「船の祭典2010共催事業」香川大学瀬戸内圏研究センターシンポジウム
 松田 治氏 「環境管理:これまでとこれから」

【講演内容】
 みなさん、こんにちは。さきほど、いささか過分なご紹介をいただきました松田でございます。

 瀬戸内海が国際的に高く評価されるようになったのは、、やはり、鎖国時代にはなかなか国際的な交流がありませんので、明治の開国以来ということになります。
 いまから100年少し前、1907年にですね、ドイツの「リヒトホーフェン」という地理学者で「シルクロード」という言葉を作ったりした方でありますが、例えば「大小無数の島々・・、広い区域に渡る優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであろう。・・幸福と繁栄の象徴がある。・・すでに天国が出来上がっているのだ。」というような表現をされています。さらに、「この状態が今後も永続するように祈りたい。この最大の敵は、文明と、これまで知らなかった欲望の出現である。」

 100年以上も前にですね、こういった懸念、あるいは予言をされているわけですけれども、それが当たったというふうに言わざるをえないかと思います。その様子をもう少しご紹介したいと思います。それから、この記述の特徴は、この方が、単なる旅行者の一人ということではなくて、当時、世界で最もいろいろな海の環境やその景観を見て歩いてる人ですので、かなり客観的な評価と言えるのではないか、という点でございます。
 ということで、今日はですね、この瀬戸内海の基本的な特徴、それから、環境や生態系がどのように変わったか、理由は何か、それに対する環境管理政策、施策のようすはどのように変わったか、これからどうしたらいいか、大体このような筋でお話したいと思います。

 瀬戸内海は、皆さま目前にございますのでご承知でしょうけれども、日本で一番大きな閉鎖性海域です。
 日本には、環境省の指定で、88の閉鎖性海域がありますが、残りの87の海域面積を足したよりも大きいという、非常に大きい閉鎖性海域です。
 さらに、大きさでいいますと、だいたい大阪湾が東京湾と同じくらいです。そして、出口は非常に限られておりますので、どうしても閉鎖性が強く、水換わりが悪い。それから、流域に人口が3,000万人ほど住んでいて、産業活動も盛んな地域ですから、どうしても、人間活動の影響を受けやすい海ということになります。

 少し海洋学的に見てみますと、これは、人工衛星から撮った海水表面の「クロロフィルA」、すなわち、植物プランクトンの量を示す図でございますが、本州の沖合の、黒潮域なんかでは、植物プランクトンが非常に少ない。
 多いのはどこかというと、この沿岸、岸寄りのところです。さらに、赤いところが一番多いんですが、瀬戸内海は、植物プランクトンが非常に多いということが分かります。この白いのは雲ですので無視してください。そういうような、非常に栄養に富んでいて、植物プランクトンの生産が盛んなところでございます。

 従いまして、例えば1980年代くらいのレベルで、単位面積当たりの漁獲量、1年間に1平方キロメートル当たり何トンの魚が獲れるかという指標で比べますと、瀬戸内海は、世界有数の漁場である北海ですとか地中海、バルト海、アメリカ東海岸チェサピーク湾に比べましても、非常に高い数値を示しております。
 最近こそこの漁獲量は約半分くらいになってますが、それでも世界的に見れば、非常に漁獲量が多い、魚がたくさん獲れるということです。豊かさというのは、種類と量の両方がありますが、このデータからは、少なくとも量的に瀬戸内海は豊かであることを示しております。

 しかしながら瀬戸内海では、1960年代ぐらいから、公害などの、非常に様々な問題が起きました。当時は、「死の海」と紹介されたりしておりますが、赤潮の頻発とそれによる漁業被害がたくさん発生して、赤潮裁判が起きたり、様々な社会問題にもつながったわけであります。

 一方で、かなり早い時期から、対策ですとか取り組みも行われましたので、この赤潮の発生件数だけを見ますと、1970年代中頃の1年間に300件ぐらい起きていたものが、その後、約3分の1に減っております。すなわち、赤潮発生件数は、当時の3分の1程度にこそなりましたが、しかし今でも、毎年100件ほど発生している状態です。

