香川大学瀬戸内圏研究センター学術講演会  田中 博氏 「日本版EHRの実現にむけて」

【講演内容】
 東京医科歯科大学の田中です。私の話は医学、健康の話です。「日本版EHR」についてです。

 EHRという言葉は、あまり他の分野の先生はお聞きになったことはないかと思いますが、「Electronic Health Record=(電子健康情報)」と言います。

 これは、自分の健康や医療の、生涯にわたる記録を電子的に蓄積したもので、日本では、そういうような記録は現在ないものですから、何かなと思われるかもしれません。アメリカもまだまだですが、ヨーロッパの多くの国は、国民の医療、あるいは健康の一生にわたる記録というのが、どこかに貯められています。これは、プライバシーと言いますか、個人の貴重な記録でありますから、本人の許可がないと、もちろんダメですけども、匿名化した後に、国がそれを使って、国民がいまどのような健康状態にあってどんな医療の政策をしなきゃいけないかを決めています。EHRとは、そういうことができる健康情報・医療情報の基盤みたいなものです。

 わが国では、自分の医療とか、自分の健康の記録というのは、どうなっているのか。それは、自分が行った病院とか診療所にあります。皆さまご存知のように、診療所とか病院というのは、医療の記録を5年間保持しておけばいい。ということは、5年経ったら自分の医療の記録はなくなっているかもしれない。実際、一生にわたる自分の医療や健康の記録は、この国ではどこにも存在しない。自分が辿ってきた、生涯にわたる医療や健康の記録というものは、実は、どこにもないのです。欧州の社会福祉の国では、生涯の医療記録は必ずどこかにあって、いつでもそれが参照できる。そういう意味で、生涯にわたる健康の計画とか、生涯にわたる病気の管理とかができるという地盤があります。ただわれわれには、そんな記録がどこにもないし、いつの間にか消えていったりしているわけです。ある意味では、出たとこ勝負のような医療環境におかれている、ということになります。

 日本の医療というものは世界に誇るものでありますが、少なくとも、生涯にわたる医療や健康の管理というものについては、非常に遅れているといいますか、今までそんなこと考えてきてこなかった、というようなことがあろうかと思います。今後、特に成人病とか、いろんな意味で一生病気に付き合っていかなければいけない。糖尿病にしても、高血圧にしてもですね、医療記録は、自分が行った病院とか診療所にバラバラにあって、いつなくなるかわからない状態で、自分の生涯にわたる健康リスク管理というのができるんだろうかと考えると、そういうものが、全く今まで顧慮されずにいる日本の医療の政策に関して、まあ少し不安に感じるわけであります。せっかくITも進んでいる世の中でありますし、自分にとっての医療情報、あるいは健康情報というのを、一生にわたって保持し、それが利用できる環境があれば、この国民における健康、生涯にわたる疾病の管理も、非常に豊かなものになっていくのではないか。私は、日本版EHRということを、数年ほど前から実現するように、日本の行政にも色々と働きかけています。その話を今日は少し話させていただきたいと思います。

 日本の医療は世界に誇るべきものでありまして、みなさんご存知のように、健康寿命、単なる寿命じゃなくて、寝たきりの状態の期間を調整した寿命が世界一です。それだけではなく、健康状況の指標ともなる乳児死亡率も、世界で2位の低さです。1位はアイスランドですけども、北欧などの健康、医療政策が発達したところとほとんど同じです。お年寄りの方の寿命も長いし、乳幼児の死亡率も少ない。健康達成度というものを、WHOが5年に1回ほど発表しておりますが、それも1位です。さらに医療にかかる費用も、この表を作った時は18位くらいだったんですが、今や、先進国「OECD」加盟30ヶ国のうち、21位です。先進国の中では、非常に少ない医療費で、世界最高の長寿と低い乳児死亡率を達成していると言えます。

