「船の祭典2010共催事業」香川大学瀬戸内圏研究センターシンポジウム
 多田 邦尚 教授 「水圏環境の変化と水産」

【講演内容】
 香川大学の多田です。よろしくお願いします。今日は「水圏環境の変化と水産」というタイトルでお話しさせていただきます。

 最初にお示しましたこの図は、海の食物連鎖のピラミッドを表したものです。
 海では、植物プランクトンがいて、これを食べる動物プランクトン(ミジンコのようなもの)がいて、さらに、それを食べる小型・中型・大型魚が上にいます。
 植物プランクトンというのは、顕微鏡でなければ見えないような小さな生物ですが、この図を見ていただければ分かるように、水産業で漁獲されてくる、私たちの食卓に並ぶような魚は、間接的にではありますが、植物プランクトンによって支えられていると考えることができます。
 すなわち、食物連鎖系の底辺を支えている植物プランクトンが、増加すれば三角形も大きくなって、魚もたくさん獲れるだろうと考えられるわけです。

 底辺を支えている植物プランクトン、これは独立栄養生物で、餌を食べずに、太陽の光エネルギーと無機炭酸、それから水、そして、窒素やリンといったような、いわゆる「栄養塩」と呼ばれるものを利用し、光合成をして、自分で有機物を生産します。
 この植物プランクトンの光合成が、この海洋生態系を支えていると言えます。植物プランクトンの光合成に、影響を与える環境要因は、大きく分けて3つあります。
 1つは光、2つ目は水温、3つ目は栄養塩です。このなかで、地球温暖化の影響もあって、この瀬戸内海では、ここ35年で1℃くらい、水温が上がっていますけども、この光や水温の変動に比べて、窒素やリンの濃度の、いわゆる「栄養塩濃度」が非常に大きく変動しています。
 今日は、この3つの要因の中で、最も植物プランクトンの光合成を左右する栄養塩を中心にお話しをしたいと思います。

 少し用語の整理をしておきます。「栄養塩」とは、いったい何だろうということなんですけれども、海では、植物プランクトンの増殖に対して、窒素やリンなどを除いた栄養物質は、実は、十分にあります。
 逆の言い方をしますと、植物プランクトンの増殖に対して、窒素やリンが不足しがちであるということになります。
 従って、この不足しがちな植物プランクトンの増殖を、律速するようなものを「栄養塩」と呼ぶと定義しています。実際には、海水中の「硝酸」と「リン酸塩」がこれにあたります。

 この底辺を支える植物プランクトンの増減を左右する栄養塩、いわゆる植物プランクトンの餌になるようなものを、ここから見ると、先ほどは、植物プランクトンが魚を支えていると言ったのですけれど、もう一歩引いて考えれば、海の栄養塩と水産業との関係を、少し考えても良いのではないかな、という風に考えられるわけです。

 基本用語をもう一度だけ確認しておきます。
 ①植物プランクトンの光合成は、海洋食物連鎖系の、高次栄養段階の生物を支える、重要な役割を持っている(=底辺を支えている)。
 ②一次生産量が高ければ、漁業生産も高くなる。
 ③栄養塩が、植物プランクトンの増殖を制限している。
 この3つのことを頭に入れて、この後の話を聞いてください。

 先ほどの図で、この植物プランクトンの増減に大きな影響を与える3つの因子のうち、一番大きな栄養塩についての話ですが、この栄養塩と呼ばれるものは、まずひとつは、陸域から海に入っていきます。
 無機態の硝酸やリンというのが、陸に雨が降ったりして川を通して海に入ります。逆に、陸上から無機態ではなくて、有機態のものが入っても、陸上で起こっているのと同じように、細菌(バクテリア)に分解されて、海の中で無機物に変わります。
 この栄養塩というのは、さきほど見たように、植物プランクトンに消費され、植物プランクトンは動物プランクトンに、さらにそれは、小型魚・大型魚に食べられていく、というように循環していきます。窒素やリンに注目してみますと、川から入る(陸上から入る)ものが、回りまわって、水産業、漁獲という行為で、これを海から陸に上げていくということになります。