 この秋に、生物多様性条約の会議がありますので、「生物多様性」という言葉が流行っておりますが、それでは、生物のどんな種類がいただろうかということは、なかなかデータがないんですが、これは、広島県の呉周辺における、ほぼ50年間の海岸生物のモニタリングデータです。
 そうしますと、これが種類数で、それぞれの折れ線は地点を示しますが、いずれの地点においても、1960年代の中頃から、そこに住む生物の種類数が急激に減少していることが分かります。
 だいたい1990年頃に最低に達しまして、最近では、少し復活と言いますか、増えつつある傾向に入りましたけれども、しかし、その絶対数というのは、当初に比べて、まだずっと低いレベルの種類しか復元していない、そういう状況ですね。
 それから、地点によって少しその種類数が減る時期に違いがありますが、1番早く減ったのが河口域で、1番最後まで減らなかった、しかし結局は減るわけですが、島嶼部です。ですから、これは限られた地域のデータですが、河口域から島までを含んでいるので、瀬戸内海の他の地域においても、このような変化が起きたのではないかということが推察されるわけでございます。

 それから水産については、あとで多田先生の方から詳しいお話がありますので、ごく簡単に触れますと、漁獲量全体は、富栄養化の進行に伴って、1980年代中頃まで増えました。カタクチイワシ、そういったものですね。
 しかしながら、漁獲量全体は、その後半分くらいに減っています。さらに、この図でいうと白い部分ですが、貝類、例えばアサリやハマグリなどの二枚貝とかですね、そういったものが激減して、現在はほとんど獲れない、そういうような状態になっているわけです。

 瀬戸内海には、「瀬戸内法」といわれる、瀬戸内海の特別な法律があるわけですが、具体的には、瀬戸内海環境保全、制定当時は臨時措置法、現在は特別措置法です。これは、当時としては、非常にユニークな先進的な法律でございました。
 そのひとつは、海の法律でありながら、陸部までを法律の範囲に加えていることです。瀬戸内海に直接面している府県は11ございますが、さらに、瀬戸内海に面していない京都、奈良の全域ではありませんが、この1府1県につきましても、川を通じて瀬戸内海に影響を及ぼすということで、法律の対象になっているわけです。
 今でいう、海と陸との一体的管理というものの「はしり」といいますか、そういった制度でございます。この「瀬戸内法」が1973年に制定されております。

 それから、瀬戸内海は他の海域に比べますと非常に浅いといいますか、平均水深がわずか40メートル足らずで、浅い海でございます。その名前の通り、瀬戸が多くて潮流も非常に速いという海です。俗に瀬戸内法といわれる、瀬戸内海限定バージョンの法律の特徴は、いろいろありますけれども、特徴的なものに、「総量規制制度」があります。
 瀬戸内海に入る汚濁物質を、濃度で規制するのではなくて、総量で規制する。特にCOD(化学的酸素要求量)と窒素とリンですね。それからもうひとつは、なるべく埋立てを抑制しようと、埋立てに関わる特別な配慮が、当時としてはかなり早い時期から盛り込まれたことも特徴です。

 こういった管理制度によりまして、例えば、CODの発生負荷量、全リンの発生負荷量、あるいは、全窒素の発生負荷量というのは、かなり順調に削減することができまして、これは国際的には、栄養塩管理の成功例というように評価されており、欧米の大学などでも教えられているところです。

 このスライドは、さきほど申しあげました、この縦軸の赤潮の発生件数と、リンの流入負荷、栄養が陸から海にどれくらい入ってくるかという横軸との関係を、広島大学の山本先生が整理したものでございます。
 1950年代からの富栄養化の進行に伴いまして、リンが次第にたくさん入ってくるようになると、赤潮が頻繁に発生するようになります。それで、1972年には200件近く発生し、1973年に法律ができたものの、しかし法律がすぐ有効になるわけではありませんから、少し時間がずれますが、その後、富栄養化のもとになる流入負荷が、減少していくわけですね。
 今度は、この点が右から左に移動していくわけですが、そうすると、赤潮はやや減るんですけれども、元のように減るわけではないということですね。すなわち、流入負荷を削減することは、赤潮の数を減らすのにもちろん役に立つけれども、それだけで問題が解決するわけではないということです。
 なぜかといいますと、例えば、その時点で流入負荷を削減しても、もうすでに、それまでの「ツケ」が海の泥の中に溜まっているとか、あるいは、その他の影響も変わっており、いろんな複雑な要因がございますので、栄養塩を減らせばそれで話が済むというわけではないということが、お分かりいただけると思います。