 それでは医者の数はどうかというと、アメリカと比べましても、絶対数は、人口千人あたりの医師数が、日本では2人くらいで、アメリカでも2.3人とそんなに違いません。看護師さんの人数も人口1,000人あたり7.8人(日本)と7.9人(アメリカ)。人口比率では、アメリカも日本も変わらない。ところが、日本は、ベッド数百あたりの医師数だと15.6人。これに対して、アメリカだと77.8人ですね。アメリカでは、患者百人に対して、77~78名くらいの医者がいるのに、日本は15名くらい。看護師さんの数も、100床あたりに対して42人で、アメリカでは230人です。ベッド数100に対して看護師さんは230人いるのに対して、日本は42人。これは単純な割り算ですから、病院によってそれだけの看護師さんがいるというわけではありません。これも5倍くらい違います。患者さん1人あたりに対する医療従事者の割合は、およそ5倍くらいでしょう。ということは、医師や看護師は、日本の場合、アメリカよりも5倍ほど忙しいということが分かります。

 高齢化の速度は、昔はそれほどでもなかったのですが、1960年では、65歳以上の人口は5%くらいです。この当時は、もっと多い国はいくらでもあったんですね。1960年くらいでは、アメリカとドイツが13%ですね。でもあっという間に、日本の高齢化速度が速くて、かつては老人が多いといわれていた国も、みんな日本よりも下になってしまいました。それに、高齢者にかかる医療費も上がってきている。


 もうひとつは、日本の医療制度の中でも良いことなんですが、患者さんは、どこの病院に行っても良い、患者さんが希望する医療機関にかかれるという特徴があります(医療のフリーアクセス)。どこの国でもそうなのかと思われるかもしれませんが、これは日本の特徴であって、例えばヨーロッパだと、医療福祉や社会福祉が行き届いていて、構造化されているものですから、軽症では、大学病院のようなところにいけないんです。まずは、近くの市か町の病院か診療所。北欧では、まずはコールセンターに電話をして、自分の症状を言うと、そのコールセンターの経験のあるナースが、「診療所に行きなさい」「もうちょっと自宅で待ってなさい」と割り振る。そういうところから始まります。だから、風邪で、近くの大学病院に行くというようなことは、できないわけです。
 病気の重さによって、病院の階層が上がっていきます。救急だったらそんなこと言ってられませんから、すぐ大病院に直接行けますけれども、普通の病気でしたら、市から県、県から国というような形で、階層が上がっていって、病気の重さに応じて、より高度な病院に移って行くわけです。これがうまく働けばいいんですけれども、例えば、癌のように、進行の度合いが数ヶ月で悪くなるようなものだと、病院の階層が上がる速度と、ほとんど同じに病気が悪くなっていく。だから、結局手遅れになってしまう。ヨーロッパでは、必ずしも制度がうまく動いていないというようなことはあります。日本はそういうことはありません。そのかわり、東京の人が北海道に知人があって、良い病院が北海道にあるというと、転院したりします。地域をひとつの医療構造でまとめることはありません。患者さんはどこ行ってもいいわけですから、ある意味では、医療の統合性がないともいえます。

 最近は糖尿病のような生活習慣病が、どんどん広まっています。そういう意味では、日本の医療は医師の不足、絶対数はあるんですけども、まあ、偏在とかベッドの数が多いとかもありまして、医師不足です。少し前から始まった、臨床医の制度の改変もありまして、地域医療が崩壊している。特に、病院の医師は非常に忙しい。忙しくて勉強をする暇もない。まずは、人員的に人数が少なくなっている。それから、勉強する間がないから、地方の大学病院は学会とかに行って質は落ちてませんが、地方の民間の有名病院の質が落ちていっているというようなこともあります。そういう意味では、地域医療がかなり深刻な状態であります。

