平成23年度 香川大学瀬戸内圏研究センター学術講演会
 福岡 秀興氏 「胎児期からの生活習慣病予防-生活習慣病胎児期発症説-」

【講演内容】       
 福岡でございます。本城先生ご紹介ありがとうございました。       

 この香川大学瀬戸内圏研究センターの研究の趣旨からいきますと、皆様方には「胎児期から生活習慣病予防」というのは場違いなような印象を与えるかもしれません。決してそうではないです。
 といいますのは今、お話を聞いていますと、この研究センターの3本柱の1つ、医療のIT化、これを研究センターでは推奨されています。私が理解するところでは今、医療の概念、疾患の概念が大きく変わりつつあります。何が変わっているか。それは動物実験を基礎とした医療から臨床研究を中心とした研究が大きく広がり、そこから新しい医療が作られてきています。        
 一番いい例がアメリカのフラミンガムスタディです。この研究成果により生活習慣病の概念が全く変わってきたのです。その地域の人々について、生まれてからの生活習慣とか疾病の発症を丹念に分析していった結果です。       
      
 今、原先生が考えられている医療のIT化、すなわち疾病、個々の健康な人を含めてすべての人たちのデータを分析していく、その地域での分析、これが可能になったら、世界に冠たる大変な疾病概念がこの瀬戸内圏研究センターから出てくるということは、間違いありません。
 現在、日本が誇れる世界の共通疫学研究としては九州大学による久山町での研究があります。久山町の研究で日本では疾患概念が大きく変わってきました。それ以上に、この研究センターから、健康な人を含めたすべての人の健康情報を分析していけば、これから医学の概念が大きく変わって進んでいくと思います。そういう意味でセンター長の先生のお話しを聞きまして、この研究センターからは世界の医学を変えるような大きな成果が出てくるのは間違いないと確信に近いものを感じました。

 それに関連付けて、胎児期の生活習慣病という概念を今、申し上げました。英国やその他の地域では、出生体重ごとに如何なる疾病が起こるかということを、その地域の住民を徹底的に調べました。その結果、小さく生まれた人は、そういう疾患の発症率が高いという成果が出ました。
 このような意味で、今後行われてくる瀬戸内圏研究センターの成果が大いに待たれます。日本否世界の医学の概念を大きく変えるような成果が出るものと期待されます。私のお話は、そのスタートである位置づけで、聞いていただければ幸いです。
      
 これは世界の糖尿病の患者数の推定予測です。2010年から2030年にかけて約1.5倍か1.7倍の糖尿病の患者の増加が起こります。インドでは今5,000万人ですね、糖尿病患者が。それが20年後には8,700万人です。これは完全にインドの国の経済発展を阻害してしまいます。世界全体でこの約20年間に1.5倍から1.7倍の糖尿病が増えるだろうと言われています。
 そこで見ていただきますと、日本は2010年ではトップ10の8番目になります。700万人ですね。しかし2030年にはこのトップ10から完全に消えてしまっているというのがWHOの考え方です。しかし、今からお話する内容から、私は場合によってはトップ10の相当上位に日本は来てしまうのではないかと、そういう危険が現実に起こっている、そういうことが日本では現実に起こりつつあります。それをお話したいと思います。


 日本では出生体重がどんどん小さくなっています。はたして本当でしょうか。低出生体重の頻度が大体生まれた子どもさんの10人に1人です。私が広島県のあるところに行きましたところ、すでにそこでは13.9%の低出生体重児の発症率です。
 低出生体重児というのは、早産の場合を含めて2,500g未満の児を言います。日本では低出生体重児の頻度がきわめて高くなってきているというのが現状です。だたし、この瀬戸内圏でそのようなことが起こっているかどうか、これはぜひ、原先生に調べていただきたい大きなテーマです。

 実線が低出生体重児の頻度です。縦スケールが出生数の絶対数です。一時期200万人であったのが、すでに100万人近くになっていますね。ところがこの低出生体重児の頻度は1975年以降ずっと増えています。今、大体2004年で10%近くですけども、現在、各地域を見ていきますと、10%を超えている県はたくさん出てきました。東京のある点でも13%を超えてきています。

