長谷川修一/安全システム建設工学科教授

 

トリブバン大学への協定校訪問の報告

 

団長 長谷川修一(工学部安全システム建設工学科学科長)

 

1.訪問の目的

北はヒマラヤ山脈、南はインドへと続くタライ平原に囲まれたネパール連邦民主共和国は、北海道の約1.8倍の国土に、人口2,600万人の多様な民族が暮らす国である。ネパールでは、2008年5月に連邦民主共和制への移行が宣言され、240年近く続いた王制が廃止された。

地理的にインドと中国の両大国に挟まれているネパールは、これまでインドの影響下にあったが、近年中国の影響も強くなってきており、マオイスト(共産党毛沢東主義派)兵の国軍への統合や新憲法制定などの対立も抱えている。また、インドプレートとユーラシアプレートの衝突部に当たるネパールは、夏のモンスーン期の豪雨による洪水や土砂災害が頻発し、巨大地震や気候変動による氷河湖決壊の脅威にさらされている。アメリカと中国の両大国にはさまれた日本と、地政学的だけでなく、災害環境もよく似ている。

ネパールの首都カトマンズがあるカトマンズ盆地や仏陀の生誕地ルンビニには、ユネスコの世界遺産に登録されているある歴史的建造物がある。また、美しいヒマラヤ山脈を背景にした山村の景観は、世界最高の観光資源である。ネパールは国民の約7割が農業に従事している農業国だが、観光産業も海外への出稼ぎと並ぶ大きな外貨獲得手段となっている。ネパール政府は2011年を「ネパール観光年」として世界中から観光客を歓迎している。

香川大学は、平成22年11月にネパール唯一の国立大学であるトリブバン大学と学術交流協定を締結し、両校の公式的な交流がスタートした。今回、この学術交流協定に基づき平成23年度の工学部協定校訪問としてトリブバン大学を訪問した。

カトマンズは現在高度成長期の日本を思い起こす建設ラッシュの真っただ中で、耐震性の低い建物が乱立しており、田舎は高度成長以前の農業国日本を思い起こさせる。若い学生諸君には是非ネパールに足を運んで、設備も良くない環境で勉学に励んでいる学生諸君から刺激を受け、自分をまた日本を見直し、自分は何ができるかを考えてもらえたら望外の喜びである。

 

2.実施体制について

平成23年度の協定校訪問は、以下の体制で実施された。

1)協定校訪問派遣団の構成

学生3名 :
安全システム建設工学科3年 石田将揮、小林正幸
安全システム建設工学専攻博士前期課程2年 水田朗

教職員5名 :
長谷川修一教授、松島学教授、垂水浩幸教授、野々村敦子准教授、高橋めぐみ教務職員

2)訪問協定校:

トリブバン大学(ネパール)

3)協定校訪問期間:

平成23年9月19日(月)~ 9月25日(日)

4)実施体制

実行委員長

工学部長 教授 大平 文和
実行副委員長 国際交流委員長 岡本 研正
派遣団長 国際交流特別委員
(トリブバン大学担当)
長谷川 修一
派遣副団長 国際交流特別委員 教授 松島 学
  教授 垂水 浩幸
  国際交流委員 准教授 野々村 敦子
派遣事業事務担当 国際交流委員 教務職員 高橋 めぐみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.実施行程

1)9月19日(月)

22時に関西空港に集合し、20日0:30関空発のタイ航空でバンコクに向かう。

2)9月20日(火)

バンコクを経由して、ネパールの国際空港であるカトマンズ空港からネパールに入国した。カトマンズ空港から、トリブバン大学講師Dr.Ranjan Kumar Dahal氏と合流し、国内線に乗り継ぎ、20日の夕方ポカラに到着した。空港からホテルMeeraに到着した。ホテル近くのレストランFewa Parasais Restaurant and BarでKadoorie Agricultural Aid Association(KAAA BGN)に所属する地質工学専門のNarayan Gurung氏とトリブバン大学ポカラキャンパス土木学科長のKishor氏と夕食を共にした。