 栄養塩の負荷量と海水中濃度の間には、大雑把にいえば、正の相関関係があります。たくさんの栄養が、面積あたり入ってくるほど、海水中の濃度も高いというわけですね。
 そのレベルが海域ごとに違います。東京湾が一番負荷も多いし、濃度も高い。大阪湾、伊勢湾、瀬戸内海(大阪湾を除く)という順になってますね。それから、この図の中の色違い、赤が昭和50年ぐらい、青が平成15年までですから、全体的には、時代とともに左下方向に移動しているんですね。ですから、全体的には、時代とともに負荷が少し減って、濃度も少し減ったということが理解できると思います。

 さて、瀬戸内海の水質管理に関わるシステムは、簡単にいいますと、日本で一番厳しい制度になっております。海の中で、まず、閉鎖性海域と閉鎖性海域でない海域で、この水質基準に窒素・リンが入っているかどうかで制度が大きく異なります。
 それから、88の閉鎖性海域の中でも、東京湾・伊勢湾・瀬戸内海には、総量規制という制度が課せられており、それ以外には課せられておりません。
 さらに少し細かい点になりますが、この東京湾・伊勢湾・瀬戸内海の中で、「特定施設」という、1日50トン以上の水を排水するような施設・工場に対して、他の海域では届出をすればいいだけですが、瀬戸内海の場合には、許可が必要で、閉鎖性海域の中でも、東京湾・伊勢湾に比べて、瀬戸内海が一番厳しいという仕組みになっているわけです。

 次に、もうひとつの瀬戸内法の特徴である「埋立抑制」がどのように機能したかを示します。
 この赤い棒が毎年毎年の埋立面積で、正確には許可面積ですが、こういった埋め立て行為が行われてきました。ここの点線のところで法律ができました。その後は、埋立面積が大きく減っていることが分かると思います。
 しかしながら、累積面積は、その後も増え続けまして、比較的最近では、3万ヘクタールくらいに達しました。つまり、瀬戸内法は、埋め立てがどんどん増えるのを抑制することには役立ちましたが、それで埋め立てがなくなったわけではないということです。

 その結果、どのようなことが起きたかといいますと、例えば、大阪湾では、これは時代別に埋め立てられたところを、色分けしている図ですが、結果的には、自然の海浜、浜辺、そういったものがほとんどなくなっていることが分かります。
 このオレンジ色と黄色が戦後の埋立部分ですが、ほとんどが人工海岸、いわゆる垂直護岸と呼ばれるような人工的な海岸線になっています。
 そういった所では、当然、浅場・藻場・干潟が失われました。あとで一見先生から詳しく説明がありますが、非常に重要な生態系が失われたということです。
 このことは、ただ藻場・干潟が失われたとこととして理解すればいいかと言いますと、もちろんその機能が失われたということでもありますが、一般の人にすると、昔は自由に散歩したり、潮干狩りをしたり、あるいは海がキレイならば海水浴をしたり、自由に行くことができた海ですが、そういった「オープンアクセスのできるコモンズ」とでも言いましょうか、人々の共有空間というものがなくなった、失われた、取り上げられたと理解してもいいわけです。
 ですから、この図は、今、多くの人が都市に住んでいて、その周りには自然の海がなくなったということを象徴的に表したものともいえるわけでございます。

 では、昔のような、自然のスロープがある海岸が、人工的なコンクリートで固めた垂直護岸に変わるとどういうことが起きるか、一例を挙げます。
 瀬戸内海は、ご承知のように、潮汐(ちょうせき)が大きくて、大潮の場合には、3メートル以上の潮差があり、基本的には1日2回干満がありますから、毎日2回、大量の海水が水平的に動きます。
 その際、水が撹拌されますので、酸素も下の方まで行きますし、干潟などの浅場には、たくさんの生物が住むことができます。ですから、この場合には、水の流動性がよく生物生息環境としてもいいわけです。
 ところが、自然の浜がコンクリートで垂直護岸に変わってしまいますと、干潮満潮があっても海水が、ほとんど水平方向には動けません。空間がないですから。
 そうなると、自然の場合に比べて、流動性がずっと少なくなります。簡単にいえば、水が淀むということです。それから、浅場に棲んでいた生物たちによる、生物学的な水質浄化能もなくなりますから、もし、陸から同じだけの汚れ、汚染物質がきたとしても、人工海岸では、こういった浄化能が働かないことになります。
 海洋学的にいえば、成層しやすくなりますので、表層で赤潮、下層で貧酸素が発生しやすくなるわけです。ですから、海岸をコンクリートで固め過ぎたということは、こういった環境生態系にも、さまざまな影響を及ぼしております。