 これはOECD加盟国の低出生体重児の頻度を見たものです。2003年では日本はトップです。2003年に9.1%で、今は10%ですので、当然大変な増加傾向が伺えます。だからこれはOECD加盟国の中で日本がトップ10のファーストであるということを喜ぶわけにいかないですね。将来的には日本国の発展を、あるいは経済的な発展を予想する大きなマーカーであり、将来が危惧されます。

 これは出生体重の平均の推移を見たものですけども、このように漸減傾向をしめしてさらに減ってきています。2011年では男児の平均体重は既に3,000g以下となりました。

  そうすると日本の栄養状態が悪くなっているからじゃないかという考え方が出てきますけども、ここで日本のエネルギー摂取量の推移を見ていきたいと思います。
 女性の昭和20年代後半から最近までを見たものです。1970年前後が2,200kcalで、一番多いですね。それ以降今に至るまでずっと減ってきています。2003年には1,900calぐらいで、昭和20年代後半の戦後の経済的に厳しかった時代に比べてもまだ低い状態になります。

 この図は、20代の女性のエネルギー摂取量の推移です。2003年では1,700kcalを切っています。この1,700kcal以下ということを考えますと、JICAが経済協力で発展途上国を援助していますけども、そこに行っている先生方がこのデータを見て、私にものすごく怒りだしたんですね。「経済的な援助をするのはそういう国じゃなくて、日本そのものだ。」とすら言っています。ということは、このエネルギー摂取量からは、日本の女性にはとてつもない低栄養状態が起こっているということです。

 低出生体重児頻度の推移を見ました。1951年(昭和26年)から見ていきますと、やはり昭和20年代の後半から、日本では、ある程度経済的に落ち着きが出てきたと思います。その時点から見ると確かに経済発展に伴って頻度は下がってきましたが、ある時点からずっと上がっています。そして今は20年代後半よりも多くなってきている。そして1番低い時期に比べて、現在は既に2倍にまで達しています。

 この成人病胎児期発症説を主導しているグルックマンとハンソン先生のアーティクル(学術論文)には、以下のように述べられています。
 日本では、平均の出生体重が減少し、低出生体重児の頻度が増加しているのが日本である。
 こういう形で頻度が増え、平均体重が減るという日本の状況を大きく危惧しています。彼らが心配しているのは50年後には日本は地上から消えているのではないかとすら警告しています。顔つきは日本人です。しかし知能、あるいは運動能力、寿命、そういうものでいうと今の日本人とは全く違った状況が50年後には起こる可能性を示唆する数値、データであると危惧しているのです。それを知らないのが日本人だけであるかも分かりません。日本の次世代の健康が非常に厳しい状況であります。


よく「小さく産んで大きく育てる」ことは正しい、と言われていますが、結論としてこれは決して正しくはありません。1つは安全なお産ではないということ。もう1つは生活習慣病、成人病の素因を作った状態でこの世の中に生まれてくる子どもを強制的に作っている、この2つですね。

 これは小さく生まれてきた2,500g未満とそうでない子どもさんの帝王切開の分娩割合を見たものです。2001年から2004年に普通の体重の赤ちゃんでも帝王切開率は増えていますが、低出生体重児はこの約2倍ですね。予定帝切ももちろんありますよ。ですけども緊急に帝王切開しなくては救命できないようなお産もあるということも意味しています。この低出生体重児の帝王切開率の高さを考えてみると、これは安全なお産ではないということです。
 私は原先生と一緒に香川医大で産婦人科の臨床をやってきました。少なくとも赤ちゃんを小さく産みますとですね、危険な時には胎児を速やかに分娩できる準備のもとにお産に臨まなくてはなりません。胎児をすぐ、分娩させることが可能な状況を準備していなくてはなりません。それだけ胎児が小さい場合には気を使うという状況です。