 それから、超高齢化社会の対応とか、慢性疾患の増大、特に糖尿病は、非常に急速に増加しています。これが、国の経済、医療費の経済に関しても、大きな影響を与えている。例えば、糖尿病が悪化して人工透析になると、ひとりあたり年間500万円くらい国が負担しないといけない。本人は2万円くらいしか払わないわけです。今や全国で、28万人くらいが人工透析になっています。ひとり当たり500万円くらいですから、単純計算で、1兆数千億円が国の負担になっているわけです。これまでは、人工透析は難病の腎臓病患者さんの責任ではなく、国がサポートするのは当然であったのですが、この頃は、難病としての腎臓病ではなく、糖尿病の管理が不十分だったために、ある日、突然タンパク尿が出てもう戻れない、腎臓がダメになる。きちんと糖尿病を管理していれば、そうならないで済む。だから、全体としての疾病管理の問題であって、地域での疾病管理の計画がうまくいけば、抑えられるようなものであります。そういう意味では、糖尿病、これは1,000万人くらいの患者さんがいますのでとり立てて言うことではないですが、それをいかに重症化させないかが、地域の医療の質を上げると同時に、医療費の負担を抑えるということになります。

 その他に、医療のフリーアクセスがありまして、計画性がないということでありました。実際、いまの医療の現状は、思っている以上に大変な事態になりつつあるわけで、これをどうやって克服するか、いろんな政策が可能ですが、ひとつの対策が、情報技術を使うことです。医療においても、今までの、紙のような記録ではなくて、「電子カルテ」などをベースにして、その人の医療の情報を、ITを用いて蓄積し、それを基盤に、医療を立て直すことはできないものか、ということが考えられます。

 ここからは、少し時間がないので簡単に述べますけれども、日本の医療のITというのは、実はかなり進んでるんですね。1970年くらいから、病院にコンピュータが入り始めて、みなさん病院に行かれると分かりますように、大きな病院だったら、お医者さんが、手書きで処方箋を書いていることはありません。目の前にあるコンピュータに向かって、何やら操作されているのを、見られてると思います。薬のオーダーとか、検査のオーダーなどを、コンピュータを使って、院内にネットワークで流すというシステム(オーダリングシステム)も、かなり前から出始めていて、いまは、いわゆる電子カルテシステムが、全部の病院ではないですけれども、大きな病院だったらもう30~40%導入されている。病院の中で、患者さんのデータのコンピュータ化が普及しています。いまやそれが、地域全体の患者さん自身のデータを、地域の病院が共有して、複数の病院が、ひとりの患者さんをケアするという地域医療連携が最近広がっています。

 あとは、今日私がお話している、生涯にわたる自分の医療記録が、どこかに格納されて、それがいつでも安心して参照できる、そういうような環境が実現されないといけない。例えば、イギリスでは、みなさんご存知のように、長い間、サッチャー政権でした。日本における、小泉政権と同じようなものですが。そのサッチャー政権は、それまでの労働党の福祉政策の無駄を切り捨てるということで、次の2つの政策を特に重くやりました。1つは医療です。もう1つは、日本の国鉄と同じ「BRITISH RAILWAY」です。
 なぜかというと、イギリスの医療というのは、日本の少し前の公社のように、全部国家公務員だったわけです。98%の医者は、国家公務員だったので、医療サービスを行う組織は、いってみれば医療公社です。医療公社で100万人の国家公務員を雇っていたわけですから、かつての日本の国鉄以上です。そこにすごい無駄があるということで、切り込んでいって、ベッド数は半分ぐらいになりました。いろんな意味では無駄はなくなったかもしれないのですが、これによって、イギリスの場合、医療は立ち直れないくらいの傷を負ってしまい、病院は半分ぐらいの数になったわけです。そして、病院の入院待ちは、8ヵ月くらいになった。待っている間に病気は進行して、死亡するとういう例も出てきました。国民の方も待ち切れないから、ドーバー海峡を渡ってフランスに行き、フランスで治療を受ける人が多くなったんです。イギリスでは、フランスで治療を受けても、イギリスの税金で払うというような法律が通ったくらいです。やはり、医療に関して無駄だとかの論法で切り込むと、結局、立ち直るのにすごい時間がかかるんですね。
 みなさんもご存じのように、小泉政権も、4度に渡って医療費を削減いたしました。それで、今の状態はどうなっているかというと、地域医療の崩壊ですね。これを立ち直らせるのにすごく時間がかかりそうです。サッチャー政権を受け継いだブレアは、思い切って医療費を1.5倍にしました。今年の民主党はですね、1.5倍とはとても言えないですが、0.何パーセントくらい引き上げましたけれども、ブレアくらい思い切ったことをしないと、結局、崩壊から立ち直ることが出来ません。まあ日本の場合も、これからもう少し、国民の健康全体のために、生涯電子カルテを目指して、EHRはすぐにはできないでしょうから、地域医療の連携を通して、複数の医療機関が、共同してケアを行うために、どこかに患者の記録をおいて、一生涯の医療データを蓄積する必要があります。

