ始めました。
 この写真の人物は、この夏の8月に北海道の東の方の厚岸の北大臨海実験場に来ていた学生さんで2mぐらい身長のある方だったんですね。こちらは私の学生で160ぐらいです。彼もまぁまぁの身長ですけども、さらに彼を抜くような長いアマモが生えていました。もちろん地域によりバラつきはありますが、瀬戸内海の場合は大体どこに行っても1m、長くても1m50ぐらいですね。
 このように北と南で比べても場所によって藻場の環境は違っていて、今後、それも評価していかなければと考えているところです。

 もう1つ興味があったのは魚の種類ですね。南と北で比べて大体どの辺りで魚の種類が多いのかを調べました。これは全地点じゃなくて2010年に10ヶ所で行った調査ですけれども、この辺りが瀬戸内の広島ですね。それから岩手、厚岸の2つ。北日本と瀬戸内の2ヶ所で魚の種類数が多くなっているように感じます。残念ながら香川で調査したのは小豆島の小さめの規模のアマモ場だったので種類数はあまり多くありませんでした。どうも北日本と瀬戸内海でいろんな魚が藻場を利用しているような状況になっています。

 次に種類構成の南北比較というのをやってみます。各地で取れた魚のリストを作って、それによってどこで分布の境界が切れるのかを調べたのですが、ブラキストン線というのを皆さんご存知ですかね。津軽海峡を境に例えばクマですが、ツキノワグマが青森まで住んでいて北海道にはヒグマというのがいます。他の動物でも境界がクリアで、津軽海峡が境目ということで、これを提唱したブラキストンさんという外人の名前を付けてブラキストン線と呼ばれています。
 昔、ゴキブリは北海道にはいないと言われていましたが、今は暖かくなったせいなのか、札幌なんかでも居酒屋に行くとゴキブリがいたりします。
 これは私が調査した藻場の魚類のリストで、どことどこが似ているかというのをクラスター解析すると丁度切れ目を生じたのはここですね。岩手と宮城の間の、今はニュースによく出る牡鹿半島の女川を境に魚の種類がガラッと変わることが分かりました。その要因は恐らく海流でしょうね。海の中の生物の多くは海流の影響を強く受けるので、南からの暖流と北からの寒流がぶつかる辺りで魚の組成が大きく変わるのではないかなと考えているところです。
 いきなりクマから魚に話が飛んでしまいましたけども、こういう陸上生物とは異なる要因で海の種の分布が決まっているということです。

 これがその最後のデータになると思うんですけども、広く研究する中で結局良い藻場というのはどんな所ですか、というのを我々もそろそろ結論を出さないといけないと感じています。
 これは横軸に魚の種類数ですね。縦軸にそこで取れた魚の量を書いています。つまり魚を食べる側にとって魚の量も大事ですね。何トンの漁獲量が上がりました。でもその魚の量をキープするためには、やはりいろんな魚が住める藻場でないといけないことがデータからも分かってきました。だから単純に1種類の魚が多く取れるような環境を作ると不安定ですね。それよりもいろんな魚が住める状況の方がどうも藻場にとしては良さそうだということから、種の多様性が大事ではないかなと思っています。この要因については今後究明するための調査をやっていきたいなと考えています。
 ちなみに高い所は北海道と東北ですね。この辺りに先ほど見た広島、瀬戸内の一部の藻場がランクされています。種の多様性も、バイオマスも高い藻場が瀬戸内にもあるということが分かってきました。


 ここからは今後、瀬戸内海あるいは地球上がどのようになっていくかというお話です。
 皆さんの中には去年より今年は暑かったとか寒かったとか、子どもの頃よりは暖かくなったといったイメージを持っておられる方もいらっしゃると思います。
 実は海に関してはIPCCという国際的な機関がいろんなシミュレーションをやって、100年後の日本の周りの海水の温度は2度から3℃上がるだろう、というような予測をしています。2℃から3℃だったらたいしたことはないかもしれませんが、100年でこれですから、200年、300年と重なっていくとその影響も非常に大きくなっていくと同時に、イワシ類とかサンマ、スルメイカといった我々がよく食べる魚の分布域が北上したり、成長が変わるといったような結論も出されています。
 ただ瀬戸内海に関しては非常に予測が難しくて、これよりも水温がもっと上がるのではないかとか、陸からの影響もありますので複雑で、なかなか予測は厳しいだろうという声もあがっているところです。


 実際にどういう水温応答を魚がするのか。
 国立研究所の高須賀さんがマイワシとカタクチイワシの至適水温、すなわち生育に1番適した水温というのが生物にはあって、その至適温度が実はマイワシよりもカタクチイワシの方が高くて、地球が暖かくなっているのでこの先はマイワシにとって不利で、カタクチイワシに有利な環境になっていくのではないかと考えられています。
 今、イカの分布域は能登半島沖にありますけども、100年ぐらい経つとかなり油代を払ってロシアの近くまでイカを取りに行かないといけなくなると言われています。

 藻場に話を戻して、メバルだったらどうなるでしょうか。
 これは全国各地で採取したメバルの成長を比べてみた図です。生まれてからの日数を耳石の年輪で調べることができます。それを使って、北と南のメバルを比べるとやっぱり水温が違いますので、成長速度も随分と違っているというのが分かってきました。
 それでは、高水温の方が有利じゃないかという話になるのですが、実はそうではなくて、さきほどお示ししましたように、メバルにも最適水温というのがあります。飼育実験で17℃ぐらいがメバルの成長に良いということが分かってきました。北の方にいるメバルは水温が上がっても、成長が良い方に近づくのでそんなにダメージはないのですが、南の方にいるメバルはかなりダウンしてしまうことが予測されます。
 そうなると、分布はどうなるのかです。北の方のメバルはあまり北上しませんが、南の方は高温を避けて北に行くので、結局分布域が北上すると言われています。でも、そうではなくて、種によってさまざまで、ただ北限はあまり変わらず、南限が北に近づくような形で分布域が変わるのではないかと言われています。