 しかし、もう1つの危惧する点があります。帝王切開は現在どんどん増えています。また低出生体重児が増えています。そこで最近注目されることに、帝王切開の子どもからはⅠ型糖尿病の頻度が高いということです。いろんな疾病が小さく生まれることで頻度が高くなってきます。そうすると低出生体重児であれば、小さく生まれるという疾病素因を抱えているうえに、帝王切開での疾病リスクを抱えることで、二倍三倍にも疾病リスクが高くなるということが予想されます。こういうような現状から、先ほど紹介したように、いろんな臨床の症例を集積することで、今後この瀬戸内研究からは、非常に貴重なデータが出てくるものと期待しています。

 このDavid Barkerという方がここに示す考え方を提示されました。
 これは成人病、生活習慣病が胎児期に発症する。この病気の素因は受精した時点、それから胎芽の時期、胎児期、乳児期に形成されるのである。妊娠したその時点からお産が終わった後の育児の大体3ヶ月ぐらいまでの間に、この素因が形成されるという考え方です。その素因があった場合に生まれた後のマイナスの生活習慣が負荷されることによって、成人病が初めて発症する。病気というのはこの2段階を経て発症するという考え方です。      
 しかも、この素因というのは遺伝子の3次元構造の変化、エピジェネティックスの変化ということが今明らかになってきました。そういう意味でこのエピジェネティックスというのは、これからの医学、本当の医学、疾病概念というものを根本的に正しく理解する上で重要なものになってきます。ですから、受精した時点、それからお産が終わって3ヶ月ぐらいの間、もしあまり望ましくない環境、お母さんが低栄養、それからあまりにも肥満である、あるいはストレスに暴露され続ける、こういうふうなことをすることが、この素因を作る原因になってくると考えられます。

  これはバーガー先生が最初にこの考え方を提示したデータです。これはイギリスですので出生体重をポンドで示していますけども、X軸がポンドです。そして左にいくと小さくなっていますね。だから5.5ポンドは大体2,500g前後です。
 出生体重ごとの虚血性疾患、いわゆる心筋梗塞での死亡率を調べたのです。まさに生まれてから死ぬまでの医療情報、これを集めて分析したわけですね。そうすると出生体重が小さくなるにしたがって心筋梗塞の死亡率自体が上がる。男性女性ともに同じです。
 また体重があまり大きくなりすぎると、そのリスクは高くなるということです。こういうJ型であることが分かりました。これをキッカケとして、世界では莫大な疫学調査がなされました。残念ですが、日本ではありません。

 その後の調査結果の例としてさらに男性のメタボリック症候群というのを出生体重で見たものをあげます。出生体重とメタボリック症候群の発症危険率の関連を見たものです。2,500g未満で生まれた子供の場合、大きく生まれた子どもに比べて危険率は17倍ぐらいときわめて高くなります。10倍以上なわけですね。こういうふうに出生体重の低下により生じうる病気は、すでに生まれた時に予想されるということも明らかになってきました。

 それを証明する非常に重要な事件が「オランダの冬の飢餓事件」という事件です。
 これは第2次世界大戦末期にオランダ西部のある地域がナチスドイツに占領されて食料が遮断された。それは1ヶ月で食糧遮断は解除されたのですが、非常に強い寒波が襲ったために、街には餓死した人たちがたくさん出ました。そういうような状態でお母さんが低栄養に暴露されている時に生まれた子ども、妊娠した子ども、あるいはその妊娠を経過した子ども、その出生児の予後が調べられました。そうすると、それらの子どもからは、多くの成人病が多発していました。まさに妊娠中の低栄養は子どもに成人病を発生するリスクが高くなるという考え方を見事に証明した、非常に悲しい事件です。

 これは丁度連合軍がその地域を解放する直前の5月11日に生まれた子どもの写真です。お腹が膨れており、腹水がたまり、るい痩(そう)しており、あばら骨が出ています。きわめて著しい低栄養状態で生まれたことが想定されます。