 この図では、先ほど示した埋立面積の変化が、折れ線グラフで、それと貝類の漁獲量が、棒グラフで示されています。もちろん、貝が獲れなくなった原因は埋立だけによるものではありませんが、時系列で現象論的にみますと、埋立が進行すると同時に、貝が獲れなくなっています。
 この間、当然に藻場・干潟面積も減ったわけですが、こういうことが瀬戸内海において、かなりの場所で起きたということであります。

 どこの海域でどれだけ干潟が失われたかという、これは海域別の色分け図ですけども、強いて特徴を上げれば、下から2番目のクリーム色の備讃瀬戸ですね。
 備讃瀬戸、まさにこちらの香川県と岡山県の間の海域ですが、ここでは、1945年、ちょうど戦後すぐには、5,000ヘクタール近くあった干潟が、例えば水島工業地帯の造成とか様々な改変が行われましたので、現代では非常に少なくなっている、そういうことが起きたわけです。

 それから、先ほど大阪湾の例で示した人工の海岸線、これは大阪湾なら仕方がないかなと思うかもしれませんが、瀬戸内海に面している11府県全体での統計をこの図で示します。大阪湾では、緑色が自然海岸ですが、自然海岸がほとんどない。福岡県も少ないですね。しかし、もう少し自然の海があるのではないかと思われるような、自然豊かといわれる大分県でも、自然海岸は3分の1以下です。徳島県についても、半分以下ですね。そういうことで、瀬戸内海全体で海岸線が非常に人工的に改変されたということが分かります。

 次は海ゴミの問題です。1年前に、漂着ゴミについては、処理を推進する新しい法律ができましたけれども、現在でも、浮遊ゴミ、海底ゴミについては、実態の解明を含めて、まだ未解決の問題が多いのが実状です。
 これは、私自身が淡路島で撮った写真ですけども、先ほど申しましたとおり、大阪湾には自然の浜がありませんので、湾の奥に排出された浮遊ゴミは、大阪湾の奥には漂着せずに、この辺まできて漂着するということです。

 さてそれでは、こういった瀬戸内海の海の環境管理に関わる法律がどう変わったか、2枚のスライドで示したいと思います。
 1枚目は1900年代、20世紀後半ですね、2枚目が21世紀となっています。
 基本的なキーワードで見てみますと、1960年代ごろの「公害対策基本法」、1970年代に入って瀬戸内海の環境保全の法律、それからご承知のように、1990年代には、地球環境問題が出てきまして、地球サミットが出てきますね。国際的にはかなり遅れ気味ですが、1993年に「環境基本法」。この中で循環・共存・参加・国際という概念が使われています。
それから、海・川の法律では、1997年の河川法の大改正、これが非常に重要な役割をしております。
 従来、河川法では、水の利用、利水、それから洪水防止などの治水が2大目的でしたが、これらにこの大改正により、「環境配慮」と「住民参加」が加わりました。
 その後、少し遅れますが、海岸法や港湾法が、同じ趣旨で改正されました。
 それから、瀬戸内海では、瀬戸内法に基づく基本計画の見直しという過程で「創造的施策」、いわば「環境修復の考え方」が全国に先駆けて導入されました。


 2000年代になりますと、少し主旨が変わってきます。
 法律の名前で申しあげますと、例えば、自然再生推進法、有明・八代の再生特別措置法などで、「再生」というなかなか重要な概念が入ってきます。
 そしてごく最近ですが、世界に相当遅れて、海洋基本法の中に「沿岸域の総合的管理」という考え方が入ってきます。
 さらに、さまざまの国家戦略などに「里海」という考え方が入ってきます。
 それから最近になって、生物多様性基本法、海岸漂着ゴミの処理の推進法が制定されました。今年、名古屋のCOP10を控えて、「生物多様性国家戦略2010」が策定されております。

