千葉
 
今回の大学改革構想の中でも、創造工学部の設立と経済学部の機能拡充に、産業界という立場から非常に注目しています。
 東南海・南海地震の発生が近い将来予測される中で、創造工学部に専門的な防災・危機管理コースが開設されることは、高く評価しています。私は電力会社の会長でもあり、「インフラを守る」という主体的な防災への対応が求められる立場でもありますが、大学がハードとソフトの両面で研究を重ね、行政と一緒になって防災政策を提言し、地域がそれを活用するという連携が非常に大事だと思います。
 デザインに関する新しいコースは、香川大学工学部設立当時の文理融合の理念を体現していると感じました。香川県は「官」と「民」が一緒になりアートに非常に力を入れていますが、ここに「学」が専門的な知識や研究成果を持って加わると、アート県の発展により一層貢献することができるのではないでしょうか。

四国経済連合会 会長 千葉 昭

 経済学部の観光・地域振興コースにも期待が持てますね。少子高齢化、人口減少の速さが著しい四国では、観光は新たな成長産業として有望です。昨年の海外からの観光客は日本全体で約2000万人ですが、そのうち四国各県で宿泊する数はわずか1%にも満たないという状況です。観光や地域づくりに対し、積極的に優れた政策提案ができるような人材育成は急務です。
 個人的には、医学部の臨床心理学科に興味を持っています。「医は仁術」といいますか、高度先端医療と、患者の心理に寄り添う研究、この両面があって初めて医学として完成すると思っています。
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 このような改革を通じて、香川大学で学びたいという学生が増えることも大事ですね。四国経済連合会(以下四経連)が行ったアンケートで、若者に高校時代に大学を選択した基準は何かと聞くと、やっぱり「自分が行きたい学部、学科がある」というのが第一の理由です。新しくなる香川大学を高校生に広く知ってもらうことが必要です。

長尾 本学でも高校生を対象にした調査を行い、どのような学科・学部があればいいか約3年にわたり議論しました。それらを集約した結果が新学部なのです。ぜひ地元の若い方に魅力を感じていただき、学んでいただきたいです。

田尾 私は今回の創造工学部の中では「デザイン思考能力」がひとつのキーワードになると思っています。新しい価値を作るという意味において、この言葉はまさに的を得ています。デザインを広く捉えると、都市をデザインする、社会をデザインするなど、さまざまなレベルがあります。デザインには工芸や建築もありますが、それにとどまらずに広く高めていただきたいと希望します。広い意味でのデザインを学べる場所になると、香川大学の大きな特徴になるのではないかと思います。
 産業技術総合研究所(以下産総研)もサイエンスとアートの融合に興味を持っており、先日もバイオリニストの川井郁子さんや理化学研究所の玉尾皓平先生、日本学術振興会の佐藤勝彦先生といった香川出身者の皆さんと一緒に「サイエンスとアートの広場」というイベントを行いました。産総研は産業の競争力を上げることが使命ですが、サイエンスやテクノロジーだけを追求する従来のやり方ではすぐに新興国に真似されて競争力を失ってしまう。しかし、芸術性をうまくサイエンスと融合すると、他の国が真似できないのです。真似しようとすると日本文化そのものを真似ることになりますので、サイエンスとアートの融合が産業の競争力を上げるためにも非常に重要だと思っています。サイエンスもアートも我々の生活や、心と体を豊かにするものでもあります。
 具体的な例を言いますと、昔の仏像を作る方法に乾漆という方法があります。麻の布に漆を塗って重ねていく手法なのですが、麻の代わりにセルロースナノファイバー※1を漆でフィルム化したものが最近出てきました。ナノフィルムは非常に固く、ニスと同じような働きをするのですが、それをバイオリンに貼ってストラディバリウスと同じような音色を出すという研究が始まっています。他には讃岐漆芸の中に蒟醤(きんま)がありますね。刀で彫って蒟醤(きんま)を作るわけですが、刀で彫る代わりに、レーザーアブレーションという方法で彫って、そこに色漆を流し込むという手法が出ています。そういう従来の伝統的な芸術にサイエンスを取り込んでいくと非常に面白いと思っているのです。
 香川はいま「アートの聖地香川」と言っていますが、瀬戸内国際芸術祭の以前を考えますと香川には弘法大師や平賀源内という科学技術と芸術を一身の内に修めた人がいました。讃岐漆芸の玉楮象谷※2さんは芸術家です。その後、戦後はいろんな方が集まって、それに触発されて民芸運動が起こって、それが連綿と続いて今の芸術祭につながっていると思うのです。では、なぜそういうことが香川の人の発想として生まれてくるのか。それにはこの風土が重要だと私は思うのですね。非常におだやかできめ細やかな風土に育つと、人間は外に向かっていくというよりは、心が内面に、自分を見つめる方向に向かい、それが基本的に芸術とか科学に結びついていくのではないでしょうか。

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 でもいま高松空港に降り立っても、ここがアートの聖地だとは感じられない現実があります。非常に機能的な高松空港を、美術館と空港が一体化したような空港にすると面白いと思いませんか。通路の壁には弘法大師の書が踊り、金刀比羅宮にある伊藤若冲の花丸図が手に取るように見えたりする空港です。讃岐漆芸があってもいいですね。本物を飾らなくてもいいのです。最先端の技術を使って、高解像度で書や絵や工芸品を表現すればどうでしょう。デザインとは新しい価値を創造することなので、香川大学が行うときっと面白い取り組みになるのではないでしょうか。

※1 セルロースファイバー…食物繊維(パルプ)をナノレベルまで細かく解きほぐした超極細繊維 
※2 玉楮象谷…蒟醤や中国漆器の技術を独自に昇華して象谷塗を創始

千葉 いいですね。

田尾 道の駅と同じ感覚で「空の駅」。国際便も飛んで外国の方も来ますので、そういう方に讃岐漆芸を売り込むにはチャンスです。

長尾 田尾さんも香川県ご出身ですので特別な思いをお持ちなのですね。私が創造工学部にデザインやアートの考えを持ち込んだのは、まさに田尾さんのお話のように日本の技術が海外で安く真似されて形骸化し競争力を失ってきたことにありました。何が足りないのかと考えると、やはり付加価値をつけること、要するに魅力化ですよね。製品を手に持った時に、実際にこれを自分のものにしたいと思わせる力、それが日本人に足りなかったのかなという気がするのですね。工学系は専門性が非常に高く専門とする科学を深掘りしていく学問です。だからこそ新しい技術や製品ができるのですが、それだけではなくて、それが実際に世の中に出た時にどのような反響があるのか、それを手に取ってみたいと思うような魅力があるのかを作る前から考えて、デザインする、新しい価値を加えるということを考えなければいけないと思っているのです。そういうアイデアを出せる人材を継続的に輩出していきたいという思いで、今回の大学改革を進めていきたいと思います。