 データが古いのですが、山口大学の浮田先生が、「原単位法」という方法を使って、瀬戸内海の各灘において窒素やリンがどれくらい海に負荷されているのかという一方で、漁獲によって海から陸上にどれくらい上がっているかということを見積もったデータがあります。
 これを全部平均してみますと、瀬戸内海では、窒素で6.1%、リンで8.2%くらい、漁獲で上げていることになります。つまり、この図に書いてみますと、窒素やリンが陸から海に100入れば、魚の形で、窒素が6、リンで8の割合で陸に上がってくるわけです。少し気の遠くなりそうな数字の関係になりますが、こういう関係が成立しているわけです。

 先ほど松田先生から詳しく話しがありましたが、瀬戸内海の水圏環境の変化というのをざっと見てみますと、過去の高度経済成長期、瀬戸内海は、急激な都市化、産業・人口の集中化に伴い富栄養化が進行し、赤潮が多発しました。一時は、「死の海」と言われるほど、その環境も悪化していました。
 そのような中で、先ほど説明がありました、瀬戸内法という法律ができて、簡単にいえば、陸域から汚い水を流すのをやめましょう、という法律を作って規制して、とにかく汚い水を流すのを抑えてきた。

 これもさきほど松田先生の話にありましたが、この瀬戸内法というのは、排水の総量規制、自然海浜保全地区の指定、それから埋立地についての配慮、ということを実施し、水質改善に努めてきたわけです。

 この図は、さきほども色を違えた同じ図が出ていましたが、瀬戸内海の赤潮の発生件数を示しています。昭和45年から平成14年までのデータがありますが、縦軸が、瀬戸内海で1年に何件の赤潮が発生したかを表しており、バーの高さが件数を示しています。赤く塗ってある部分が、実際に漁業被害を伴った赤潮の発生件数です。
 高度経済成長期を、昭和30年から48年と勝手に定義してやれば、このあたりが、富栄養化が著しく進行してきた頃です。昭和45年からのデータしかないのですが、赤潮の発生件数はどんどん増えていきます。昭和48年に瀬戸内法ができますが、その3年後までは、赤潮の発生件数が増え続けます。しかし、年間約300件の赤潮があったのが、今は100件ぐらいに収まっていることが分かります。
 瀬戸内法の効果を検証するためには、使用前・使用中・使用後という3つのフェーズを押さえないといけないんですが、残念ながら、瀬戸内法に関して、その使用前・使用中・使用後、全部を押さえられたデータというのは、赤潮の発生件数を除いてありません。この赤潮の発生件数のデータから判断すれば、確実に、水質は良くなっていることが分かるわけです。

 先ほどの松田先生の話のように、総量規制をかけて、特に2002年からの第5次・第6次からは、窒素やリンの総量規制もかけて、瀬戸内海では、水質改善の努力をしてきました。いま、第7次の総量規制の話がされていますが、第6次の総量規制のあり方で、中央環境審議会では、「窒素やリンについては、大阪湾において引き続き削減が必要であるが、それ以外の瀬戸内海では、現在の水質を維持することが適切」という答申がなされました。
 これは非常に大きなことで、単に水質を良くするという時代は、この時点で終わっていると、環境管理・環境政策のターニングポイントであると思われます。

 「瀬戸内海はきれいになった」。これはもう、第6次総量規制で、大阪湾以外は、これ以上、窒素・リン濃度を落とさなくていいと言っているわけですから、きれいになっているのは間違いないのです。
 しかし一方では、イワシが獲れない、イカナゴが獲れない、ノリが色落ちをおこす、牡蠣も獲れないといったような、水産業にとっては悲しいことばっかりが起こってきています。

 この漁獲量が落ちるということに関して、原因は複数考えられるので、ひとつに絞ることはできないんですが、この図は、右の図が瀬戸内海の主要な魚介類の漁獲量の変化で、1960年から2000年までのデータを取ってあります。松田先生の話にありましたが、この漁獲量というのは、こう落ちていってるわけです。左の図は、瀬戸内海の海水中の濃度ではなくて、負荷量、どれだけの窒素とリンを負荷してきたか、海へ入れてきたかというデータですが、このデータは、1979年の瀬戸内法の使用後からの話であり、ちょうどこの幅というのは、この図の中で、この幅(緑色の部分)になるのですが、負荷量が減っていても、結局は、漁獲量も減ってるという、そういうことを示した図です。