 こういったキーワードで大体お分かりになるかと思いますが、瀬戸内海については、大雑把にいうと、1960年代頃の公害対策から環境保全になって、現在は、自然再生・環境修復・生物多様性という問題が重要になっています。
 この間、社会経済体制の方も、高度経済成長期の大量生産・大量消費・大量廃棄という時代から、現在では、法律的にも、持続的な循環型社会を目指すということになっているわけで、海・川についても、流域管理ですとか、森・川・海の繋がりを重視するとか、あるいは、「里海づくり」、最近になって「沿岸域の総合的管理」というようなことが、大きなテーマになっているわけです。

 そういうことで、この沿岸環境管理に関わる最近の大きな変化、これはまさに、この2~3年といってもいいと思いますが、非常に大きく変わりつつあります。

 そのひとつは、2007年の海洋基本法、先ほど申しあげましたが、この中に「沿岸域の総合的管理」が入ったこと、それから、生物多様性の保全、国家戦略では「里海」、豊饒の「里海」の創生、あるいは、第3次生物多様性国家戦略の中に、やはり、この里海という考え方が入りました。
 それから、農林水産省の生物多様性戦略の中にも、里海・海洋の保全という表現で、森・川・海を通じた生物多様性の保全といったことが、重要なテーマとして盛り込まれております。

 例えば、海洋基本法に基づく海洋基本計画の中には、水産資源の保存管理というテーマについても、「里海の考え方の具現化を図るべき」だと、あるいは、環境の保全という面からも、「里海の考え方が重要である」ということが明記されております。
 農林水産省の生物多様性戦略でも、里海海洋の保全、森・川・海を通じた生物多様性保全の推進ですね、そういう重要なことが国家の戦略に入ってきています。

こういった戦略や制度ができますと、やはり、実際の省庁系の事業、いわば予算化にも繋がっているわけで、少し例を挙げますと、環境省の事業では、平成20年度から、里海創生支援事業という里海のモデル作りのような事業が各地で進められております。
また今年度からは、海域の物質循環を健全化する健全化計画、こういったものも予算化されておりまして、これからちょうど、気仙沼、三河湾、播磨灘などで、モデル海域による計画策定が、3年計画で進むところです。
 一方、水産庁の方でも、おそらく、この香川県等でもあると思いますが、実際に、地域で環境・生態系の保全活動をされている方への支援事業が、一昨年の平成21年度から進められています。特に藻場・干潟・サンゴ礁などの保全活動に対して、例えば、漁業者とか地元のNGOとか、そういう方に支援がいくような制度が、ほぼ日本各地でスタートしています。

 それから瀬戸内海には、先ほど紹介した瀬戸内法に関連してといいますか、むしろ瀬戸内法の生みの親となった「瀬戸内海環境保全知事・市長会議」という組織がございます。これは、関連13府県の知事と、政令指定都市・中核都市の市長とで構成される会議ですけども、ここが5~6年前から、瀬戸内法の大幅な見直しを進めています。
 瀬戸内法は、先ほど申しあげましたように、非常に大きな役割を果たしましたが、その後、世の中も変わり、新しい法律もできましたので、35年以上経ちまして、少し賞味期限が切れたような形になっておりました。
 その大幅な見直し、通称「瀬戸内新法の制定」といった動きがございます。その中の大きなテーマが「瀬戸内海を豊かな里海として再生しよう」、それから「美しい里海として再生しよう」ということでございます。
 やや具体的には、「生物多様性の確保と水産資源の回復」、それから、先ほどの大阪湾のように、人がアクセスしにくい海になっておりますので、「美しい自然とふれあう機会の提供」、こういった内容で、瀬戸内法の大幅な見直しが行われております。
 しかし、最終的には、立法、国会の案件になりますので、今のところ政権が変わったこともあり、すぐにどうなるという状況ではありません。

 わたくしは岡市先生の後を受けて「瀬戸内研究会議」のお世話しておりますけども、そちらとしましても「瀬戸内海を里海に」という本を出版しました。
 キャッチフレーズは、「きれいな海から豊かな海へ、それが里海だ」でございます。
 このような里海に関する活動は、いろいろございまして、例えば、この頃では、随分とメディアにも取りあげられております。