 少し長くなりましたが、藻場をはじめとして瀬戸内海はどうなるのかということをお話したいと思います。
 これは瀬戸内海の埋め立て面積ですね。高度経済成長期に埋め立てが進みました。結果的に、過去100年もの間に水深10mよりも浅い海域面積の2割が陸地化されてしまいました。海岸線の総延長は6,760kmあるそうですが、その半分近くが自然海岸ではなくて人工海岸になっています。       
 さらに、世界ではこれだけ環境を守ろうという話が進んでいるにもかかわらず、年間5%ずつ地球上のアマモ場が減っています。特に開発途上国の面積が減っている状況にあって、悪化を和らげるような対策が国内でも言われているところです。


 対策はいろいろあります。
 まずは人工海岸をなくすことですね。地球温暖化した場合、瀬戸内海には藻場が形成されていますが、瀬戸内海は濁りが多いので他の場所に比べると、浅い層でしか藻場が形成されていないんですね。これは日光がどれだけの深さまで届くかというのに影響しているのです。
 地球が温暖化して氷が解けて海面が上がった場合に、岸の方へと藻場が分布を移動できれば良いのですが、護岸とか堤防があるとなかなか動けません。その結果、水深が上がって光が届かなくなって光合成ができなくなり、藻場がなくなってしまうだろうと予測されています。
 もちろんコンクリート護岸は防災とか安全の面から非常に重要な役割を果たしていますが、藻場側から見るとこういうことも予測される1つの例として受け取っていただけたらと思います。


  結局こういった活動とか研究を通して私が一言で言うとしたら、人間のために環境教育をしっかりやっていく必要があるということです。


 これは、広島大学にはいろんな大学から来ていただいていますが、香川大学農学部のみなさんも数年前から数名来られ、夏に臨海実習を泊りがけでやった時の写真です。
 「映画もいいけどデートするなら藻場に、あるいは海沿いに行ってください」ということを女子にも男子にも言っています。これらの方々の中から、県とか国の研究や行政機関に勤められて、こういう場所の保全に関わる方もこれから出てこられるかもしれません。
 皆さん、是非次の休みには海沿いに行って、気を休めたり自然の恩恵を受けたりしていただきたいなと思っています。私も物心ついた時に釣竿を握らされていまして、これが1番の「草の根」的な環境教育ではあったのかなというふうに思います。

 ご静聴どうもありがとうございました。



【質疑・応答】
Q.我々が水産生物として取っている魚でも結構ですが、瀬戸内海全体の魚の何割ぐらいが藻場を直接、あるいは間接的に、一時的に利用しているのでしょうか?

A.スパッと答えられないかもしれません。瀬戸内海全体で魚類が600種とか800種ぐらいいると言われています。どの辺りまでを瀬戸内海に含めるか、あるいはたまたま流されてきた魚もいますのでそれをカウントするのかも議論しないといけないと思いますが、1,000種弱ぐらいと思っていただいてよろしいかと思います。
 その中で藻場を使っているのは、我々が今メインにしている広島の藻場では70種ぐらいいました。非常に小さくて泥の中に穴を掘って進むような魚や特化した魚がいろいろいまして我々が直接食べない、人間の生活には貢献ないような魚もいるので、それを勘案すると藻場を利用する魚はそんなに多くはないと思います。単純計算すると1割とか2割ぐらいではないでしょうか。
 実際に表層で生活している、例えばサワラとかアジとかですね。藻場の上は通過するだけで、直接に藻場には関わりを持っていないようにもみえます。でもきっと藻場で育ったエビとか小魚を食べていることもあると思いますので、もっと割合は高くなるとは思います。


Q.例えば将来温暖化が進んだ時に、アオリイカのように移動できる生物は北上すると予測が立てられましたけれども、藻場は温暖化にどういうふうに分布域を変えて、その後、分布域を守るためにはどのようにしたらいいのかお考えがあれば教えてください。

A.非常に重要なポイントです。単純に水温だけであれば、ここにいた生き物があちらに動くと予測できますが、例えば神田先生からお話があったようなサンゴとか藻場は、単純に場所を変えれば良いというようにはなりません。泥場があるかどうか、透明度があり太陽の光が注ぐかどうか、あるいは最適水深がある程度の面積でキープされているかなど、いろんな要因が関わってきます。
 まったく同じ環境で土地ごと動けたらそれはあり得る話ですが、すでに護岸されていたり、あるいは行った先が岩場だったりすると、水温の計算だけで予測できない結果になると思います。サンゴも温暖化すれば香川県にサンゴ礁ができるかどうかというと、想像しにくいですよね。水温だけが変わってもついてくるかこないかが重要になってきます。
 特に水温に関して反応が直にでやすいのは、自分で泳いで動く能力をもつ生物ですね。特に、浮魚と呼ばれているようなイワシとかアジとか、さきほどのイカなんかは海の上層で生活を一生過ごせるので、そういう魚は水温の影響とともに北上する可能性が高いと考えてよろしいかと思います。
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