 例えば、50歳頃に糖尿病を患って死ぬくらいまで、20~30年と、ずっとその病気と付き合わないといけないわけですから、そういう意味では、5年だけのカルテという制度では、いつまでたっても、国民の生涯にわたる健康管理を、サポートするような環境・体制というのは、できてこないわけであります。最近は、電子カルテも普及していますが、今後はですね、生涯を通じた健康医療・疾病の管理を目指すべきです。アメリカだと、カルテは30年間保持しないと法律違反です。5年で捨てていいということは、やはり日本では、急性期の病気、要するに病気になって治療して、それからあと少し経過を見て、大体5年くらいでいい、というような病気をモデルにした考え方ですから、まだまだです。一生涯の記録を貯めていく、生涯の継続性という医療を考える、例えば、糖尿病の重症化の予防ということを考えると、情報の管理ということも必要になってくる。生涯を通じた健康管理が、ひとつの大きな健康医療政策の軸であります。

 もう一つは、地域の統合性です。ひとつの病院ですべての治療が完結する能力を、いまや病院は持っていません。病院の中ですべてが完結する、リハビリから回復期まで、すべてできるということは、もう無理です。病院で完結するのではなくて、ケアは地域で完結する。病院は、急性期とか、回復期とか、リハビリとか、それから自宅療養とか、そういうものを連携して、そとつのケア体制を実現するという形に持っていかないといけない。地域の医療連携ということが、これからの医療のもうひとつの概念になるわけであります。

 それからもうひとつはですね、いつまでも病院をベースにする健康管理や医療だけではなくて、自分の生活圏を基盤にした医療を行う。いつも病院に行くのではなくて、もう少し生活圏スタイルに持って行く。老人医療に関しては、自宅での療養ということを、どんどん進めていく。あるいは、慢性疾患の疾病管理においても、糖尿病の診療に、毎月1回診療所に行く、あるいは1年に1回病院に行く、ということではなく、毎日血糖値を測って、その記録を、例えば、携帯電話でサーバに飛ばして、データが保持されていく。あるいは、血圧に関しても、日常的な測定、日常的なケアというものを、自宅でできるケアと、病院や医療施設でのケアとにつなげていかないといけない。だから、崩壊に位置しているような医療を立て直すためには、ひとつは生涯の継続性で、ひとつは地域の連携、あるいは地域の統合、すなわち医療施設のケアを統合するということ。

 最後は、もっと生活基盤というか自分の生活に根ざし、携帯電話などを使って、病院や診療所に行くというよりは、自分でできる健康情報のモニタリングをして、それを蓄積し、全体としてどういう傾向になっているか、ということを確認できるようにする。そうすると、この頃ずいぶん血糖値が高くなってきているのを知って、もう少し、きちんと運動や食事の管理しようという気になります。それをしないとですね、何年も放ったらかして10年くらい経つと、例えば、失明したり腎不全になったり、下肢が壊死になったり、といったことが一気に起こるわけです。しかし、絶えず病態情報を見ていれば、自分の健康についての関心というのは、高まっていくものです。情報というものがなければ、なかなかこのような医学は実現できない。そういう意味では、ICTというのは、コンピュータを使ったら必ず効率良くなるというわけではなくて、新しい医療を作る基盤でありまして、紙の記録では、生涯にわたって継続的で地域で連携しあって、そして、生活圏に基づいた情報、新しい医療を可能にすることはできないわけです。そのため、どうしてもICTが必要で、ICTは、単に効率化とか、何か節約するという意味で医療に必要というわけでなくて、新しい医療を作るためにICT基盤がないといけないということです。それを生涯的な電子カルテと言っております。