 これは一昨年の12月の毎日新聞の社説で、「里海」創生、“海を身近にするチャンスに”と出ておりますが、こういった大新聞などにも取りあげれられるようになりました。
 里海が少し市民権を得てきたと、そういう状態でございます。

 さて、里海づくりは、先ほどの生物多様性・生産性、すなわち、生態系を重視する、それから物質循環、例えば陸と海を通じた物質循環を重視する、人と海とのふれ合いを重視する、というような活動でございます。ですから、単に昔懐かしい海に戻ればいいということではなくて、様々な新しい知見や、科学的根拠も取り入れながら、物質循環がスムーズで豊かな生態系の海を、人間との関わりの中で再構築していく、あるいは新しく創っていく、そういったことでございます。
 ただ里海といっても、一般的には定義がはっきり決まっているわけではありませんから、どういう所でその里海活動が行われるのか、漁村なのか都市近くの海なのか、あるいは、流域まで含めたエリアなのか、それから、活動の主体が漁業者なのか生産者なのか、あるいは市民なのかNGOなのか、こういった観点から、いろいろな分類ができるのではないかというように整理しております。

 これは環境省の環境創生支援事業でございますけれども、さきほど申しましたような問題を解決して、今年度末には、里海づくりのマニュアルのようなものができる予定です。里海づくりを進めるには、どういう点に注意したらいいか、実際にはどういう例があるか、そういうものが取りまとめられます。
 あるいは、日本でこれがうまくいくのであれば、アジアへも日本から環境保全について貢献していきたいというような仕組みになっています。

 ということで、里海の国際発信についてちょっとご紹介します。
 例えばこれは、2008年、2年ほど前に、中国上海で開催された「エメックス(EMECS)」と呼ばれる「世界閉鎖性海域環境保全会議」の様子で、500人近い人が、37ヶ国から集まりました。
 この中で、里海に特化した里海セッションが開かれまして、最終日に採択された「上海宣言」の中で、「里海は人類と閉鎖性海域の建設的な相互作用を促進する概念」と記されるなど、このような国際会議でも取り上げられるようになりました。
 
 それから、昨年11月には、フィリピンのマニラで、“East Asian Seas Congress 2009”という、東アジア海域環境管理に関するかなり大きな会議が開かれ、約1,600人が43ヶ国から集まりました。
 この中でも、里海に関するワークショップが行われました。たまたま私が座長を命じられまして、あとは、里海の提唱者である九州大学の柳先生と、国連大学のアン・マクドナルドさん、ユニットの所長という立場ですが、そういった方々が座長団を作りまして、1日かかって里海の議論を国際的に行いました。
 前半では、日本から里海の事例紹介、後半では、アジアの各地から、里海に似たような取り組みを紹介していただき、それを総合討論で議論しました。

その結果、アジアでは、里海に類似の、伝統的な海の管理といったものが行われていまして、それには、かなり共通性もあるし、もちろん特徴もあるということが分かりました。
 それから、日本でも里海づくりが制度にも取り上げられたこと、里海は今後、世界に発展する可能性があるということなどが報告されました。

 この会議には、こういう若者もたくさん参加しましたが、対象とするのが、概ね、東南アジア、アセアンの諸国に、日中韓が加わったエリアですが、東アジアでは、非常に大きな海の会議です。
 それから、国家間の閣僚フォーラムもありまして、日本からは、国土交通省の藤田審議官が出席しました。
 このような議論を、政府間の会合につなげるということも可能になっています。

 それからもうひとつ、いま国際的に取り上げられている里海の活動は、「Satoyama-Satoumi Sub-Global Assessment(SGA)」と呼ばれている、国連関係の活動でございます。

  これは、21世紀になったときに、国連主導で「ミレニアム生態系評価」というアセスメントが、2001年から2005年にわたって、世界中の重要な生態系で行われましたが、SGAはこの地域限定版でございます。
 日本ではこれが、里山・里海を対象にして、北海道から九州で行われていますが、この中で代表的な里海として、瀬戸内海が採択されております。この結果は、今年の10月の、名古屋のCOP10でも報告される予定です。

 このスライドは会議の風景です。
 これはちょうど、この生物多様性条約の事務局長のジョグラフさんが来日されたときの、京都大学での風景です。
 ごく最近も、横浜で会議が行われたところですが、現在、瀬戸内海から出されたレポートなども含めて、ナショナルレポートが取りまとめられているところです。