夕食の前にフェワ湖見学
ポカラの伝統的なダンスを鑑賞すると共に、踊りにも参加した。

3)9月21日(水)

朝六時にロビーに集合し、雨の中、ピースパゴダへ行った。ピースパゴダからフェワ湖およびポカラ盆地を観察した。ピースパゴダからヒマラヤが見えることを期待していたが、雨のため残念ながら、ヒマラヤを見ることができなかった。ピースパゴダで記念撮影をし、下山した。その後、雨季で増水したDevi's Fallを見学し、ホテルに戻り、朝食をとった。

朝食後、車でサランコットに登った。ここはヒマラヤ山系眺望で有名なところであるが、この日は、またもや残念ながら、雲が完全に空を覆っていたため、ヒマラヤを見ることができなかったが、セティ川の見事な河岸段丘を観察することができた。トリブバン大学Western region Campus(WRC)はセティ川の見事な河岸段丘上にあるのを確認した。

セティ川の河原に降りて、セティ川の段丘面を構成する礫層を観察した。この礫層は、巨礫を含む乱雑な礫層で一件土石流堆積物とよく似ているが、供給源は、アンナプルナ・ヒマラヤの元氷河地帯のため、大規模な氷河湖決壊洪水による堆積物の可能性が高いと思われる。まさにヒマラヤの巨大山津波の跡を見ている。この礫層は、数千年前から数百年前の堆積物なのに、カルシウムに富むセティ川の地下水のため、方解石でセメントされ、固化されている。まさに、ポカラ盆地の地盤は粟おこし状である。

ホテル近くに戻り、昼食をとった後、Narayan氏と合流し、トリブバン大学WRCに向かった。 まず、キャンパスチーフのKrishna Raj Adhikari氏、土木学科長Kishor氏らに伝統的なスタイルで出迎えられた。挨拶を交わし、各自自己紹介をした後、キャンパス内を見学した。その後、15時30分から会議室でディスカッションミーティングを行った。ミーティングでは互いに大学紹介の後、教員は今後の共同研究の可能性を探るため、活発な意見交換をした。一方、学生らはWRCの学生とキャンパスツアーを楽しんだ。実験室は広いのに、実験設備が貧弱なのに驚いた。

トリブバン大学Western region Campsの訪問を終え、Nepal Engineering AssociationによるInteraction and paper presentation programの会場に移動途中で、雲の上にマチャプチャレが少し顔を出しているのが見えた。

フェワ湖のダムサイト近くのネパール観光局の事務所に到着後、Narayan氏の司会で、災害に関する問題に着目した内容で香川大学から2件、KAAA BGNから1件のプレゼンテーションを行った。夕食はWRCの幹部とThakali Restaurantでタカリ伝統料理を堪能した。

4)9月22日(木)

朝ホテルの屋上からアンナプルナⅢが見えた。6時30分に朝食をとり、7時30分にホテルを出発し、プリティビ国道経由で陸路カトマンズを目指す。移動中、天気が回復し、アンナプルナ・ヒマラヤが見えてきたので、急遽予定を変更し、サランコットに再び向かったが、雲のため全貌は見えず。

プリティビ国道は、カトマンズーポカラを結び国道であるが、日本の地方道より劣る悪路のため、約200kmの道のりに約9時間もかかる。途中、断層、水力発電所を見ながら、ヒンズー教の有名なマナカマナ寺院を訪問しようとしたが、ロープーウェイの昼休みまでに到着できず、参拝を断念。ムグリン近くのRiverside Spring Resort(外国人向けのホテルとレストラン)で昼食をとった。

昼食後、トリスリ川にかかるつり橋を渡る体験をした。トリスリ川はラフティングが盛んで、欧米人のグループがスリルを楽しんでいた。2003年の豪雨による斜面崩壊の対策工事を見学。簡単な擁壁と、蛇かごの植生工(Bio-engineering)による対策工事を見学した。プリティビ国道は、北側の高ヒマラヤ山脈と、南側のマハバーラタ山脈との間の低地を東西に走る。道中、美しい棚田が広がっていた。途中、休憩の際、ローカル市場でバナナを購入し、食べた。