 こういうふうな子どもからいかなる疾病が発症するかといいますと、先ほど言ったような虚血性心疾患、心筋梗塞、糖尿病、高血圧、メタボリック症候群、脳梗塞、脂質異常症、神経発達異常、このような疾病が多く発症することが見事に証明されています。その他にいろんな疫学調査で出生体重とこの発症リスクが関係ないというデータは今のところありません。小さく生まれた場合にはこういう疾患リスクが高くなるという結果です。怖いことですね。

 今「オランダの飢餓事件」の時に生まれた人々で何が問題になっているかといいますと、その当時生まれてきた人たちは現在、60歳代になっています。その人たちからは自殺が非常に多発していること、これはもう1つの明らかになってきたことです。最近、日本では自殺する人々が3万人前後だと言われていますけども、この人数構成を見ていきますと、中年の人たちが多いですね。丁度終戦直後の低栄養状態で妊娠を経過した母親から生まれた人々に、そのような可能性が高いのではということが、一部では1つの仮説として言われています。ということは妊娠中の栄養というのがいかにその人の予後を決めてしまうかということを示しています。

 また1つの例として出生体重と糖尿病の発症リスクを見てみます。
 妊娠糖尿病というものがあります。これは妊娠することによって糖尿病が発症して、お産が終わった後は、良くなるという、疾患です。最近増えています。妊娠糖尿病はお産が終わった後に、良くなりますが、約70%以上の方たちがⅡ型糖尿病に移行していきます。   
 生育医療センターの荒田先生がとんでもないデータを発表されました。紹介しますと、妊娠糖尿病の患者をみます。その患者について、出生体重2,500g未満であるか、あるいは2,500-3,000gかということを確認しましたところ、低出生体重児で生まれた妊婦の頻度、すなわち小さく生まれた場合に妊娠糖尿病になるリスクは、対照群の妊婦に比べると約5倍です。大変高い値ですね。これは胎内栄養と疾病発症リスクについて日本で行われた世界に誇る研究といえます。


 次に、小さく生まれた場合に体はどうなるかということを見ていきます。まずよく知らえている現象としては腎臓が小さくなります。すなわち腎臓糸球体が少なくなることです。腎臓糸球体というのは、血液から老廃物を体外に出す、非常に重要な組織です。その数が多いか少ないかということが注目されています。小さく生まれてきた場合にはその数も少なくなるのですね。

 見にくい図で申し訳ありませんが、キューバで行われた研究です。病気で亡くなった小児の腎臓を取り出して、小さくスライスして顕微鏡で糸球体を調べたものです。左図で、X軸は出生体重、Y軸が糸球体の数です。
 これを見ていきますと、生まれた時の体重が小さくなれば、このように直線的に糸球体の数が減ってきています。糸球体の数が減ると1つの糸球体にかかる負荷が増えますので、糸球体の体積が直線的に増えます。こういう形が明らかになっていますね。そうすると小さい1つの糸球体にかかる負荷が大きくなり、増加することによって、やがて高血圧が生じます。それが耐えきれなくなると腎機能低下と。最終的には透析を行わねばならなることがおこります。

 実際日本の子どもの本態性高血圧症の頻度を調べたデータがあります。子どもの高血圧はそんなに多くありません。ですから小さく生まれたら全部高血圧になるかというとそういうことではありません。田中先生が調べられたデータを見ていきますと、小児の高血圧の中の本態性高血圧は11%だということです。ちなみにイギリスとかアメリカではそれが3-4%です。ということは諸外国に比べて栄養豊富な先進国のそういう小児の本態性高血圧の頻度は外国の3倍から4倍頻度が高いと言えます。
 先ほど示しましたOECD加盟国の中では低出生体重児の頻度は最も多いのが日本です。しかも平均出生体重はどんどん小さくなってきている。こういうふうに小さい子どもでは糸球体の数が少ない。そうすると高血圧にならざるを得ないです。こういうふうな状況が日本では、今、進行しているということが残念ながら外国からは危惧されているわけですね。