 これは、そのサブグローバル評価が行われた、当初の34地域ですが、これには残念ながら、日本は入っておりませんでした。
 日本で初めてのサブグローバル評価の対象が、里山・里海ということでございます。

 日本では、北海道から西日本までのクラスターがありますが、これは、公募制でプログラムが作られたものですから、里山・里海といっても、実際には、里山がほとんどで、里海は部分的には、東京湾の三番瀬と七尾湾とかありますが、瀬戸内海が代表的な里海という形になっておりますので、少し責任も感じているところでございます。

 このレポートの中では、瀬戸内海の歴史、それから生態系や生態系サービス、海の恵みがどのように変わったか、その変化の理由は何か、それに対してどういう対策が取られたか、今後どうなるだろうかということが、まとめられております。
 これがナショナルレポートに取りまとめられ、それから「SDM(Summary for Decision Makers)」、いわゆる、政策決定者へのレポートというこ形で、COP10でも報告される予定です。

 このCOP10では、そのほかにも、里海関係のさまざまなイベント・行事が行われますし、10月23日には“Ocean Day”ということで、海に関わるいろんなイベントが行われる予定です。
 また、生物多様性条約のカナダのモントリオールにあります事務局から、テクニカルシリーズの1冊という形で、里海に関する冊子が出版される予定になっております。

 そういうことで、この里海は、瀬戸内海でも、省庁系のプログラムとか、先ほど紹介した、国連大学系のサブグローバルアセスメント、あるいは知事・市長会議による検討ですとか、さまざまな取り組みが、重層的、立体的に進んでおりまして、将来的には、瀬戸内海の環境管理に、なんらかの役割が果たせるものと思っております。

 それから、少し違う系統のものとして、国土交通省が中心となって進めております、「全国海の再生プロジェクト」が東京湾と大阪湾において、はじめのフェーズで始まり、つづいて、伊勢湾と広島湾で少し遅れて始まりました。
 結局、全国の4つの大きな海の再生プロジェクトのうち、大阪湾と広島湾が瀬戸内海の中にあるということで、瀬戸内海でこういった国家的な再生プロジェクトが進められているということになります。

 さらに先ほどお話ししました、水質総量規制につきましても、第6次規制で、瀬戸内海一括から、大阪湾と大阪湾以外の瀬戸内海とに対象が二分されました。
 従って、大阪湾、東京湾、伊勢湾はこれまでと同じですが、第6次規制の時から、大阪湾を除く瀬戸内海は、簡単にいえば、もう負荷を減らさなくていいということになりました。では何もしなくていいのかというと、やはり、先ほどの説明のように、生態系・生物多様性などが非常に劣化したままですから、対策を講じなければならないということで、新しいフェーズに入るところです。

 つい数ヶ月前の昨年3月には、第7次水質総量削減の在り方について、答申がまとめられましたが、この中では、底層の「DO(溶存酸素量)」や「透明度」が、新しい指標として導入される方向で、取りまとめられています。
 さらに、もう少し大きな意味で、閉鎖性海域の環境管理に関する中長期ビジョンが、同時に取りまとめられました。
 この水質環境基準自体、細かい話ではなくて、水質基準の考え方とか、方式とか、それら全体を見直すということになりまして、今年度から、こういった大きく変わる可能性のある見直しが始まっているところであります。

 そういうことで、今日のテーマであります、瀬戸内海の環境管理をまとめてみますと、総量負荷削減施策などが効果を発揮して、水質はかなり改善されましたが、生物生息環境や生物多様性、あるいは、生態系や水産資源は、回復していません。
 これらに対する、国の基本的な方向性を示す制度や法律、例えば水産基本法、自然再生促進法、海洋基本法、生物多様性基本法など、理念的な法律については、いずれも2000年代に入ってから、急速に整備されましたが、まだ具体策は未整備というのが現状です。
 従って、各関連分野等で、いかにしてこれらを実体化・具体化していくか、というのが大きな課題です。先ほど少し紹介しました地域主導の「里海づくり」は、これらに対する、有力なアプローチのひとつで、できれば、里山づくりと里海づくりを繋げたい、という状況にあるといっていいと思います。

