香川大学 医学部医学科分子神経生物学
教授 山本 融
神経科学・病態生化学
2017/03/27 掲載

研究結果の概要

 「過猶不及」(論語・先進篇)。孔子が中庸を説いた言葉ですが、生命システムにもそのまま当てはまります。脳が興奮し「過ぎ」ないようにしている「歯止め」の実体を明らかにし、この「歯止め」が効かなくなると、自閉スペクトラム症が引き起こされやすくなることを、マウスを用いた実験で示しました。香川大学医学部・徳島文理大学香川薬学部・ブリティッシュコロンビア大学医学部(カナダ)が中心になって北海道大学・理化学研究所の協力を得てまとめた研究です。

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研究の背景

 私たちの認識・思考・情動の基盤は脳内の神経細胞同士の結びつきにあります。神経細胞同士は「シナプス」という特別な構造で結びついていて、この「シナプス」を介して情報の受け渡しをしています。「シナプス」には「興奮性シナプス」と「抑制性シナプス」の2つの種類があり、「興奮性シナプス」を介して情報が渡されると、受け取った神経は「興奮」して、次の神経細胞に情報を渡そうとします。これに対して「抑制性シナプス」を介して情報が渡されると、受け取った神経は「抑制」されて「興奮」しにくくなります。一つの神経細胞には、たくさんの神経細胞から、たくさんの「興奮性シナプス」「抑制性シナプス」を介して情報が受け渡されていて、こうした情報が統合されて、その神経が「興奮」するかしないかが決まります。なので「興奮性シナプス」がたくさん形成され過ぎてしまうと神経細胞はやたらと「興奮」しやすくなりますし、抑制性シナプスがたくさん形成され過ぎてしまうと、神経細胞は冷静になりすぎて「興奮」してくれなくなります。私たちの脳内ではこの「興奮」と「抑制」のバランスがほどよく保たれているのですが、一体何がどうやってシナプスを「でき過ぎ」ないようにしているのか、については、ほとんど分かっていませんでした。

研究の成果

 私たちの研究グループは「MDGA2」というタンパク質がシナプスを「でき過ぎ」ないようにしている実体だ、ということを初めて明らかにしました。MDGA2が少なくなると「興奮性シナプス」が形成され過ぎてしまい、神経が興奮しやすくなってしまうのです。じゃあ、神経が興奮しやすくなるとどうなっちゃうのか?神経が今まで以上に働くようになるのだから、スーパーマウスになっちゃうのか?MDGA2の量を少なくしたマウスをつくって観察してみると、やっぱりそんなことはありませんでした。むしろ、社会性が損なわれ、他のマウスにあまり関心を示さなくなりました。無気力なのか、というとそうではなく、普通に動き回ります。じゃあ、世の中すべてに達観しているのか、というと、これもそうではなく、おもちゃを与えると、普通のマウス以上に関心を示してまとわりつきます。つまり、対人関係(マウスですが)が選択的におかしくなるのです。こうした対人コミュニケーションの欠落は自閉スペクトラム症の方々によく見られる症状です。また、自閉スペクトラム症では、同じような行動を何度も繰り返す、といったこともしばしば見られますが、MDGA2の量を少なくしたマウスでは何度もジャンプを繰り返す、といった行動も見られました。作家の東田直樹さんが「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本を書かれていますが、ひょっとすると、こうしたことも、その「理由」の一つなのかもしれません。このようにして、MDGA2は興奮性シナプスが「でき過ぎ」ないようにしていること、そして、その働きが弱まると自閉スペクトラム症のような症状が現れること、逆に言えば、自閉スペクトラム症の発症機序のひとつには興奮性シナプスの過剰形成があるのでは、ということがわかった、というわけです。

この研究の将来的な展望

 今回の研究では「興奮性シナプス」が「でき過ぎ」ないようにしている仕組みを明らかにしましたが、そうなると、「抑制性シナプス」を「でき過ぎ」ないようにしている仕組みを知りたくなりますよね?この仕組みについても私たちの研究グループは解析を進めていて、MDGA2の仲間のMDGA1というタンパク質が働いていることがわかりました。どういう仕組みでどうなっているのか、また、どこかでお話しができるといいですね。

 こうした脳内の「興奮」と「抑制」のバランスの調整はとても大事で、このバランスが崩れることが、自閉スペクトラム症や統合失調症など、様々な精神疾患の引き金になり得ます。逆に言えば、このバランスを整えてあげることができれば、こうした病気を抑えていくことができます。実際に、MDGA2の量を少なくしたマウスに「興奮」と「抑制」のバランスを元に戻せるような薬を投与すると、このマウスの症状を抑えることができます。さらに、MDGA2の働きを強めたり弱めたりする新薬が開発できれば、こうした病気を治していく手助けができるかもしれませんね。

研究の魅力

 知らないことを知るのって、快感じゃあないですか?
 誰かに教えてもらっても快感なんだから、それを、自分が、調べて、世界で最初に、わかったら、どんな気持ちになるか、想像できません?

研究を始めたきっかけ

 そんなものはありません。
 「なぜ、なに、どうして」をちょっと繰り返すと、誰も答えをもっていない問いに、すぐ行きあったっちゃうでしょ?誰かが教えてくれるのを待っているのもいいけれど、自分でやっちゃった方が早いこともあるんですよ。

今、お読みの本を教えてください

おやま、パーソナルな質問ですねえ、これ。
まあ、最近は学生の頃読んでいた本を読み返してみることも多いですね。ここんとこでは、

  • 黒死館殺人事件
  • ゲーデル,エッシャー,バッハ
  • 海の都の物語
  • 乙嫁語り

ってとこですかね。

趣味

「美しい」ものを5感で味わうこと。なので、結構、多趣味です。

発表論文

 

Altered Cortical Dynamics and Cognitive Function upon Haploinsufficiency of the Autism-Linked Excitatory Synaptic Suppressor MDGA2. Neuron, 91, 1052-1068 (2016).

 

より専門的な内容は、生命科学分野のトップジャーナルに掲載された日本人著者の論文を解説している「ライフサイエンス新着レビュー」に収められた以下の総説を参照して下さい。
http://first.lifesciencedb.jp/archives/14652

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