 もう1つ日本で注目すべき現象、これは発達障害の子どもたちの増加です。大体5年間で25%程度増えたのではないかといわれています。2006年のデータを示します。2007年以降、調査は全くなされていません。

 それに対しての1つの考察を述べたいと思います。この学習障害、注意欠陥・多動性障害、高機能自閉症、こういう子どもさん達の総計は、平成13年から14年のデータでは、6.3%、68万人です。学年が下にいくにしたがって、発達障害の子どもが増えているということが言われております。実際発達障害の診断基準が変わったということで見かけ上増えているという説を述べられる方もあります。しかし、現場の先生方はやはり何らかの形でこれは増えてきていると言われる方が多いですね。

 これは大阪大学経済学部の大竹文雄という先生が分析をされた結果です。「県ごとに見た学力と低出生体重児の頻度及び平均出生体重の関連」についての研究です。これは小学校6年生の2008年度学力テストと、その子ども達のその県の低出生体重の頻度、それからその時の平均出生体重の関連を見たものです。
 そうするとどうでしょうか。縦が成績です。低出生体重の頻度が高い県では平均点数が少ないですね。頻度が低い県では平均点が高い。それからまた、平均出生体重が高い県であれは成績が良い。低い県は残念ながら低いという結果です。相関する線を書き入れました。

 
 これは秋田県と岩手県で行われた小学校・中学校児童の発達障害の調査を見た結果です。こう見ていきますと秋田県と岩手県は文科省の全国平均に比べて少ないですね。そうすると秋田県と岩手県がどこに位置するか。これは予想されるように、秋田県は成績が非常に良い。岩手県も良い。というふうなことでこの大竹先生はやはり出生体重の動向というのはその県、あるいはその社会の将来的な予想を示す上で、非常に重要なものだということをおっしゃっています。

 それに加えることとして、精神疾患と代謝性疾患。この合併頻度が高いというのが内科の先生方や精神科の先生方が共通して持っておられる感想です。従来は向精神薬にそういう代謝性疾患を引き起こす副作用があるのではないかと言われていました。そのように説明されていたんですね。
 ところが、マイヤー先生グループは、薬を使わない、初診時に患者の状態を診たのがこの結果です。統合失調症と双極性障害について代謝性疾患の合併率をみました。双極性障害はかつて、躁鬱病と言っていました。これら2疾患には、肥満、メタボリック症候群、高血圧、脂質異常症、糖尿病、こういう病気の合併頻度が高いことが示されました。この両者の合併頻度が高いということは、代謝性疾患にしても精神疾患にしても、この原因はもしかしたら、同じところにあるのではないかという考えが出てくるのは当然の結果だと思います。そういう意味で、今、精神疾患、発達障害、そういうものをこのような視点で見直すというふうな流れが出てきているのです。

 それを証明するには、やはりセンター長の先生が言われますように、出生時、妊娠中の状況、出生時の状況、その後の経過について、きちっとしたITを駆使したデータを分析することこそ、これを解明する唯一の方法と思います。そういう意味ではこの瀬戸位内研究センターに対する、世界の期待は非常に大きいものがあると私は考えています。

 
 それで昨年、私が編集しました「胎生期環境と生活習慣病」で大竹先生にも書いていただいたのですが、その大竹先生のコメントをここに述べさせておきたいと思います。
 大竹先生は「低出生体重児の影響に関する経済学的分析」の中で、「低出生体重児の増加そのものが、将来の日本経済に大きな影響を与える可能性がある。2つのルートを通じた影響である。第1に低出生体重児は将来メタボリック症候群を引き起こしやすいことから生じる医療費の増加である。それから低出生体重児の学歴や所得も低下してくる。」と結論付けておられるところです。
 今、世界の経済の1つの分野として出生体重がそのあとのその個人の経済的なものに与える影響、あるいは社会の発展に与える影響、社会経済に与える影響、そういうものの非常に大きなテーマとして経済学者が研究しつつあるということも付け加えさせていただきます。そういう意味で今の日本の状況は決して安心する状況ではないということです。