 瀬戸内海の環境管理の「これまでとこれから」ということを簡潔にまとめるならば、まず、従来の水質中心の管理から、生態系管理へ移行する必要があります。
 それから、いわゆる縦割り行政でのセクター、所轄別、あるいは、山は山、川は川、海は海という空間別管理から、総合的な沿岸域の管理に移行する必要があります。
 これらは同時に、縦割り行政からの脱却、あるいは、自分の海のことは自分たちで決められるという地方分権であるとか、地域主体であるとか、そういった動きとも関係しています。

さらに先ほど少し紹介しましたが、諸外国との連携を含めて、様々なグループが、情報交換・情報共有、あるいは、励まし合いながら連携していくという、全体的に包括的なアプローチが必要でないか、というのが一応まとめとしての「これから」ということになるかと思います。ご静聴ありがとうございました。
 



【質疑・応答】
Q.里海という言葉の認知度が、非常に上がってきているというお話がありましたけど、ローマ字で書いてありましたね。世界共通の言葉になってきている、ということで理解してよろしいでしょうか?

A.そういうことです。極端に言いますと、例えば“ Tsunami ”とかですね“ Kuroshio ”っていうのは日本語ですが、日本語のままの横文字で、英語圏にも通じるようになっていて、逆に、英語に訳すると、かなりニュアンスと言いますか、原語の本質が失われる可能性もあるので、里山もそうですが、“ Satoyama ”と“ Satoumi ”、そのままでローマ字化しているというのが現状です。


Q.細かいことですが、間にハイフンはいるのでしょうか?

A.いりません、通例は。これにはですね、いろんな流儀がございまして、瀬戸内海の海の関係では、ハイフンをつけた方が外国人に読みやすいということで“ Sato-umi ”としています。国連系の“ Satoyama-Satoumi Sub-Global Assessment ”でも、“ Satoyama ”と“ Satoumi ”のようにハイフンをつけておりません。


Q.里海の定義の中に、主要な用語として「多様性」が入っています。確か「多様性」の他に「生産性」という用語も入っているのではないでしょうか?

A.はい、そうです。

Q.そうであれば、多様性を維持しつつ、生産性を上げることは可能でしょうか?

A.ご指摘の件は、サイエンティフィックに重要なポイントであります。里海の一般的な定義に関するシンポジウムが、昨年、九州大学で行われました。そこでは、いろんな人がいろんな使い方をしてもいいだろう、ということでしたから、里海はこうでなければならない、という排他的な定義をつけるのに、私は、必ずしも賛成ではありません。ただ論文にするには、やはり、ある種の定義が必要ですので、九州大学の柳先生をはじめとする方々は、生物多様性と生物生産性の両方を、人と海との良好な関係で維持しようという、そういう考え方が強いわけです。
 本城先生がおっしゃる通り、多様性と生産性は、ある意味で相反する場合もあるわけです。生産を上げていこうと思ってどんどん富栄養化してきますと、例えば、一種の赤潮プランクトンだけの生産性が高くなるかもしれない。しかし、この場合、生物多様性は極めて低くなってしまって、生態系が非常に貧弱になる。逆に、水をきれいにして貧栄養にしていくと、生産性そのものが上がらなくなり、海の中の生物量がが少なくなるということにもなりますので、この両方を保つのは、技術的に簡単とは思っておりません。
 ただ、比喩的に言えば、栄養が多すぎても少なすぎても、多様性か生産性のいずれかが損なわれますので、ほどほどの栄養塩レベルで、様々な生物が住める、赤潮や貧酸素などが起きないような状態をイメージしてよいと思います。海の利用という面から見ると、その対象となる生物を増やしたいわけですね。ただ、現実に行われている、例えばアサリの増殖漁場で、アサリだけを獲れるようにするのは、いわば生物多様性を減らしているわけですね。それは、リスクに非常に弱い、脆い生態系なので、より里海的な干潟としては、いろいろな生物が住んでいて、物質循環も盛んで、二枚貝もいろいろいるけど、その中でアサリもハマグリも獲れる、そういう方向性が好ましいのではないかという意味です。

Q.1つの畑の中で、いくつかの野菜をある程度の量で取るというイメージでしょうか?

A.そうです。ですから、単一種の植物栽培は、特定の害虫が発生した場合には非常に弱いわけですね。しかしある意味、自然農法的ないろんな生物が生息すれば、リスクの分散ができる、あるいは相互に補い合うことができます。
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