 それからこれは、地元の四国新聞で、去年、イカナゴが全く獲れなくて、漁獲量がピーク時の1%、1割ではなくって1%しか獲れない、そういう風なことがありました。

 いまの瀬戸内海の状況を説明するのに、一番分かり易い図だと思って、いつも僕がこういう話をするときには持ってくるのですが、この図は、環境省(当時の環境庁)が出した図を、私の研究室で一部改編したものです。
 横軸に生物量と生物多様性、縦軸に水質を取ってあります。
 高度経済成長期以前は、水質はここにあったんですが、高度経済成長期の環境の悪化で、ここにあった水質は、ここへ落ちてしまいました。つまりY軸はズトンと落ちた、X軸も、負の方向へいってしまったのです。瀬戸内法を作って、この赤い点線に沿って元へ戻したかったんですが、実際には、35年経過していろいろ考えてみると、どうやら現状はここにはなくて、ここ(現状)にあるのです。
 縦軸だけ見てみれば、一度落ちたものが上がってる、水質は明らかに良くなってる、だけれども、生物量、あるいは生物多様性というのは、左へ左へと、低い方へ低い方へいってしまった。
 どうして、こちらに行かずに、良くない方向に行ってしまったのか、あるいは、今後どうすれば、これをここに戻せるのか、そういうことを、いま考えないといけないということが現状なわけです。この理由は、定量的な話ではないんですが、理由のひとつとして、埋め立てと海岸線の変化が考えられます。

 この図も、先ほどの松田先生の話で出てきましたが、埋め立ては、瀬戸内法ができたら減少したけれど、いまだに、徐々に徐々に続いています。
 それから、このバックにつけたのは、瀬戸内海の海岸線の変化を示したものです。これは、自然海岸・準自然海岸・コンクリート海岸・立ち入り禁止海岸の4つに分類して、それぞれ色を付けてあります。
 松田先生の話では、大阪湾でどんどん埋め立てが進んで、沖へ沖へ海岸線が出てきたという図が出てきましたが、僕の方は、地元香川で見てみますと、小豆島に関しては、わりと緑、自然海岸がまだ多いんですが、小豆島以外の香川県を見てみますと、各地域ごとに見ても、黄色の部分が非常に多いということが分かると思います。つまり、コンクリート海岸、鉛直護岸が非常に多くて、これを私は、よく「用水路の三面張りと一緒」という言い方をするんですが、そのように、海岸線自身が非常に変わってきています。

 この図も先ほど出てましたが、干潟・藻場が、どんどん減っています。調査が始まったころ、干潟は1898年からのデータがあるんですが、半分以下に、また藻場も3分の1以下に面積は減少しています。

 この干潟・藻場というのは、よくご存知かと思うんですが、香川県水産試験場の藤原さんが、実際に香川県の生島という所で撮影された写真です。メバルの稚魚がいたり、アオリイカが卵を産みつけていたりと、「海のゆりかご」と言われる所以なのですが、魚が卵を産みつける場所が、いまだんだん減ってきている、あるいは、魚が生まれてから、大きな魚に食べられないように、身を隠しながら大きく育っていく場所がもうないということです。

 もうひとつ、水質の変化と水産業ということについて、ノリの色落ちを例に、少し見てみたいと思います。香川県は、全国で6位か7位のノリの水揚げを誇っている県で、香川県の水産業の基幹でもあります。平成14年に、香川県で初めて、大規模なノリの色落ちが起こりました。その年、平年の6割しかノリが獲れなかったということがありました。
 ノリは、本来は黒いものなのですが、このように色落ちを起こすと、茶色いノリが出てきて、売り物になりません。この原因はもうはっきりしていまして、海水中の窒素、硝酸濃度が足らないということです。