 そこで妊娠前の「やせ」のリスクというものを少し考えてみます。今、痩せ願望が非常に強くなっています。痩せている女性が大変多くなりました。痩せた状態で妊娠するとどうなるかということが次の大きな問題となります。痩せて妊娠した場合、先ほどの話と関連して言いますと、成人病の素因が形成されるリスクが高いとか、小さく生まれる子どもさんが多くなるとか、早産が多くなるとか、こういうふうなリスクが残念ながら高いのです。

 これは痩せている女性の推移ですけども、1番上が20代の女性です。20%から25%、これがどんどん増えていっているのが現実です。

 痩せた状態で妊娠すると何が悪いかということを言われると思いますが、それを見事に証明したのが先ほどのオランダ飢餓事件にあるとされています。今、飢餓事件に暴露されて生まれた人々は、現在60歳前後ですが、その方たちから血液、末梢血を取って、IGF2という遺伝子の周辺の構図を調べたのがこれです。
 メチル化、この名前だけを憶えていただきたいのですが、このIGF2という遺伝子の周辺のメチル化を見ると、正常の時に比べてメチル化度が低いという結果です。胎児の時に低栄養に暴露されていると、60歳になっても遺伝子に生じた変化がそのままであることが示されています。しかも、それが受精周辺期に低栄養に暴露されれば暴露されるほど、そのリスクが高くなるという結果です。    
 ですから受精した時点での低栄養というのは、そういう遺伝子の構造によって変化を起こすということが、明らかになりつつあります。痩せた低栄養状態での妊娠のリスクは高いということです。

 それで実際日本の現状を見ていきます。カロリー摂取とか葉酸とホモシステイの摂取量を見ていきたいのですが、カロリーは先ほど言いましたように、相当日本人は少なくなっています。それで妊娠中のカロリー摂取量を見ていくと、この右の図が実際の妊婦のカロリー摂取量です。ピンクが必要なカロリー量です。
 そうしますと驚くべきことに妊娠していない同じ年代の人たちと全く同じほとんど変わらないカロリー摂取量を、妊娠中も変わらないで取り続けている。これは日本の妊婦さんの現状の姿です。ですから病院では相当厳しく栄養指導して、「体重を増しなさい、栄養取りなさい。」と指導していただいてよいと思います。

 これは32週のカロリー摂取の結果ですけど、1,000kcal以下の女性が多いですね。ということはオランダ飢餓事件と同じ、それに非常に限りなく近いような低栄養状態で妊娠して過ごしている、あるいは妊娠する前からそうしている方が日本の女性の方にはいるということです。そうすると妊娠中にエネルギー摂取量は全然変化しないので、妊娠末期では相当なエネルギー不足があると考えてよいですね。そうすると何が起こるかということです。

 この図はゲールという方の報告です。私たちは、健康診断で頸動脈の動脈硬化をよく調べられますね。私は、年齢相応の動脈硬化があると診断され、心配しておりますが。この動脈硬化を子どもで検討したのです。
 9歳の時点で、肥満の子ども、肥満でない子どもと、3群に分けました。それから妊娠中のお母さんの妊娠末期のエネルギー摂取量、2,500kcal以上、それから2,200から2,500、2,000kcal以下というふうに分けて、9歳の子どもの頸動脈の動脈硬化を調べた結果です。そうすると9歳ですでに動脈硬化が起こっている群があります。どういう群かというと、お母さんのエネルギー摂取量が2,150kcal以下で、9歳で体重が最も大きい子ども。その子どもの群にはすでにこのように動脈硬化が起こっているという結果です。ということは妊娠中のお母さんのエネルギー摂取量、これは外国の例で2,150kcal以下の摂取量群で、子どもが肥満傾向にある場合は、子供に既に動脈硬化が生じているのです。