 生涯的な電子カルテを構築することによって、生涯継続性で、地域統合的で、生活基盤準拠の医療が、新しい医療の基盤であって、そのためには、どうしても「日本版EHR」という医療ITが必要になるわけであります。これは、ある意味では、国民各人にとって、生涯にわたる記録があるということの安心感があるのと同時に、地域においては、そういう記録を、皆が共有することによって、複数の医療機関によって継続的・連携的な医療ができるという点で、その地域にとってのプラスであり、国にとってもプラスです。国はいま、アンケートとか定点観測で、国民の健康状態を知って、医療政策を作っていますが、いまだに、国民がいま現在、どんな病気にかかっているのかという「リアルタイム」の情報を持っていない。1年間に1回調査するような定点アンケート、決まった病院をサンプリングして見てるだけであります。

 ところがEHRができれば、匿名化しないといけないんですけど、国の疾病の構造がすぐ分かるわけでありまして、そういう情報、エビデンス(根拠)に基づいた、医療政策というのができる。国にとっても、地域にとっても、それから個人にとっても、EHRの制度、あるいは基盤、インフラとか、日本の医療の再生を担うものだといえるわけであります。

 時間もずいぶん使ってしまいましたので、あとは簡単に皆さんの手元に資料がございますのでお話したいと思います。EHRは、21世紀が始まった時、いろんな国で、大々的に進められました。イギリスは、特に、サッチャー政権という保守党の政権が医療をズタズタにしましたので、これをどう再生するかということが長年の課題であって、もう10年くらい経っていますが、かなり大変でした。でも、まだ3ヵ月ぐらいの入院待ちは続いています。カナダは、全国の医療IT化に成功したんですが、欧州型のように、国が行うのではなくて、州ごとにイニシアチブをまかせました。というのはカナダは、英語をしゃべる州とフランス語をしゃべる州があって、政府が全て行うということに対して、非常な反発があるので、政府がある機関に予算を渡して、その機関が州ごとにいろんな予算を与えて、州にひとつのIDで健康管理をしております。

 それからヨーロッパでは、EHR政策は大体成功している。ドイツだけは失敗している。ドイツはご存知のように、先の戦争に負けた国であって、国に対する信頼というのは、国民においても無いわけであります。国が、健康医療記録を実行することに対して、大反対です。ですから、自分の健康記録をカードに記録して、それを一生涯持つことによって、健康管理をする方法を取りました。これは何回も行った試みなんですが、大体失敗する。本来、EHRがターゲットにしなければならないのは、もっとも忙しい人、自分の健康管理に関して、その時間を費やすことができない人です。このような人のカード見たら、何にも書かれていないんです。そんなことではダメであって、むしろ、ある意味で、国とか県とか自治体とかが、「強制的に」その人の健康記録を、どこかに保持してやらないとダメなのです。それに基づいて警告を発する、「このままでは心筋梗塞になりますよ」とか「糖尿病が重症化しますよ」とか、提示しない限りダメです。

 ヨーロッパでは、ドイツだけがEHRが失敗しました。このように、国によって、EHRをどこまで国がやっていいのか、地方自治体がやるのか、中核病院がやるのか、中核の大学がやるのか、いろいろ実現方法があるので、「日本版」という言葉を使わないといけないのです。デンマークのように小さな国は、国民の医療の記録、健康の記録の全てを、オンラインで参照できます。イギリスでも、医療情報専用データネットワークの「スパン(spine)=背骨」というあだ名がついていますけれども、それが全部医療機関とつながっていますから、全部ではないんですが、自分が受けた検査やレントゲンなどは一瞬にして受け取れる、どこの診療所や病院に行っても、どこで診療を受けても、それまでのデータは一瞬のうちに集まります。コピーで送ってくれというんじゃないんです。