 この図は、香川県のノリの年間生産枚数を、1965年から2005年までを示したものです。
 先ほど新聞記事をお見せしましたように、2002年に色落ちが起こって、非常に生産枚数が少なくなりました。この上昇カーブのところは、ノリ養殖がどんどん増えてきて、僕は1990年代を安定期と勝手に呼んでるんですが、この時期は、非常にノリがよく獲れました。ここでガクンと落ちて、ノリの色落ちが起こってから、翌年、若干回復したんですが、その後、5年間くらいを見てみると、実は、この低い所で低迷しています。この横のラインをどこで引くか、もっと低く引いた方がいいのかもわかりません。このように急にガタンときたという気がしますけど、2002年を境に、ノリが香川県で非常に獲れなくなっているということです。

 一般論としてノリは、植物プランクトンと同様に、光合成をする植物ですので、海水中の硝酸、リン酸塩等の栄養分を必要としています。
 単純に考えれば、雨がたくさん降って、陸上からたくさん窒素・リンが流れこめば、ノリはよく獲れるはずです。

 実際に、香川県の水産課からデータをもらいプロット(打点)してみますと、横軸がノリ漁期である10月から2月の積算降水量、縦軸がその年に獲れたノリの生産枚数です。
 僕が安定期と呼んでいる1991年から2001年をプロットしてみますと、きれいに、このように直線に乗りました。つまり、雨が降れば降るほど、ノリはよく獲れました。
 ところが、ノリの色落ちが初めて起こった2002年は、プロットすると、ここ(緑の●)にきます。この時、香川県庁の人と議論して出した結論というのは、おそらく雨が少なかったので、少しノリができなかったのでしょうねという話で結論をつけました。それで漁師さんにエライ怒られまして、「偉い先生が集まって議論して、結局出てくるのはお天気頼みか!」と言われたんですが、しかし当時は、事実そうだと思ったんです。ところが、2002年以降不作の年を全部プロットしてみると、色つきのプロットなんですが、こういう所にプロットされてきました。
 つまり、僕が安定期と呼んでいたこの直線には、もう戻らない。ここから外れたところばかりでノリができていき、雨が降っても降らなくても、この線より下にくるということです。

さきほどの図と合わせて見てみますと、安定期と呼んでいるところは、きれいに直線に乗って、その後というのは、この辺にプロットされています。つまり、雨が降っても、もうノリの出来高は期待できないというのが現実です。

 これは、香川県水産試験場の浅海定線のデータを借りてきました。香川県水産試験場は、播磨灘にいくつかの観測点を持っていまして、1983年から2008年までのその平均値を示しています。青が表層、赤が底層の深いところの水の窒素濃度、DIN無機酸態窒素、主に硝酸ですが、硝酸とアンモニアを加えた無機酸態窒素の濃度です。
 ノリは表層で作りますので、水色を見ていただけば良いのですが、明らかに右肩下がり、どんどん、無機酸態窒素DINの濃度は減少しています。この赤い矢印で示しているのは、不作の年の状況ですけども、このように播磨灘では、栄養塩濃度は明らかに減少してきています。ノリ業者も悲鳴をあげていて、なんとか規制を緩和してくれということも言われています。

 ここでよく問い合わせがあるんですが、漁業者は、「栄養塩が足らんのなら、入れないかんわなぁ」ということなんですが、確かに栄養塩は減少していて、ノリ養殖には足りない。ところが一方では、環境省の全窒素濃度では、CODも同じなんですが、横ばい、減ってはいないと言われるわけです。
 赤潮の発生件数を見ると、下がっているので水がきれいになった、しかし、COD、TN、TP(全窒素・全リン)で見れば、「言うほど落ちてないのに、ノリが獲れないのはなんでや」ということなんですけれども、無機酸態窒素と呼んでいるDINというのは、水産試験場や香川大学でも測っているパラメータです。

  植物プランクトンは、光合成をするのに、無機態窒素を利用します。これがそのまま光合成の部品になるわけです。一方、環境省が濃度測定をしているのは、全窒素、トータル窒素というやつで、リンでも一緒ですが、無機態窒素に有機態窒素を加えたすべての窒素、全窒素の量で見てるわけです。環境省が総量規制をかけているのも、これなんです。
 これを分かりやすく言えば、いま、この無機態窒素が足りなくて、ノリができないと言われていますが、これが3分の2に減ったところで、全窒素がちょっと下にくる程度なので、全窒素の変化では見えてこないということです。