 私達が調べた日本の対象群ではもっと少なく、平均で1,700-1,800kcalですよね。2,000kcal弱以下であり、必要なカロリーから500calほども少ないのが大部分です。この状況で妊娠し、妊娠を経過する人たちが多いという結果いかなることが子どもに生ずるかな、心配なところです。しかも小さく生まれた子どもは肥満傾向があるのです。そうすると、母親がカロリー摂取量少なく、子どもが肥満傾向をもって生まれる、そのような子ども達が非常に多いのが日本の状況であることを私達は考えなくてはなりません。
 小児肥満は、運動が少ないとか、エネルギーの多いものを食べるからとか、が原因で肥満になりやすいというふうに説明されていますが、遺伝子のレベルからいくとそのエピゲノムの変化が胎生期に生じると考えると、そういうものは必ずしも直接的な原因ではないということです。

 こういうふうな形で出生体重が日本では小さくなっていくということで、これから心筋梗塞、あるいはⅡ型糖尿病などが増えることが危惧される。妊娠糖尿病が増えている、さらにその原因と想定されることを説明しました。
 現在、あきらかにⅡ型糖尿病は増えていきます。それから小さく生まれると、腎臓も小さくなって腎臓糸球体が少なくなる状況が起こりますので、本態性高血圧も増えていかざるを得ない。それから、日本でこれから生まれてくる子どもの病気のことを考えると、脳梗塞、脂質異常症、神経発達異常というようなものがこれからさらに増えていく可能性があると、このように考えざるを得ません。


 最後に、こういう機会を与えていただいたことを感謝申し上げます。日本の医療の現状の一部を申し上げましたけども、この状況が1日も早く解明できるような基礎的なデータ、日本や世界に発信できるようなデータを、研究センターから出していただきたいと願っています。また、私は必ず出していただけるものと信じております。
 そういう意味で、年齢を考えるとお孫さんのことを考える年代の方々が多いかも分かりませんが、ぜひ私たちは次世代の健康のために頑張っていかなければという使命があると思います。どうぞ身の回りの人々にも妊婦栄養の重要性、若年女性の栄養の重要性を示していただきたいとお願いいたします。以上でございます。



【質疑・応答】
Q.最後のスライドで2,150g未満の方で体重が9歳児に増えた方と2,530gより大きくて体重が増えた方でその頸動脈の中膜の厚さが変わるというふうにおっしゃいましたけども、その低体重になられた方と高体重になられた方とでは血圧とか血糖とかがやはり違うというデータが他にあるのでしょうか?

A.そうですね。先生が言われる通りです。高血圧とか動脈硬化、脂質異常症、それから精神異常発達行動、そういうものがほぼ同様にリスクが高いと考えるべきかも分かりません。ただし、臓器の発達時期は異なります。脳の発達時期、あるいは肝臓の脂質代謝系の形成時期とかいろいろ時期がありますので、その臓器の発達時期ごとに低栄養に暴露された時期によって、発症する疾病リスクは異なっていると思います。
 ただし、基本的には多くの臓器で同じような変化(エピジェネティックス)が生ずると考えるのが正しいのではないでしょうか。だから、逆に言うと目の前の患者さんを見た時に、「あなたは出生体重何gでしたか?」ということを聞くというのが、これからの多くの疾病を考えていく上で重要になると思います。但しこのエピジェネティックス変化があるからといって必ず疾病が発症するとは限りません。そこにマイナスのライフスタイルが負荷されることで初めて疾病は発症すると考えるべきです。予防は可能というべきです。


Q.私、女性なのでやっぱりスリムなボディを保ちたいという気持ちがあるのですが。例えばエネルギーの摂取量はきっちり取っていて、軽い運動をすることによって消費し、スリムを保った女性の赤ちゃんだったら普通に生まれるのかどうか、お聞きしたいのですが。