 では日本はどうなのかというと、日本も、ヨーロッパで2000年から一斉に実施しているのを、政府も知らないわけではないので、最近では、レセプトのオンライン化であるとか、いわゆる「メタボ健診」のような、健康診断情報の電子化したものを、一生涯蓄積しようかとか計画しています。少し画期的だったのは、去年の7月に「i-Japan構想」が提案されまして、私がこれまで述べてきました、日本版EHRということを構築するということを、しっかりと宣言しております。初めて、私の発案した言葉が、国の政策の中で明記されました。それから、もうひとつの柱として、地域医療を再生するというこの2つが、日本のIT政策の方針の中にしっかりと書かれています。ただ、その後に政権交代があって、やや話が止まってたんですが、最近ご存知のように「ライフイノベーション」と「グリーンイノベーション」というのを、成長戦略の2つの柱にするということを、政府が発表してます。去年の9月から12月の時期に、民主党が、どういうようなITと医療の政策を考えるのか、というのは見えない時があったんですが、やはり、IT医療というのは重要だ、柱にする、というような動向が見えつつあるわけであります。政策の継続性、特に、日本版EHR、地域医療の再生ということをベースにして欲しいと思っております。

 時間もありませんので、あとは資料でみていただくとして、結局は、日本版EHRをどうやって作るかということを考えると、われわれは、いつでもどこでも、その自分の健康情報にアクセスでき、それに応じた、最善の医療を受けられるような環境はいつ実現できるのか、いまは非常に深刻な状態でありますが、再生して、いつでもどこでも、最善の医療を受けられるような医療環境というものを作る。そのベースは、どうしてもICTではないといけない。医療情報の情報基盤がないとできない。国民の健康医療情報を、全部蓄積した情報基盤の上に立ってこそ、医療の再生は可能ですが、そういう政策をどうやればいいか。

 ひとつは、まずは地域医療連携からということになるかと思います。それは、統合的な「地域医療情報圏」というようなことです。中核としては、慢性疾患の疾患管理というのを、地域ぐるみで行う。たとえば、この県は糖尿病が問題だ、あちらの県は高血圧から脳卒中が問題だとすれば、それを、地域の医療関係が共同して、その県の疾患の発生率を、どのようにして減らすか、連携して患者情報をベースとして、医療を行わなければいけない。さらに、救急、産科、小児科というような、少し急性の疾患に関する情報連携を行うネットワークを構築しなければいけない。


 さらにもうひとつは、日常生活に基づいた医療です。「ユビキタス」といういい方をしますけども、いろんなセンサーが軽くなって、すぐ簡単に使えるようになってきましたが、このようなセンサーから、データを発信したり、それを携帯に飛ばして、そこからいろんな病院につなげたりして、日常的な健康医療管理を行う。携帯、あるいは最近では「suica」のようなICカードがありますけれども、このICカードを使って情報を発信するなどして、健康管理を先端的なITのセンサーとか、ネットワークを使う。その意味での、「ユビキタス健康医療管理(u-Healthcare)」とつなげ合わせることによって、地域の情報管理ができると思います。これと、メタボ健診の健康データの蓄積というものがつながった場合、病院があって、それから日常生活があって、診療所があって、そういうようなものが有機的につながって、自分の日常生活の管理でも、いわゆるユビキタス健康管理と同時に、地域の医療連携のセンターや、慢性疾患のサーバーが、全体のEHRを実現するような環境を作る。このような理想のEHRの方針というのが、だんだん見えてきた感じがあります。