 私たちの目の前の播磨灘では、ここは香川大学瀬戸内圏研究センターのホームグラウンドだと思っていますけど、兵庫県が北側を、南側は香川県がこれだけ観測点を持っています。香川大学も、ここに観測点を持っています。環境省も、このグリーンのところに観測点を持っています。
 これらを比較することは、年4回しか観測をやってないとか、毎月やってるとか、いろいろ条件は違うんですが、今日は分かりやすい例として、比較的、香川県と環境省で観測点がほぼ重なり合っている、この環境省の観測点195番と、香川県の1番を比較してみますと、こういう図になります。

 上が香川県が出しているデータ、下が環境省が出してくるデータですが、左がリン、右が窒素、今日は窒素だけ見ていきます。
 さきほど、播磨灘は平均値で示しましたが、観測点1番でも右肩下がり、DIN濃度は明らかに落ちてきています。

  ところが、TN濃度というのは変動がすごく激しくて、ギザギザして一定の傾向は見られません。ただし単位がこちらはμM(μmol/l)、こちらはmg/l(ppm)濃度で表示していますので、これをM表示して、1つのグラフにプロットすると、こういう感じになります。つまり、TN濃度が高いので、この変動ばかりが目について、この縦軸をギュッと縮めさせてしまうと先ほどは、右肩下がりに見えてるんですが(下がっている)、TNに合わしてしまうと、ほとんど見えてこないというのが現状なわけです。
 これで僕が言いたいことは、水産業は、海水中の非常に微妙な窒素濃度の変化が、大きく影響しているんだということです。
 ですから、さきほども里海の話がありましたが、環境をどういう風に管理して、つまり維持という言葉は悪いかもしれませんが、人間が手を加えて、何とか魚を獲れるようにしたい。
 おいしい魚を食べたいと思うけれども、負荷している量は、100を入れても魚として上がってくるのは、せいぜい10以下です。また、環境省が全窒素、全リンを一生懸命測っていますが、実は、その濃度の10分の1程度の中の「振れ」、無機態窒素の「振れ」が、そのままノリの出来に影響してくるというように、海というのは、非常に微妙なバランスの上に成り立っているということです。

 「栄養塩が足らないのなら、肥料を撒いてよ!」という話は、当然のこととして出てくるわけですが、海の生態系は複雑ですから、今すぐ規制を緩めて、もうちょっと窒素・リンの濃度を上げましょうとは言いながら、単純に、水産物の水揚げの増加にはつながるとは考えられません。
 先ほどの図で見るように、浅場がもうないとか、そういうことをすべて考慮して考えると、単純に、窒素・リンの濃度を上げてしまえということにはならないわけです。
 そのあたりが、先ほどの松田先生が言われてた、「これまでとこれから」の「これから」の生態系を見ていかないといけない、水質管理ではないという話なんです。 ]

 それともうひとつ、変な風にとられると困るんですが、これは先ほど示した瀬戸内海の主要な魚介類の漁獲量、下は赤潮の発生件数です。
 いま1970年から2000年のここを、横軸(時間軸)に合わせました。
 何が言いたいのかと申しますと、赤潮が出てた時というのは、漁業者の人は非常に困っただろうと思うんですが、でも魚はよく獲れてたわけです。汚い海と豊かな海は「紙一重」ということです。
 ですから、赤潮が発生しても我慢しろということではないんですけども、これもひとつの現実だろうと思っています。

 それではこれからどうするのかということですが、栄養塩が多ければ当然、光合成量、一次生産量は多い。植物プランクトンはよく増えてくる、だから漁獲量もおそらく増えるでしょう。
 しかし、富栄養化してしまうと赤潮が出て困る、あるいは生物多様性は減少する、汚い海にしか住まない生物ばかりになってしまう。栄養塩が少ないと、プランクトンが増えなくて、光合成量、一次生産量は少なくなる、漁獲量も当然減るでしょうし、ノリも色落ちしてできないでしょう。
 それでは、瀬戸内海の適正な栄養塩のレベルはどれくらいなんですかということなのですが、言うのは簡単なんですけど、これが非常に難しい話で、繰り返しになりますが、生物生産性と生物多様性、赤潮防止と漁獲量増大、富栄養化防止とノリ養殖、相反する両者を両立させる条件という、最大公約数をどこかで見つけてこないといけない。この栄養塩レベルは、どれが適正かという話になっても、これは2方向から考えないといけません。
 ひとつは、底質や海岸がどうなっているか、あるいは浅場の状況、近くに藻場や干潟があるのか、海水がどういう風に動いているのか、こういうところをまず考えて、どういう海が適しているのかということを目指す方向を決めないといけません。