A.これはですね、出生体重、出生体重と言いましたけども、出生体重というのは1つの子宮の中での栄養のバランスを示す1つのマーカー、間接的なマーカーとして考えてください。そういう意味では例えば今日お示ししませんでしたけども葉酸とかメチオニン、そういった特殊な特別な栄養素が単独で欠陥しているような場合、そういう時には出生体重が大きくてもこういう病気が出ることはあります。そういう意味では運動しながら赤ちゃんに十分な栄養を与える、遺伝子発現制御でそれが正しいエピゲノムの変化を起こすような栄養環境でありさえすれば、それは問題ないと思います。けれども、今の時点では何が理想的な栄養環境であるのか。1つの細胞の遺伝子の形成過程で、何が1番理想的な栄養環境であるのかということは全く分かりません。そういう意味ではやはり運動、それからしっかりした栄養、ライフスタイルその3つが大事だと思います。



【追記】      
 今、妊婦さんの葉酸というのは非常に重要な問題になっています。葉酸は妊娠中に取らないとだめなんですね。取らないと二分脊椎症とかそういう先天奇形が起こる可能性があるということで注目されていますが、葉酸の重要性はそれに加えて赤ちゃんの遺伝子の機能を調節する重要な栄養素です。今、葉酸に対して少し誤った考え方が醸し出されつつありますので、それに対してお示ししたいと思います。

 妊娠前から妊娠初期に葉酸が不足すると神経管閉鎖障害を起こすということで、摂取することが薦められています。しかも、それは食物からではなくてサプリメントが大事です。これを400μg。それに対して葉酸に重要なものは奇形に加えて遺伝子発現の制御、遺伝子の機能を調節する作用があります。むしろこれが需要と考えています。

 今問題になっていますのは、葉酸を摂取することによって妊娠中期に葉酸を多量に摂取すると、喘息のリスクが高くなるということで、妊娠中期・後期に対して葉酸を摂取しない傾向が出てきてしまっています。左の表にその喘息の多発を報告した文献をあげました。
 そのためにどういうことが起こっているかといいますと、このように妊娠32週を検討しました。この時期も重要な赤ちゃんの遺伝子が正常に機能するようにならなくてはならない時期です。その結果、葉酸が少ない妊婦さんが非常に多いことが分かります。
 葉酸の不足はホモシステインの上昇ということに繋がります。ホモシステインが増加化するとことは胎児の遺伝子の機能が大きく正常から偏移する傾向があるということですね。ホモシステイン値は間接的ですが、エピジェネティックスの変化を示す間接的なマーカーと考えてよいものです。

 今、妊娠中期に葉酸を過剰摂取することによって喘息のリスクが上昇するということで葉酸を取らなくなるという傾向が日本全体で急に出てきました。それは胎児にエピジェネティックス偏移を起こすリスクが高いことを意味します。それは何故ならば、逆に喘息のリスクの上昇ということではなくて、赤ちゃんの遺伝子の働きを大きく調節するメカニズムの変化が生ずる可能性が考えられます。
 妊婦の血中の葉酸濃度とホモシステインを32週で見ますと、葉酸の濃度がある一定の濃度以下になると、ホモシステインが急激に高くなります。ホモシステインの高値は、胎児へのエピジェネティックス変化への影響が著しいものになると想定されます。

 また葉酸は大人にも重要です。どちらかというと、認知症の方は葉酸の値が低い傾向にあります。血液脳関門にある脈絡膜には葉酸を運ぶトランスポーターがたくさん発現しています。それは葉酸が脳機能の維持にはどうしても重要だということを示しています。
 埼玉県の坂戸市では女子栄養大学の先生は、認知症の方で葉酸濃度が低い人たちに対して、葉酸サプリメントを与えることを積極的に行っています。そうすると意外に認知症の経過が遅いとか、また予防効果があることもわかってきました。そういった意味では、葉酸というのは決して無視できない重要な薬剤だと思います。

 しかも、妊娠中の過剰摂取で喘息が出てくる。これは過剰摂取すると遺伝子の働きが変わってきますから喘息が出てくるのは当たり前ともいえます。ですから過剰摂取を防ぐことと、過少摂取や不足することは, 共に良くないということで、葉酸の需要性を改めて見直していただきたいと思います。
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