 こちらの香川県においても、非常に先進的な取り組みをされております。日本版EHRを、県で先取りするようになる「電子処方箋」であるとか「糖尿病のクリティカルパス」どあるとか、あるいは、周産期のその携帯電話を使った管理、私どもも非常に期待しているところであります。これからは、地域医療と生涯健康管理に結ぶものとして、以前は社会保障カード、今は納税者番号に、社会保障の番号も入れて、これを統合していくというシナリオも考えられます。そういうことによって、日本の医療の再生が、生涯電子カルテを軸にして、実現されるのではないかと期待しております。ご清聴ありがとうございました。



【質疑・応答】
Q.総合的なお話をきかせていただきまして共感するところ多く、ありがとうございました。医療目線といいますか、先生は、基本概念のうち、安心安全な日常生活圏といわれますが、たとえば病院に行きますと、ほとんど老人が多いように、高齢になってからでは遅すぎますね。日本は、国民の健康に対しては、もっと早く行政なりが対応すべきであると思います。たとえば、特定保健食品だとか健康グッズはたくさんありますが、自分を健康管理するという習慣がありませんね。例えば、私はインターネットから直接ダウンロードできるようにして、健康保持の自己管理を試みています。早い時期から、健康状態をデータに照らすようなことを、どのようにして定着させたらよろしいのか、先生のご意見をお聞かせ願いたいのですが。

A.これまでの医療健康管理は、どうしても病院中心的なところがあったんですが、これからは、病院中心というよりも、日常生活圏中心だと思います。日本人は、病院に行くのが好きな国民なんですけども、やはり実際は、働き盛りの人にとって、病院に行くと一日をつぶしてしまったりするので、結構、おっくうになってきたりするというわけです。それよりも、病院中心から市民中心へ、ケアを変えていく方が必要だと思います。いろんな健康保持には関心があるんですが、自分の健康状態を測る、例えば血圧でも血糖値でも、そういうものを測り、それを、例えばグラフにしてみるだけでも、ずいぶん違うわけです。毎日、血糖値を測ったりすれば、少しずつ上がってくると、この情報は自分にフィードバックされて、これは放っといていいのか、ということになります。情報が、治療効果をもっています。もちろん、薬や手術というものが、本当の医療の治療手段なんですが、慢性疾患にとっては、薬よりも、まず情報を与えることが、一番治療に役立つということかと思います。それだけではなく、健康の管理に関しても、自分の状態を知るということが、ずいぶんといろんなモチベーションにつながる。10年や20年くらい病気とお付き合いせねばならない場合、直接的に効果のある薬や、医療の手段よりも、情報を見るということで、だいぶ違うわけですけど、これをもう少し、我が国の国民に広げるというのにはどうしたらいいか、ということがあります。
 EHRというと、病院が中心になりますけれど、「Personal Health Record」 といって、個人の健康記録、アメリカでも「google」とか「Microsoft」が、無性に、自分のデータを入れて管理するようなソフトを提供しています。PHRがもう少し広がるように、国がやっていいのかどうかわからないんですけど、そういうシステムというか、ソフトウェアを、もう少し完全に使えて、しかも、自分で健康データをいつも打ち込むというのではなくてですね、自動的に入るような仕組みが入っていると、もっと広がるんではないかなと思います。ひとつに、いまのメタボ健診のデータを使って、本人に、絶えず見られるようにするような仕組み、が考えられると思います。それを進めることを、国がやっていいのか、あるいは一般企業が競争的に進めて、よりよいソフトを提供して、それが広がるようにするのがいいのか、なかなか分かりにくいところがあるんですけれども。実際アメリカでは、そのPHRにキチンとデータを入力して、それを健康に役立てているのは、いわゆる専業主婦がいる家庭です。だから、主婦の方が家族全員の記録をずっとつけておられて、そういう人がいないと、なかなか続かないのかもしれない。
 われわれが将来、どうやってEHRやPHRを定着させるのかということの選択と言いますか、方向については、今後考えていかないといけないと思います。
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