カトマンズに近づくにつれ、英語の看板が見えてきた。9kmに及ぶトリブバンハイウェイでは、道の片側のアスファルトが剥がれて劣化していた。交通量が増えていた。信号もなく、交通渋滞が激しかった。スワヤンブナートを見学する予定であったが、時間の都合で断念した。

17:30頃Sunset View Hotel に到着。ホテルのレストランでの夕食には、ランジャン夫妻と在ネパール日本国大使館の医学博士間宮氏が同席し、歓談した。

5)9月23日(金)

朝食後、8時に出発し、古都パタンにある世界遺産ダルバール広場を訪れた。カトマンズでは珍しい石造りのクリシュナ寺院などを見学した。その後、10時15分にKirtipurにあるトリブバン大学の本部を訪れ、Vice Chancellor (学長)の Dr.Hira.Bahadur Maharjan教授、 Rector(学術担当副学長) Dr. Soorya Lal Amatya教授、Registrar(経営担当副学長) Dr. Bhima Raj Adhikary教授、International Relation Centerの Krishna Belbase教授を表敬訪問し、意見交換を行った。

Bagamati Bridgeを見学した後、トリブバン大学のPulchowkキャンパスの工学研究院を訪問した。学生と教員に分かれ、学生はトリブバン大学の学生とともにセミナーを行った。香川大学から2件、トリブバン大学から2件の発表があった。学生レベルの国際交流が実現した。発表のあと、キャンパスツアーで学内の施設を見学した。教員の方では、MOU締結後、初めての訪問ということで、今後の研究・教育について話し合った。

工学研究院訪問後、14時に地元に新しくできたうどん屋で昼食をとり、ヒンズー教の三大シバ寺院であるパシュパティナートを見学。

Ranjan氏の招待で、Bhanchha Gharで民族舞踊を楽しみながら、ネパール料理を堪能した。国際交流センター長のKrishna Belbase氏も同席した。

6)9月24日(土)

朝食後ランジャン家訪問、10時20分に空港に向けて出発し、タイ航空で帰路につく。

7)9月25日(日)

早朝に無事全員が関西空港に到着し、解散。

 

4.団長の感想

1)モンスーン対策

ネパールは、6月~9月がモンスーンの雨期、10月~翌年5月は乾期である。雨期はスコールの様な雨が多く、時には大雨によって洪水や土砂災害が発生する。したがって、晴天が続き、ヒマラヤを見ることが可能な乾期、できればベストシーズンである11月に訪問したかった。しかし、協定校訪問は授業のない夏休みに実施するのが原則なので、できるだけ乾期に近い9月末に訪問日を設定した。

しかし、モンスーンは終わっていなく、晴天はポカラからカトマンズへ移動する9月22日だけであった。この日に、アンナプルナ・ヒマラヤを遠望できたことは、雨期のネパールでは幸運としか言いようがなかった。また、陸路の移動の際に天候に恵まれたことに対して、ネパールの神々に心から感謝した。

もし、ポカラでヒマラヤを拝めなかったら、カトマンズでエベレスト・マウンテンフライトを予約する事態になったかもしれない。事前に、エベレスト・マウンテンフライトを行程に入れなかったのは、雨期ではヒマラヤをよく見ることができないかもしれないし、天候悪化による事故の危険性も高まるので、雨期のエベレスト・マウンテンフライトはハイリスク、ローリターンと考えていたからである。

高松に到着し、夕方のニュースを見て、エベレスト・マウンテンフライト中の飛行機が墜落したことを知った。早速、大平工学部長から電話があり、全員無事帰国したことを報告した。

2)地震対策

ネパールは地震国でもある。出発日前日の18日にネパール東部でM6.8の地震があり、カトマンズでも英国大使館のレンガ塀が倒壊して3人の死者がでた。松島教授も、道中再三にわたり指摘しているように、ネパールのほとんどのビルは、細い鉄筋コンクリートの柱に、レンガ造りの壁で、地震に極めて弱い構造である。これはホテルも同様で、耐震性を売りにしたホテルなら高くても泊まりたいのだが、全くない。そこで、カトマンズでは、ビルでなく、平屋の部屋のある定宿を利用した。設備の割に高いのだが、命には代えられない。これからは、ポカラにおいて地震で死なないホテルを探さないといけない。自然災害の調査では、まず我が身の安全確保が重要である。