 それから、その海をどういう海にしたいのか、とにかく、藻なんか全然なくて、海水浴するときにアマモとかがへばり付いてくるのが気色悪いとかですね、そういう沖縄の海のようなきれいな澄んだ海を目指すのか、あるいは、少々緑色でもいいから、牡蠣がたっぷり獲れる、あるいは、ノリが獲れる海がいいのか、その2つの方向から、どんな海がほしいのか、あるいは、どのような海を目指すのか、という所から考えていかないといけない時代に来ています。
 あまり突っ込んで水産の話をできませんでしたけども、水圏環境の変化と水産ということで、いま私が考えているところをお話しさせていただきました。どうもありがとうございました。



【質疑・応答】
Q.ノリと栄養塩の関係について2つの質問をさせていただきます。
①1970年代から80年代にかけて、沖合でのベタ流し養殖が始まり、生産量の増加は、この新しい養殖技術が適用されることで高くなったのではないでしょうか。
②もともと、ノリの養殖には適さない沖合での養殖が始まったということであり、瀬戸内法が制定される前の汚い海域の栄養濃度から減少したと考えるのであれば、今の生産量は適当なのかなとも考えられると思うのですが、その辺りいかがお考えでしょう。


A.ノリがどれだけ獲れるのが理想かという話は、おっしゃる通りだと思います。現に、有明海と瀬戸内海では、ノリの作り方自体が違います。
 先ほどおっしゃったように、瀬戸内海は沖流し式ですから、ノリを、水が淀んでいる栄養塩濃度の高い所で獲る有明海と、栄養塩濃度は低いけれども、ノリ網を横切る水の体積で勝負という瀬戸内海とでは、全然違います。
 そういった意味で、ノリが色落ちを起こす濃度も、瀬戸内海では、窒素が3μMぐらいと言われている一方で、有明海では5μMですから、かなり違います。
 僕は必ずしも、この安定期と呼ばれているレベルまで戻しなさい、とは考えてはいません。ただ香川県は、全国6位、7位の水揚げ実績を持つ県ですから、「ノリはもういいじゃない」では済まされないと思います。
 最後の図に書いたように、網を張ればどこでもできるということではなくて、海域ごとにゾーニングをかけて、ここでは最低これくらいは獲りたい、というような目標を策定すべきだと思います。答えになってないかもしれませんが。


Q.徳島県でも色落ち現象は起きていて、ノリばかりでなく、最近では、ワカメの色落ちも出てきております。ですから漁業者も、3月遅くになってからではなく、色落ちを警戒して1月、2月から収穫しているのが現状です。ノリに関しては、吉野川河口とか、本来、昔からノリ養殖をやってきた所は影響が少ないのですが、播磨灘側とか、沖流しの沖合の漁場は、やはり、ノリの色落ちは顕著に発生しています。ですから、どの栄養塩レベルが適切であるのかは本当に難しいなと考えているところです。


Q.今年の3月までノリ担当でしたので、ノリ養殖の現状について、ひと言話させていただきたいと思います。
 示されているグラフにありますように、安定期での枚数は、7億枚から10億枚であり、漁業者にとって十分生活できる枚数で推移したというのがあります。平成14年以前にも、その兆候はあったのですが、ユーカンピア(植物プランクトンの一種)が、ノリ漁期に大量に発生したことで、急激な色落ちが起こり、その時点で、生産を断念せざるを得なくなりました。2002年以降の栄養塩濃度レベルは、このように急激に減ってきているというのが現状です。栄養塩レベルは、多田先生が言われたように、確かに3μMは必要だと思うのですけど、それが、例えば2ぐらいに下がっても、ユーカンピアさえそれほど発生しなければ、それなりのノリの生産は持続できるのかなというような気がしています。以上です。
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