3)トリブバン大学講師Dr.Ranjan Kumar Dahalに感謝

平成22年度の学術交流協定の締結に引き続き、23年度の協定校訪問でもトリブバン大学講師Ranjan Kumar Dahal博士には、準備段階から全面的に支援いただき、訪問中も完璧なスケジューリングとマネジメントを発揮した。Dahal博士がいけなければ、学術交流協定も締結できなく、また協定校訪問も実現できなかった。しかも、短期間の訪問にもかかわらず、関係者も日程を調整し、双方満足できる成果を上げることができたのは、Dahal博士の献身的なマネジメントの賜物である。

Dahal博士の人的ネットワークの広さには、ただただ驚くばかりである。ポカラには、Narayan氏というキーパーソンがいて、トリブバン大学Western region Campus(WRC)との調整に当たってくれ、Nepal Engineering Associationとの会議を設定してくれた。またカトマンズの工学研究院には、Dr. Jishunu K. Subedi氏が各方面の調整をいただいた。10月から始まるダサインというお祭りになると、トリブバン大学は2週間の休暇になる。その前は、期末テストで先生も生徒も忙しい。これにも関わらず、訪問団に対して貴重な時間を取っていただいたこと、心から感謝申し上げます。

今回、トラブルなく、無事帰ることができたのも、Dahal博士のおかげである。彼は、香川大学用に携帯電話を貸してくれ、緊急時の連絡ができるようにしてくれた。また、危ない食べ物には、手をださないように、こまめに注意を与えてくれたため、皆体調を崩さず、無事帰ることができた。

Dahal博士には、香川大学から感謝状を差し上げたいものである。

4)学生の変化

関空の集合時刻に遅れて1回目の注意、ビザの書類を事前に書かずにネパールの空港についてから書き始めたため、飛行機の乗り継ぎ時間をやきもきさせた学生に2回目の注意、3回目は置いていくとカツを入れられたおかげで、学生諸君の意識も変わったようである。途中から、目の色が変わったように感じた。この経験を忘れずにいて欲しい。

5)今後の展開

今回、トリブバン大学Western region Campus(WRC)を訪問して、外国の大学はカトマンズの中心で、ポカラのキャンパスまであまり足を運んでいないことが分かった。香川大学としては、トリブバン大学Western region Campus(WRC)を拠点にするのも一案かと思われる。

 

5.謝辞

この協定校訪問は、工学研究科安全システム建設工学専攻博士前期課程2年の水田朗君、工学部安全システム建設工学科3年の石田将揮君、小林正幸君の3名の参加のおかげで実行することができた。また、訪問にあたっては、トリブバン大学講師Dr.Ranjan Kumar Dahalと工学部教務職員の高橋めぐみさんの綿密な調整のおかけで、非常にタイトなスケジュールにかかわらず、極めて順調の交流行事を行うことができた。そして、WRCではKadoorie Agricultural Aid Association Narayan Gurung氏と土木学科長Kishor先生に、また大学本部では、International Relation Centerの Krishna Belbase教授に、工学研究院ではDr. Jishunu K. Subedi先生が、忙しい日程の中歓待いただき、両大学の学生および教員の交流を進めることができた。また、本学部から、安全システム建設工学科の松島学教授と野々村敦子准教授が同行していただき、Nepal Engineering Associationとの会議で講演いただいた。更に、信頼性情報システム工学科の垂水浩幸教授が同行いただいたことにより、交流の分野が広がり、訪問団のチーフカメラマンとして精力的に記録を取っていただいた。最後に、大平文和工学部長、岡本研正国際交流委員長をはじめ教職員の皆様には、訪問団を派遣いただき、全面的に支援いただいた。心から感謝申し上げます。

 

ページの先頭へ戻る